2015
10.09

包み込む歌と裸の言葉。『心が叫びたがってるんだ。』感想。

kokosake
2015年 日本 / 監督:長井龍雪

あらすじ
beautiful word, beautiful world.



子供の頃にある理由で声が出せなくなった高校生・成瀬順は、担任から「地域ふれあい交流会」の実行委員に任命され、一緒に委員に選ばれた3人と共にその任に当たることになるが……。『あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。』のスタッフによる秩父を舞台にした青春群像劇。

『あの花』は観てないので比較は出来ませんが、いやあ良かったです。とてもよくできてる。言葉を失った成瀬順、マイペースの坂上拓実、チア部長でマドンナ的存在の仁藤菜月、肘を故障した野球部エースの田崎大樹。接点もなく普段の活動もバラバラなこの4人が「ふれ交」でのクラスの出し物を担任から任されます。最初は拒否する4人が、担任の思惑によりミュージカルをやることになって始まる衝突、不和、理解、繋がり。それぞれが心に傷を持つというバックグラウンド、それを踏まえた人物の立ち位置が絶妙で、彼らの関係の推移も実になめらか。やる気のないクラスメイトたちが徐々に乗ってくる経緯や僅かな性的要素の加え方も上手いし、ミュージカルで使用する音楽の使い方も効果的。音楽はクラムボンのミトですね。

スマホやLINEやDTMを駆使するのが今の時代性ならでは。昔なら筆談になっただろうからテンポは随分違ったでしょうね。LINEのやり取りを画面に出すのは最近では『私たちのハァハァ』でもやってたけど、どちらも違った必然性があるから面白い。そういった時代に即した小道具を当たり前に出しながらも、描かれる人間関係は普遍的なもの。青春ものとしての痛さと、それを突き抜けた先の希望があります。実写にしちゃうとちょっと仰々しいけど、アニメだからできるラインというのを踏まえている、と感じられるのも良いバランスです。

自分もこういう青春送りたかった、と思わせてくれたので、それは青春ものとして成功と言えるんじゃないでしょうか。あとやはり野球部の挨拶はうるさいんだな、と思いましたよ。

↓以下、ネタバレ含む。








メルヘンに憧れる少女が初っぱなから食らう痛々しさに最初は若干引きますが、「言葉が人を傷付ける」というテーマの一側面を表し、かつ言葉を失うに足る理由としては十分なインパクト。これにより話せなくなるのはショックによる精神疾患ということなんでしょうが、幼い順は自分が産み出した玉子の王子(って繋げて書くと紛らわしい)により自分の心を守るという形になります。言わば自分自身にかけた呪いであり、同時に言葉の持つ力の象徴、つまり言霊の擬人化とも見れます。この「言葉が人を傷付ける」という思い込みをどう覆すかがポイントになるわけですが、そこに「歌なら伝えられる」という解決策を持ってきて、かつそれを機能させるためにミュージカルをやるという構造にしたのは、話運びも含めて上手いところ。

拓実は心情をハッキリ言わないので菜月に未練があるかが分かりにくく、そのために順がその気になるというのは青春な悲劇。そりゃ目の前でいきなりあんなピアノ弾き始めたら惚れますよ。とは言え拓実は両親を亡くして当時の彼女だった菜月とも疎遠になったという心の傷から人との関わりに一歩引いてるふしがあるわけで、彼の心が叫ぶために喋れない順が歌うという無謀なチャレンジが契機になるんですね。菜月はチア部長でありながらいまいちマドンナ感に欠けるんですけど、これは拓実との関係があるから抑えめだったのかなあ。声をかけるべきときに何も言えなかった後悔、あやふやになった関係への未練が菜月の叫びとなって拓実にぶつけられるのも、その地味さが活きている気がします。大樹もまた心の叫びを秘めてますが、相当なやさぐれ方でガッツリ表面化してるだけに分かりやすい。スポーツマンらしく謝るときはハッキリ謝って解決するので健全だし、味方についたら頼りがいがあるので後半は推進役として貴重です。最初はイヤな感じですが、終盤は玉子役の扮装で笑いまで取るので親しみが湧きますね。野球部チームメイトが色々かばったり後輩は不満げだったりという関係性も、ありがちながらちょうどよい感じで入ってきます。四者四様の心の痛みをそれぞれイタさを持って描き、かつバランスがしっかりしてるからこそだんだん引き込まれていくのです。

なおかつミュージカル劇を組み立てていく過程、例えば名作ミュージカルへのリスペクトを見せ二つの曲を合わせる案を取り込むといったアイデアも面白い。「本気でやってる奴に乗っかってみるのも悪くない」の言葉に適当にやりたい奴らも徐々にノッてくるくだり、DTM研がいることによる楽曲の作成、衣装やメイクなど得意分野で腕を振るうシーンの小気味良い見せ方、トランシーバー代わりに活躍するスマホなど、集団劇ならではの盛り上がりがあります 。オリジナルのミュージカルをひと月であそこまで仕上げるのはすげーなとか、随分長い舞台だなとかは思いますが、まあ大したノイズでもないですね。2年生がこの高クオリティの舞台をやっちゃって、次にやる3年生が気の毒だなとは思いますが……。

痴情のもつれがクラス中にバレちゃうとか、好きな人と元カノの関係を知っただけで全部ブン投げて逃げるというのはどうかとは思いますが、順が拓実を王子様とみなすまでの積み上げがあるから許せる展開だし、物語に託した思いで何となく良い話で終わりそうなところを、歌で表現するのとは別の局面へ持っていくのが巧妙。しかも夢見ていた王子様が自分を迎えに来るというシチュエーションながら、この二人の物語としてはもはやハッピーエンドにはならないのが分かっている。もう心の叫びは歌で包み込んでは表しきれない。だから順は全てを言葉でぶつけます。それを行うのは声を無くした原因の場所であり、荒廃した城はかつて王子様を求めていた順の今の心のよう。そうして口をついて出た罵倒を拓実は全て受け止め、順は全てを叫ぶことで、自分の本当の思いまで伝えることができる。ミュージカルの物語同様に呪いは解け、言葉は人を傷付けるだけでなく、人に思いを伝えるものでもあることを知るのです。

一方でピンスポを浴びて歌い上げながら登場し、菜月と二人で一つの人格を表現するという土壇場の変更で舞台を成功させ、これにより劇の完成という大団円、歌の持つ力、娘に対する母親の複雑な思いの解放まで見せてカタルシスに繋げるのが上手い。失恋した順に大樹が告白、拓実と菜月まど元サヤというのは綺麗にまとめすぎな感もなくはないですが、大樹が順に一瞬で惹かれちゃうシーンもちゃんとあるから無理のある展開ではないし、ミュージカルはハッピーエンドというお約束まで実現してるとも言えます。でも拓実が「少しワキがくさい」って言われたダメージは大丈夫なんだろうか………あそこだけちょっと絶句してましたが。

ところでこの物語で実は最も重要な役割を果たすのが、しまっちこと城嶋先生です。人選から出し物の選定、さりげないコントロールと、プロデュース力が凄まじい。皆が辞退したいと言ってきても、のらりくらりしながら一度もそれを認めないままさりげなく突き進み、それでいて取っ掛かりより先の口出しはしない。生徒をよく見ているし、生徒の自主性をちゃんと育てている。よくできた大人がいてこその話だったりしますね。

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/979-a663c1b6
トラックバック
back-to-top