2015
10.06

彼岸と此岸の曖昧な道。『岸辺の旅』感想。

kishibe_no_tabi
2015年 日本 / 監督:黒沢清

あらすじ
蘇生アイテム:白玉



ピアノを教えて暮らす瑞希の前に、3年前に失踪した夫の優介が突然帰って来る。しかし優介は既にこの世の者ではなかった。瑞希は優介と二人で彼が世話になった人を訪ねる旅へと出る。湯本香樹実の同名小説を黒沢清監督が映画化。第68回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で監督賞を受賞。

死んだ夫と旅に出る。普通に撮ったらオカルト風味はありながら心温まるファンタジーになりそうなところ。でもそうはならないんですね。間の取り方、唐突な暗転、滲み出る怖さといった黒沢清演出により、彼岸と此岸の境界線を渡り歩いてる感が凄まじい。原作がどうなのかは未読なので分かりませんが、闇に飲まれるこの感覚は映画ならではじゃないでしょうか。しかしそれらのホラー的と言える演出を経たうえで、ちゃんと夫婦の話に帰結するのです。

霊として戻ってくる夫の優介役は浅野忠信。霊だけど実体はあるので触れることもできるし会話も普通に成り立ちます。というか一人勝手に死んだくせに妻に対するデリカシーのなさが酷いです。妻の瑞希役は深津絵里。健気でとても可愛いらしくてそれだけにちょっと不憫でさえあるので、こら忠信!って思いますね。夫に連れられて様々な土地を巡りますがすぐに馴染む順応性の高さも面白い。主演の二人以外は誰が出てるか知らずに観ましたが意外な人も出てたりして、それが上手い具合にハマってます。特に蒼井優は怖いぞ(ミスリード)。

生死の狭間というものを柱を挟んだ空間で表し、曖昧だけど決定的に異なるのだという見せ方も印象深いです。こうなるのか?と思ったらそうならない意外性や、随分とドラマティックに盛り上げる音楽の使い方もあって面白い。常に付きまとう緊張感がありながら、でも「切なくも暖かい」の宣伝も嘘じゃない、少し歪んだラブストーリーにもなっている。良いです。

↓以下、ネタバレ含む。








死んだ夫が実体を持って帰って来て妻を旅へと誘う。でも普通の人のように過ごして思い出を作りながら最後に消えていく、とはならないのが黒沢清。優介の登場からして不意に現れた不気味さが漂います。部屋の奥が漆黒の闇に変わり、その闇に溶けるように姿を消し、かと思うとまた現れる。生者のように振る舞いながらも、玄関から入ってきたなら脱いでいるはずの靴を履いていることが空間に囚われてない存在であることを示し、部屋のど真ん中にある太い柱が、これは中華料理屋などにも出てきますが、この世とあの世を隔てる境界として機能しています。と同時に夫婦間の壁としての意味もあるんですね。

根っこだけ見れば暖かい話のはずなのに常に緊張感が付きまといます。特に何気ない前振りの後で突然出たり消えたりのホラー的表現は顕著。小松政夫の島影さんは声をかけても反応せずにバイクで走り去り、突如消える。闇に横たわる島影の後ろがいつの間にか明るくなり、彼岸花が咲くように壁を埋め尽くす花の切り抜き。食堂の奥さんが妹のことを語るとき遠くに聞こえる子供の声、急に降りてくる闇、見上げると死んだときのままの姿で立つ妹。滝の落ちる音がふいに轟音に変わり、姿を現す亡き父。見えない何かを見る奥貫薫、息子が知らない男と言うほど崩れたその夫、怒りと嘆きに囚われそこだけ真っ黒になりふいに消える夫。霊たちがごく普通の生者のように振る舞うからこそ、そんな様々な演出で唐突に突き付けられる生者と死者の違いがより際立ちます。誰一人貞子みたいな変な動きは見せないですからね。坊さんでさえ見破れないというのが笑います。

予想を裏切る展開やカメラワークも多いです。優介が「島影さんの死に方が夢でわかった」と言ってカメラが斜め上に外れたあと、その夢か回想シーンに行くかと思いきや、いかない。妻の失踪の真相をさりげなく匂わせておきながら、言及しない。つたないピアノを弾いていた妹が「自分のペースで弾いていい」と言われた途端、プロ級の演奏をした後ニコリと笑い去っていく。瑞希が優介の不倫に怒って帰ろうとすると突然元の部屋に戻って夢かと思わせる。意外性は死者だけに限らず、瑞希が妻として勝利の決着を付けに行ったのに「結婚するので」という言葉で逆転負けを食らわせる蒼井優なんて「これから退屈な人生を生きていくのでしょう。でもこれ以上の幸せがありますか」ですよ?張り付いた笑顔に出る勝者の余裕と、笑ってない目が怖いです。

優介は礼を言ったり謝ったりはほとんどしません。3年前の失踪も「病気だったんだ」とは言いますが、それについて詫びるどころか「3年もちゃんとやってたじゃないか」とまで言う。瑞希の父親がわざわざ出て来て嘆くほどだから、このデリカシーのなさは生前からだったんでしょう。旅に出てからは新聞配達、PC修理、餃子作り、特別講師など、瑞希の知らないやたら芸達者な面が明らかになったり、実は女にだらしなかったり(奥貫薫と一緒に戻ってきたというのも怪しい)と、どうも妻に対して正直な男ではなかったことが徐々に分かってきます。対して瑞希さんはどこに行ってもすぐ手伝いするし飯は作るし実によくできた奥さんで、中盤までは文句の一つも言いません。ピアノ教師先では「曲と先生のテンポが合わない」と失礼なクレームをつけられ、島影に「期待外れ」とか「似ても似つかない」とかやたら感じの悪いことを言われ、夫の不倫相手には「想像した通りで拍子抜け」とまで言われるのに、ほとんど怒ることもない。不憫です。でも夫に文句を言いたくても既にこの世にはなく、帰って来た後はまたいなくなるのを恐れてかやはり文句は飲み込むんですね。

ただ、それがこの夫婦のペースであったのかもしれないと考えると、瑞希はそのペースを自分一人で維持したまま今も生きていることになります。百枚の祈願書を書き、いなくなった者にずっと囚われている。優介の好物だったのだろう白玉を作るのもその一環でしょう。この旅は優介が世話になった人を解放する旅になるわけですが、そこには瑞希も含まれていたのかもしれません。瑞希が言う「帰りたくなかったら燃やさなきゃいいの?」にも「この街に住みたい」にも「ウーン」とうなるだけだったり、体を合わせようとしなかったり、自分との関係を断ち切らせようとしているようにも思えます。しかし瑞希に謝りたいという思いがあるから連れて回る優介は、勉強会で「この時代に生まれて本当によかった。この宇宙はまだ始まったばかり」と言うことで瑞希に思いを伝え「どうやって謝ればいいか分からなかった、叶ったよ」と言います。結局伝えたかったのは謝罪よりも感謝だったのだろうと思うのです。

それは瑞希にとっても同じことで、必要だったのは諦めることではなく、むしろ寄り添うことだったのでしょう。再び白玉で召喚した後は、鬱屈した思いをぶつけ、過去の男の話をし、抱き合う。言いたかったことを言い、やりたかったことをやる。二人にはまだ本当の意味での旅に出る準備が出来ていなかったのでしょう。そうしてここではない美しい場所へ去る優介と、祈願書を燃やし生の世界へ歩み去る瑞希。岸辺を歩くようなどっちつかずの曖昧な旅はようやく彼岸と此岸とに別れ、双方にとっての新たな旅立ちへと変わるのです。意外にも、これ以上ない愛のドラマでした。

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