2015
11.08

ユー・キャン・フライ。『PAN ネバーランド、夢のはじまり』感想。

pan
Pan / 2015年 アメリカ / ジョー・ライト

あらすじ
ワニには気を付けよう。



第2次大戦中の孤児院で暮らす少年ピーターは、私腹を肥やそうとする孤児院長の悪行により空飛ぶ海賊団にさらわれてしまう。しかし連れていかれた鉱山で逆らって処刑されそうになったとき、ピーターに奇跡が起こる。それは海賊黒ひげが怖れる予言の通りだった……。ディズニーでお馴染み『ピーター・パン』が「誕生」するまでを描くアクション・アドベンチャー(こちらはワーナーですが)。

80年代冒険ファンタジーを現代の映像技術でアップデートというのがピッタリ来る感じですね。ピーター・パン映画といえば後日譚を描いたロビン・ウィリアムズの『フック』ですが、本作は逆に前日譚ということで少年がメインで活躍するため、むしろ『グーニーズ』に似た感じがあります。ちょっと不穏な現実の中でワクワクする冒険に出掛ける楽しさです(ピーターにとっては楽しいわけではないですが)。映像は立体的な動きと奥行きある背景がかなり意識的に全編で観れるので、3D効果は良さそう。観たのは2Dですが、それでも広々とした空間が気持ちいいです。豪華絢爛な画面は緻密さに満ち、とても丁寧に作られている印象があります。

元々は普通の少年だったピーターがいかにしてパンの名を持つ人物になるのかという物語です。序盤で空飛ぶ船が急上昇して気圏外まで行き、土星を手で触っちゃうところでドの付くファンタジーだと分かります。話自体は虐待に誘拐に強制労働と実態はエグいので、実際は寓話ですかね。原作はディズニー版よりアイロニックらしいので、ちょっと原作に近いのかなという気がします(原作未読、ディズニー版もうろ覚えなので印象ですが)。

ピーター役のリーバイ・ミラー少年が可愛い上に演技派で十分な牽引力。終盤のとあるシーンでちょっと楽しそうに笑う残虐性が良いです。特殊な能力を持つ子供が大人たちに追われながらやがて対峙するという構成は同監督作の『ハンナ』を思い出します。そしてヒュー・ジャックマンの緩急附けた悪役ぶりがとにかく上手く、存在感絶大。ルーニー・マーラが野性的美しさを放つタイガー・リリー、ギャレット・ヘドランドが後にピーターのライバルとなるフックを演じているというように、お馴染みのキャラも多数出演してプリクエルとしても結構ガッツリやってます。

三次元を駆使したアクション、特に空飛ぶ船の動きはダイナミックで楽しいです。空から着水して急カーブを描くシーンとかエラいカッコいいし、進行方向を軸に船をぐるりと横回転するのなんて『宇宙戦艦ヤマト2199』みたいで燃えます。また、単なる冒険活劇だけで終わらない「人の業」とでも言うべき要素も描かれていて、意外やなかなかの深み。本国での評判の悪さに惑わされてはいけませんね、非常に楽しかったです。

↓以下、ネタバレ含む。








捨てられた赤子にドアからの光が当たってカメラが上方に引いたら夜の街が映ってタイトル、というショットなんか良いですねえ(母役の顔が見えにくかったけど「あれ、ひょっとして?」と思ったらアマンダ・セイフライドでした)。この「高低差を利用したショット」は随所に見られて、海賊船にさらわれ街から離れていく序盤や、鉱山の巨大な縦穴での黒ひげの演説、クライマックスの妖精国での船チェイスなどスリリング。また、子供をさらう海賊たちのサーカスのような曲芸、海賊がブッ放す銃からのカラフルな煙、ネバーバードの眼球丸出しの目と骨の体など、暴力性をコミカルさで覆う部分も結構あって、これがファンタジーとしての世界観の側面を強めてます。トランポリンを使った決闘での若干のマヌケさには『マッドマックス サンダードーム』を思い出しましたよ。コミカルさによって全体的にあまり重い感じにならないのは上手いバランス。ヒュー・ジャックマンの黒ひげが実はズラだったというのはいらない気もしますが……と言うか、若返ってるんなら頭髪も生えそうなもんですが、若い頃からああだったのかな……。あと原住民の村の勇者が少林寺僧にしか見えないのが面白かったです。光る人魚というビジュアルもちょっと新鮮でした。また、ミュージカルではないけど歌がよく歌われるのも世界観としては通じるものがあるんですが、選曲がまさかのニルヴァーナには驚きました。

後のピーター・パンに出てくるキャラも登場しています。筆頭はフックとタイガー・リリーですが、フックなどは何度か鉤爪を手に持って使ったり「チクタク」という台詞やワニにビビったりと後の姿を連想させます。メガネくん(そんな呼ばれ方はしてないが)ことミスター・スミーも出てきますね。彼は最後ボートに乗ったまま落ちていきますがそのまま着水して助かる感じなんでしょうかね。ティンカーベルも登場しますが、大量の妖精たちの一人なので名乗った後は全く見分けが付きません。たぶんあの後ピーターに同行していくのでしょう。正直ピーター・パンのお話に繋いでいくにはミッシング・リンクが結構あって、特にピーターとフックは「俺たちは喧嘩しても友達だ」みたいに言いながら終わってしまい、二人がその後袂を分かつ予兆も特に描かれないため、ちょっとモヤモヤします。まあそこはまた別の物語だということですね。不穏に終わらせるよりは大団円で終わらせるべき物語だし。ラストに海賊船に書かれた船名が「JOLLY RODGER」とあるので、あれが後のフック船長の船「ジョリー・ロジャー号」に繋がるのでしょう(字幕では単に「海賊船」になってましたが……)。あとちょっと覚えてないんですがピーター・パンは字が読めないって設定がありましたっけ?あったとしたらそれは読み書きができないのではなく難読症だったわけですね。

黒ひげはピーターを初飛行後に自室に呼んだとき、「自分を殺しに来る」という予言の空飛ぶ少年がピーターであると悟りつつも、その場では殺さず牢に繋ぎます。妖精の粉によって若返り続けているからには生への執着があるように思えるのに、自分を討つであろう少年には手を出さない。それはピーターが自分が手にかけた愛する人の息子であるから?無意識の贖罪の意識が心のどこかにあったから?むしろ予言の時が来るのを待っていたのではないか、とさえ思えます。長い時を生きてきた黒ひげは権力の高みを手に入れたものの、愛する者を失い孤独な心のまま生きてきたわけで、どこかで死に場所を求めていたのかもしれません。思えばさらってくる孤児院の子供たちも孤独な生い立ちであり、そんな同類を世界中から集めて働かせているとも取れます。そして最後に落ちて行くときに黒ひげが口ずさむ歌……。その辺りの空虚さを表情と台詞回しで表現するヒュー・ジャックマンが素晴らしい。

最初の飛行以来ピーターが飛ぶのはクライマックスまで持ち越されるわけですが、てっきりリリーを救うために飛ぶのかと思っていたらフックを救うためだったというのは意外。しかし冒頭で友人と一緒に飛び降りることができなかったことを考えると、友人であるフックを助けるために飛び降りることでピーターの成長を見せているんですね。ピーターはパンという勇者になるわけですが、黒ひげに妖精アタックをかけながらちょっと楽しそうに笑う残虐性の片鱗が「永遠の子供」の怖さを思わせてちょっと薄ら寒いものがあります。ただ最後にあの孤児院長に何か仕返しでもするのかと思ったら特に何もしないので、そこは(拍子抜けではあったけど)ヒーローとして見ることが可能なようになっています。

空を飛ぶのに加え、もう一つポイントと思われるのは「大人は嘘をつく」ということ。フックはピーターと同じように母に捨てられたと嘘をつきます。リリーはピーターの母が生きてると嘘をつきます。リリーから「いつから一緒か」と聞かれ、フックは「ずっと」と言い、ピーターは「昨日」と正直に答えます。ピーターが母の死を聞いたのは黒ひげからであり、真実を告げた黒ひげはピーターの手により奈落の底に落ちて行きます。これらはピーターが「永遠の少年」となることに何らかの影響を与えているのかもしれません。大人であり続けて去ってゆく黒ひげ、子供であり続けることになるピーター、大人と子供の間でどちらにも成りきれていないフック。若さと老いとその合間という人生の三幕を観ているようにも思えます。

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