2015
10.25

犬殺しと掟破りに死を。『ジョン・ウィック』感想。

John-Wick
John Wick / 2014年 アメリカ / 監督:チャド・スタエルスキ

あらすじ
面白くてウィックり!



妻のヘレンを病で失い、悲しみに暮れる元殺し屋のジョン・ウィック。そんなジョンの元に生前の妻が用意していたデイジーという名の一匹の子犬が届けられる。デイジーとの生活に心の平穏を取り戻すかに見えたジョンだったが、家に押し入ったロシアンマフィアにデイジーを殺されてしまう。今、伝説の殺し屋ジョン・ウィックの復讐が始まる……。キアヌ・リーブス主演のハイパー復讐アクション。

これは最高オブ最高です!犬を殺された復讐のため、元殺し屋が単身で組織に挑む、演じるはキアヌ・リーブス、と来れば期待せざるを得ませんが、その期待を凌駕する面白さ。超接近の銃撃戦に体術を組み合わせたような「ガン・フー」と呼ばれるアクションで、マフィアの差し向ける殺し屋をガンガンブチ殺すジョン・ウィック!このアクションがとにかくカッコいい。手ブレに頼らないカッチリしたカメラワークで、カットしすぎず連続して見せることが逆に臨場感を増しています。最近手ブレ多用は好きじゃないので手ブレの臨場感に頼らないショットは実に痛快。

概要だけ見れば確かにシンプルな話に思えますが、でもそれは単純だということではないのです。むしろ映像で見せるドラマ部分がとてもクールで、行間から滲み出る背景や過去や関係性が絶品です。ジョンを取り巻く裏社会の独特な「掟」も抜群に良いですね。状況的には『ラン・オールナイト』を思い出すんですが構造はかなり異なり、殺しまくる伝説の男、どこか大人のダーク・ファンタジーを感じさせる世界観という点ではむしろ『イコライザー』に通じます。ジョンは別に正義の味方ではないんだけど、観てる者にとっては殺す動機が正当でさえあるし、出てくる人物も誰もがジョンに敬服してる感じがあるから悪党に見えない。これが敵となるヴィゴでさえそう思ってるふしがあるのが面白いです。

何と言ってもキアヌ・リーブスです。ガン・フー(と言ってもベースは柔術ですが)をキアヌ本人がこなすアクションはもちろん、ジョンに漂う孤独感はどこか影のあるキアヌ本人に重なるし、怒りに燃えるときの迫力も素晴らしい。キアヌは無双ではあっても不死身ではないという案配も良いです。友人マーカス役のウィレム・デフォーも良い味出しまくりだし、出番は少ないながら整備工オーレリオ役のジョン・レグイザモが事態の重大性を最初に醸し出すところもイイ。ドラマ版『デアデビル』のウェスリーも出てますね。あと犬めっちゃ可愛い。

最初こそ「犬を殺されたから復讐!」みたいな若干半笑いな言われ方をされてましたが、実際に観るともっと深いものがあります。これは最初に「内容がない」みたいに言われたけど実はとんでもない深みがあった『マッドマックス 怒りのデス・ロード』に通じるものがありますね。映像でしっかり引き寄せて感情を描き、その上でアクションを乗せてくるのが本当に素晴らしいです。細部を見ると色々読み取れるのも面白い。キアヌはまたもや代表作となる作品を手に入れました。

↓以下、ネタバレ含む。








◆伝説の殺し屋

ジョン・ウィックは殺しまくりではありますが「無敵の強さを誇る」とうわけではなくて、攻撃も食らうし撃たれもするし二階から投げ落とされたりもする。あまつさえ車ではねられて気絶もします。もちろん多人数が相手だから当然で、そこはいくら強いと言われていてもリアルなところ。何より殺すときには容赦がなく、目的を遂行するための執念が凄まじいことが強さです。ナイフを段階的に深く刺していくとか、相手の目を見ながら殺すとか躊躇がありません。必ずヘッドショットでとどめを刺すとか、首を絞めた後は仕上げにコキッてちゃんと折っておくという念入りさも殺し屋らしい丁寧さ。

またガン・フーの強みは接近戦で相手の銃撃を無効化するというのがあるでしょう。同時に、撃とうとしたら弾切れというシーンもあることから、銃弾を数える労力はかけず弾が切れたら素早く体術で捌き隙を見てリロード、という戦い方ができるというのもあると思われます。『リベリオン』に出た「ガン=カタ」よりは泥臭いですが、より現実的な動きでしょうね。もちろん根本的なスキルは高く、セイフハウスではスナイビングまで見せるし、車を運転しながらの銃撃もキメまくります。ジョンが左利きなのを荷物受け取りにサインする際に見せているので、車に関しては左ハンドルでも近い距離で撃てるという利点もありますね(キアヌ自身が左利きというのもありますが)。

ジョン・ウィックがどれほど凄い殺し屋かということをマフィアボスのヴィゴは「鉛筆で三人殺した」と息子ヨセフに言いますが、これは要するに「都市伝説級の凄さ」ということです。もう誰も敵わない男なわけです。そもそもオーレリオから電話で事情を聞いたヴィゴが「オゥ……」しか言えない時点で(もうダメだ)って半分諦めちゃってるのが分かります。暗殺部隊を差し向けて全員返り討ちに会っても「やはりな」って言っちゃってるし。こうなると息子を差し出すのは親としてどうなんだ、と言うのも意味がなくて、息子を渡さないとどっちにしろ自分を殺して息子も殺されるだろうし、バカやったのは息子なのでもうどうしようもないわけです。最後にジョンが車で追いかけてくるところなんて、もう笑っちゃってますからね、ヴィゴ。


◆粋な人々とホテル

ウィレム・デフォーのマーカスがジョンに「助けたのは何度目だ?」と言うことからも、ジョンの強さには友の協力もあったことが伺えます。そしてジョンに対しては多くの人が一種の敬意を持って接しています。ジョンの車を当然のごとく知っている整備士オーレリオ、騒ぎに駆けつけても何もせず帰る警官、ジョンが車を走らせる飛行場のような場所の門番、それに掃除屋、そしてホテル。ジョンの強さは自分の持てる能力・人脈全て使ってひたすら追うことにもあるのでしょう。

殺し屋の世界と言っても最低限のルールは存在する、というのを具現化したのがコンチネンタルホテルです。コインは金銭的な価値以上に、裏社会の中での「名誉」とか「誇り」といったものと同義なのでしょう。そう考えるとジョンの荷物の中に大量のコインがあったのも、ジョンが敬意に値することを表しています。どこか象徴的であり、寓話的でもありますが、掃除人の呼び出しが「0時にディナーの予約」と言うのや、フロントの受け答えが徹底して丁寧というのが粋でたまりません。ホテル支配人は裏社会の秩序を守る絶対的な存在なんでしょうね。迷惑のお詫びにと高級車どーんとプレゼントとか、事情を鑑みて「ヘリで逃げようとしている」とジョンに教えたりするのも粋。ヘリの件はちょっと掟を曲げたようなことを言いますが、元々掟を破ってでもという条件をヴィゴが出したことでミス・パーキンスが凶行に及んだことを考えると、支配人の行動はアンフェアにはなってないところがニクい。あとミス・パーキンスはハリーを殺してますからね、これは言い逃れできません。掟を鼻で笑った者は掟で葬られるわけです。

ちなみにヴィゴも金庫の中に多くのコインを保管しているというショットがあるので、彼もまた相当な大物だということが分かります。バカ息子をちゃんと教育できなかったことが彼の人生最大の失敗でしょう。


◆映像で魅せる語り口

アクション以外も映像で魅せるのがまたイイ。ヴィゴが息子にジョンのことを話すとき、ジョンがハンマーで床を壊すシーンを交互に入れ徐々に音楽も高まってくるところはヒートアップします。あのシーンに至るまではジョンはまだ冷静さがある(ように見える)だけに(オーレリオのところに行くのに車がないからバスで行くとか)、あのハンマーはジョンが徐々に殺し屋へと戻っていく儀式のようにも映ります。

教会での殺戮を引いた画の全景で見せるという『キングスマン』とは真逆のアプローチは、神を敬う場所で神に唾する行動、というジョンの覚悟にも思えます。ヴィゴの個人資産を燃やすシーンでは「A-ha?」で鍵を開けさせ、全てを燃やした炎をバックに歩き去るという激アツぶり。また、殺しまくりと見せてレッドサークルの見張りには警告を与えて帰したりします。昔馴染みなわけですね。レッドサークルという店名を店頭のマークだけで分からせるのもスマート。またミス・パーキンスが始末されるシーンがシンメトリーなのが、秩序による仕置きという感じが増していて良いです。

ホテルのバーでは店の女に「脆く見える」と言われ「引退したからだ」と返すジョンですが、飛行場のような場所で車を走らせるときの自暴自棄さを見透かされてる感があります。また悲しみを雨などで表すところも多いですね。妻の葬儀で降るどしゃぶりの雨、その背後で猛る雷。ジョンが顔を洗うときに妻を思い出すときの蛇口から流れる水。ヴィゴとのタイマンで降る雨。ヴィゴといえば息子を殴るとき上着を脱いで、殴り終わった後また着る、という大物感なんか良いですよ。あとヴィゴの側近が何度も「英語で喋ってくれ」と言うところに、主従の信頼が薄いビジネスライクな関係が見えます。


◆ジョンと犬

ビーグル犬のデイジーがめっちゃ可愛いです。上目使いで見上げてくる表情とか、朝ジョンを起こしたときにしっぽ振りまくるとか可愛い……!妻の付けた名前である「デイジー」は「ヒナギク」の意味ですが、調べたら第1級のもの、素敵なものという意味もあるらしく、ジョンがこの名前を見て「彼女らしい」と言ったのはそういう意味を持たせたということなんでしょうね。ジョンの自宅は豪邸ですが、あの広い家に一人で暮らしながらシリアルとか食ってるのか、と思うとまた孤独感が増してくるため、シリアルをむさぼるデイジーの首輪が器に当たってカチカチ音を立ててるだけでもジョンにとっては全然違うんでしょうね。

この犬を殺したことでヨセフは命を狙われるわけですが、このバカ息子は最後まで「たかが犬で」と言い続けます。「犬の死が復讐の理由というのは弱い」という意見も見られますが、これは正しくないですね。目覚めたら目の前にデイジーが横たわっているシーンの悲しみはかなりのものですが、「犬は家族の一員だから」というのも少し違います。それはジョン本人がヴィゴに対してハッキリ言っているように「妻の死以来初めての希望を奪われたから」に他なりません。デイジーとは二日ほどしか過ごしてませんが、それはこれから生きていくための希望だったわけです。葬式でも泣かなかったジョンが唯一涙を流すのが犬を受け取ったときであることを考えてもそれは分かります。殺し屋を辞めてまで選んだ妻を病で失い、その妻が自分のために用意した最後の贈り物を奪われる、これは世界の理不尽さ全てに対する怒りでもあり、その思いをヴィゴに全てぶちまけて怒るジョンの迫力は凄まじく、組織ひとつ壊滅させるのには十分な理由となっています。

ヴィゴはジョンに「過去の行いのために妻は死んだのだ、俺たちはそれから逃げられない」と言い、ジョンも「それは同感だ」と答えるシーンを見ると、因果応報という言葉が浮かびます。本来はヨセフを殺したことで終わるはずが、親としての耐え切れなさかヴィゴが裏切ったマーカスを嫌がらせも込めて殺す、これもまたそうなのでしょう。ラストにジョンとヴィゴがステゴロ対決をするという展開には、でもそうするしかない、という悲しい納得があります。しかし最後にジョンが辿り着いたのが犬の保管場所であったというのもまた導きであると言えるでしょう。それは妻がスマホ動画で言う「帰りましょう」によって立ち上がった結果であり、妻の言葉の導きにより新たな生きる希望を見つけたわけです。ジョンはデイジーとは全く違う犬種を選びますが、それは選んだのがジョン自身であるということであり、自ら希望を手に入れようとした意思であるようにも見えるのです。

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