2015
10.04

超えるべき壁は何か。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN エンド オブ ザ ワールド』感想。

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2015年 日本 / 監督:樋口真嗣

あらすじ
白い部屋(デッキチェア完備)。



壁の中で暮らす人々の前に現れ次々と人間を捕食していく巨人たち。かつて生き別れた幼馴染みのミカサと再会したエレンだったが、遂に巨人に食われてしまう。しかしそこで事態を一変させる出来事が……。諫山創のコミック『進撃の巨人』の実写映画化2部作、その後編。

前編の感想はこちら。
駆逐すべきはこの世界か。『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』感想。

散々物議を醸した前編に続き、いよいよ後編です。観る前から酷評の嵐が吹き荒れていたのでハードルが地面スレスレまで下がってましたが……あれ?ちょっと待って、結構楽しかったんだけど……?前編から劇的に改善されるわけもないので、説明台詞が多いとかドラマ演出がタルいなどは覚悟してましたが(そしてそれは案の定そうだったわけですが)、意外にも楽しめてしまいました。

もう、シキシマが最高に面白い!芝居がかった台詞回しとジョジョ並みのポージングは前編を遥かに越えて振り切っており、笑いをこらえるのに必死。グラスとワインを持ってエレンに近づいていく姿はエレンを口説き落とす気満々だし、言ってることがコロコロ変わるコウモリっぷりとか、もう面白くて。司令官の國村隼には爆笑したし、ハンジの悪魔的なまでの無邪気さにも笑います。ハンジはあれは狂気でも何でもなくて、好きなものにしか興味がないただの正直者のバカなんだというのがいっそ清々しい。

確かに酷いと言われているところは酷いし、不満は山ほどあります。その最たるものは前後編に分けたことによる前編の引きを、後編で上手く回収できないバランスの悪さ。前後編に分けたのはそれだけ収益が見込めて予算が付くからだそうですが、元々一本で作っていたのを無理矢理分けたため、元々細部に齟齬のあった物語がさらに歪んでしまい、前回のあらすじにより無駄な水増しをしたり、前編では見所の一つだった巨人の不気味さが後編ではほとんどなかったり、謎を明かす過程が序盤にきてるためあっさりしすぎているといった事態も招いています(某映画研究家の方が「えげつない集金システム」「観るな」と言ったのはまさにこのことでしょう)。普通に一本だったら、大真面目に作ってるからこそ笑えるという正しいカルトB級映画になっていたかもしれないけど、その機会すら失った。非常に残念なことです。これは監督とか脚本以前に明らかにプロデュースが悪い。

そういった歪んだ構造にも気付きつつそれでも楽しんだのは二歩か三歩くらい引いて観たからというのはあります。前編のときも言いましたが、邦画のアクション大作としての独自性はある。ただしそれは物語としての整合性や映画としてのクオリティとは別のところであり、これまた歪んだ楽しみ方だったりするんですけどね。

↓以下、ネタバレ含む。








何歩か引いて観たら色々面白くてですね。初っぱなからエレンの拘束されてる姿が芋虫みたいで「え、何してるの?」って苦笑。クバル司令官の國村隼がやたら丁寧な物腰でえげつない言動をするのもツボでした。あんな短いムチで隣の兵士の引き金を引くとか凄いな。あっけなく死んで残念だなと思ってたら、終盤にマントを纏ってどこかの魔王のように登場したときには爆笑。挙げ句何だかんだくっちゃべってる隙にめっちゃ矢で射たれてさらに爆笑。ハンジはもう完全にギャグ要員で、実は巨人とかもうどうでもいいんじゃないかこの人は?情報規制されてるのになぜそんなに大戦前の武器に詳しいのかはまあ置いといて、演じる石原さとみの振りきった演技も実に清々しい。そしてシキシマの超絶ナルシスな支離滅裂ぶりに爆笑せずにいられません。いやアンタ何言ってんの?の連続で、ちょっと「ブフォ」って声漏れたかも。エレン父役でいきなり草剪剛が出たのは驚きましたが、母役が緒川たまきというのが嬉しいサプライズ!ああもっと出番が多ければ!彼女が食われるのは見たくないので、母の死に関する設定を変えたのは良かったのだ、とまで思いましたね(勝手)。

アクションシーンは良かったですよ。ウルトラマン同士の対決といった巨大なものが戦う高陽感は迫力だし熱い。カット割りとか、体の筋がちょっと光ってる感じとかもいいです。鎧の巨人(だよね?)とのケリの付け方には、あのタラタラ長かった前編のジャンとの喧嘩にも一応意味があったということで遡って良く思えます。立体起動装置も前編よりはよく使ってたし、サシャが弓に爆弾付けてたのを終盤で使ってたのもちゃんとやってるなと思いました。鎧の巨人はシキシマだな?とか、司令が生きてた時点で超大型巨人はこいつだな?など途中で予想が付いちゃったところはありますが、これは人物が限られてる以上しょうがないかな。エンドロールが壁っぽいのでこれは逆に流れて壁上に出るんだな?まで予想できたのはアレですが。

シキシマの一貫性のなさは本当に酷くて、エレンに猛アタックをかけ始めたらミカサのことはガン無視だし、事前にちゃんと説明しないから土壇場でエレンは「ウォォォォ!」ってなっちゃうし、エレンをようやく見つけた貴重な戦力と言っておきながらすぐ切り捨てようとするし(しかも今から作戦実行しようというときに)、エレンへの当てつけかいきなりミカサにチューするけどエレンがそれを見てグヌヌってなるカットがないから意味ないし、内地の支配により「多くの者たちが死んでいった」と悔しがる同じ口でそんな人々に「生きてて何の意味がある?」と言う。エレンの兄がシキシマじゃないかという謎も置いてきぼり。そもそもあの巨人なら余裕で壁越えて支配層にダメージ与えられそうですけどね。超大型巨人を警戒したのかもですが、支配層がクバル司令しか出て来ないからスケール感がよく分からないんですよ。でもそんな支離滅裂さ、それにあの白い部屋、そしてジュークボックスと、面白要素がどんどん出てくるもんだから楽しくて。相変わらずリンゴ大好きマンだし、自分の投げたリンゴを投げ返されたとき「食べ物を粗末にするやつは誰だ」ってあんたサシャに渡してたじゃないすか。超面白い。

説明的な台詞は確かに多いですが、それよりも「こんなの初めてがまた出たー!」と言わせるセンスのなさとか「天国の奴隷より地獄の自由を選ぶ」と言うドヤ顔な台詞など(とあるオマージュらしいですが)台詞がいまいちカッコよくないという方が気になりました。巨人化は人間の科学の暴走だというありがちな着地点はまあいいとして、巨人の謎を記録した過去映像がなかなか良いのであれをもっと映像で見せれば説明はさらにカットできると思うんですが。感染したらいきなり人間が巨人化するのであれば前編の赤ん坊型巨人の説明は一応つくかもしれませんが、なぜ人を食うのかなどの謎は残ったまま。どうせ台詞で説明するなら全部言って辻褄合わせればいいのに。エンドロール後のアレを見る限り、なぜシキシマや司令が巨人化できるのか、エレンの父母がどうなったかなども続編でやる気だったのかもしれませんが、あの声がさらなる黒幕か宇宙人かは知らんけどああいうもったいぶった終わり方でそれっきりというのは『ガッチャマン』で懲りてないんでしょうか。その前に「巨人の正体は人間だ」は驚愕の事実のはずですが、シキシマがアルミンたちの前でそれを言ったときに誰も驚いてないんですよ。他にも不満を挙げるなら、巨人化のこともシキシマの理想も知ってて付いてきたミカサがエレンの方に付く演出の弱さ、サシャがミカサに花をあげたあと今度は芋まであげる(しかも返される)という無駄なやり取り、サンナギが死んだときジャンが「誰が弟の面倒みるんだ」と言っててまさかジャンが?と思ったらジャンも死んじゃうという二人の犬死に感、アルミンとサシャ、サシャとミカサ、ジャンとサンナギなどあの状況でやたらイチャイチャする若者たち(ハンジは武器とイチャつく)などなど。

でも正直そこらへんは問題じゃないです。一番不満なのは、前編が「世界は残酷」と知って覚醒したエレンの物語だったのに、後編のエレンは目の前のことに振り回されて何も成長せず終わってしまうことです。残酷な世界に対してどう向き合うのかがハッキリしないし、超えるべき壁であるシキシマとの決着も微妙についてない。かろうじてあった一貫性がなくなり、一体何が言いたかったのか分からなくなる。いや、壁の内側の支配層と壁を壊そうとするアナーキーの戦いなのは分かるけど、その二極に関わってないキャラがほとんどだったために、各キャラに背負わせてたものが浮いちゃった感じがするのです。エレンもミカサもそうなので、最後にその二人が見た景色にいまひとつ感慨が沸きません。シキシマだけが整合性無視で飛び回って最後まで笑わせて去っていったという印象です。

脚本の町山智浩氏の対談記事を読んで過去の名作のオマージュがそこかしこにあるのは分かりましたが、映画評論家としての知識量が逆に内容をブレさせたんじゃないかという気がしなくもないです。うーん、なんだかんだ言って個人的にはそれほど嫌いじゃなかったりはするんですけどね。でもやはり一本にまとめて欲しかった、という思いだけは拭えません。

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