2015
10.31

常識は通用しない。『ギャラクシー街道』感想。

galaxy_turnpike
2015年 日本 / 監督:三谷幸喜

あらすじ
人前で脱皮はやめましょう。



時は2265年。コロニーと地球を結ぶ今は寂れた宇宙幹線道路、通称「ギャラクシー街道」。その中央にあるハンバーガーショップは今日も閑散としていた。そんな店にやってきたお客と店員とが巻き起こす騒動を描く、三谷幸喜脚本・監督のスペース・コメディ。

時代劇の『清須会議』に続く三谷作品、今度の舞台はガラリと趣を変えて宇宙となり、様々な宇宙人が登場します。敢えてチープにしたと思われる衣装や美術でポップな雰囲気を作り出しつつ、多くの有名俳優とお馴染みの三谷ファミリーを配し、お得意の群像劇がを展開されます。ハンバーガーショップという限定空間で、その店長夫妻とパート、店長の元カノとその夫、視察の役人、リフォーム業者、宇宙警備隊、風俗の客引きと客、びしょ濡れ星人などが登場し、騒動を繰り広げるんですね。

この設定からすれば「宇宙人だから地球の常識は通用しない」というのがポイントとなり、そんな異星間の違いを越えた愛の物語を、笑いを交えつつ描いていくんだろう、と思うのですが……確かに「常識が通用しない」は多く含まれているものの、なぜかこれがひたすらゲスい方向へ。自分勝手な人々が自分の主張だけを繰り広げ、少しも噛み合わないままダラダラと進んでいきます。綾瀬はるかはそんな人々を繋いでいきそうに思えるんですが、これが繋がない。段田安則はいかにも取りまとめそうに見えるんですが、これがまとめない。なんともとりとめのないことになってます。

この物語は人生の性的な部分を抽出した話なのだと思うんですよ。今までの三谷作品にはセクシャル要素はほとんどなかったので、そういう意味では新境地とは言えるでしょう。しかしこれが三谷版『ニンフォマニアック』になっているかと言えば「否」であり、人には向き不向きってあるよなあなどと思わずにはいられません。舞台的な演出はいいとして、これが仮に舞台だとしても根本的な構造の問題なので印象は変わらないでしょうね。

とりあえず綾瀬はるかのお胸様を注視し続けることで正気を保ちました。あと山本耕史のあの鼻を叩き折りたい衝動に駆られるのはなぜだ。

↓以下、ネタバレ含む。








性的表現はそれこそ山のようにあります。梶原善の舌で舐める挨拶は「普段しない」と言ってるのだからこれは単なるベロチューであり、それを初対面の人にねっとりやるんですね。彼は大学の教え子に手を出したという欲望丸出しの過去も平気で語ります。小栗旬はみるみる大きくなることを上司に見せびらかしてたら(何やってんだ)、その上司に彼女を奪われていたことを知ります。その結果自分都合で彼女と別れようとしていたくせに激しく狼狽し、挙句の果てに綾瀬はるかに「役立たず」と罵られて泣きながら去ります。寝取られ&EDですね。石丸幹二の歯医者はそのまんま買春で、病気のことを心配しながらそのくせ欲望を抑えきれない。田村梨果のコールガールが異国の売春婦のイメージそのままなのも直接的。遠藤憲一は人妻に執拗に関係を迫り、断られると泣き落としにかかり、結果的に流れでヤッてしまいます。香取慎吾の付き合う基準「ハンバーガーの食べ方」というのも性的暗喩に見えてきて、がっつく優香と別れてしとやかに食べる綾瀬はるかと付き合うも、久々に会った肉食系元カノに過去の激しさを思い出してるように思えます。

そもそもハンバーガーショップという「食欲を満たす場」を舞台にしているのが、根底にある本能としての性欲に通じてるように思えるんですよ。段田安則の調査員は一見この枠から外れてるように見えますが、意思を持つに至った街道による「接待」だと言われた時点で、アニメ調の犬も鳥も彼を気持ちよくさせるために与える癒しと快楽に変わります。パート歴80年の大竹しのぶはやる気もなく周囲に電撃出してキレまくるだけのようですが、顔だけカウンセラーの西田敏行に「抱き締めたい」と連呼させるところで欲求不満を垣間見せます。無関係そうに思える西川貴教も、そこら中を水浸しにして自らもずっと湿っている、これはもう「濡れ場」そのもの。話が転がり始めるのが彼が入店してきてからというのを鑑みても、この濡れ場星人により場が作られてる気がします。もっとこじつければ、背後に拡がる広大な宇宙空間も、性に対してオープンであるという意味をもたらしているかのよう。様々な要素が性的なモチーフを伴ってるように見えて、レトロフューチャーな雰囲気もキュートなアニメオープニングもそれを包み隠すオブラートにしか思えません。

観ていて感じる不快さや差別などは、個人の性癖の表れや性的経緯、欲望を見せつけられるからという気がします。そう考えると、ギャラクシー街道とは淫靡な部分だけを強調した歌舞伎町に近いイメージなのかも(廃れてるのはまた別)。本当にそれを狙ってたんなら心意気は買うけど、それと面白いかは別の話。問題はこの性的モチーフを変に遠回しな笑いで隠そうとするがために、全体が歪になっていることです。上手く噛み合ってないから笑いに至らない。また、お色気シーンが皆無なためエロコメにもなりきれない。エロがなければエロコメにはなり難いというのがよく分かりました。さらには何らかのテーマに落とし込むこともせず、誰一人反省もせず、何となくめでたし~みたいに終わってしまう。出産というドラマでうやむやにして感動ドラマに仕立てようにも、エンケンから産まれた卵では感動のしようもないですね。ちなみに出産でうやむやというエピソードは『エイプリルフールズ』でも見られたダメパターンです。

色々こじつけすぎかもしれませんが、そこまでしても納得がいかない点はあります。浮気に怒ってたはずの香取慎吾の「お前の子供を生もうとしてるんだぞ」というキレ方は意味不明だし、浅野和之の道化師はもう存在する意味自体がよく分かりません。群像劇としてのまとめ方は無理矢理。ことごとく記憶に残らない○○星人という命名センス。せめてキャプテンソックスはあんな味わいも笑いもないルックではなく、むしろ超絶カッコいい造形にした方が面白いと思うんですけどね。綾瀬はるかがラストで踊る姿は素敵だし、秋元才加の演技は初めて観たけど結構良かったし、子供の顔がみんなエンケンというのはちょっとだけ笑いましたが、総じて見れば何も終わらないまま終わる中途半端さにモヤモヤだけが残る結果に。せっかくラストにサプライズ・ゲストとして登場する佐藤浩市が不憫でなりません。

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