2015
09.30

交わす拳に痛みをのせて。『ウォーリアー』感想。

warrior
Warrior / 2011年 アメリカ / 監督:ギャヴィン・オコナー

あらすじ
誰がために戦うのか。



元レスリングのトレーナーでアル中だったパディの元に、別れた妻と一緒に出ていった息子のトミーが現れ格闘技のトレーニングを依頼する。一方トミーの兄で物理教師のブレンダンは家と家族を守るため賭け格闘技に参加する。兄弟はやがて総合格闘技の一大イベント「スパルタ」で運命の再開をすることに。ジョエル・エドガートン、トム・ハーディ主演の格闘技ドラマ。

もう、最高!ピッツバーグの街を舞台に、格闘技を通じて再開する関係の途絶えていた兄弟、そして兄弟の父親。前半は彼らの現在をじっくりかつ実に手際よく、また過去を直接ではなく会話の端々や彼らの態度で分からせます。愛する者を守りたい兄ブレンダンと愛する者を失った弟トミーを、生活や人間関係から格闘スタイルに至るまで徹底して真逆に描き、それでいてどちらにも肩入れしたくなる構成が上手い。そして後半の尋常じゃない盛上り!格闘技の試合を見に来た観客と同様、双方に声援を送らずにはいられません。思わず体が動くファイトシーン、そして熱すぎるラストに涙が止まりませんよ。

ブレンダン役ジョエル・エドガートン、エジプト風メイクだったので最初結び付かなかったですが『エクソダス:神と王』のラムセス王ですね。そして『マッドマックス 怒りのデス・ロード』でのマックスも記憶に新しいトミー役のトム・ハーディ。二人とも肉体の仕上がりや、格闘スキル、繊細な表現に至るまで素晴らしい出来。トムハのぶっとい首は強さの説得力にも繋がります。元アル中親父のニック・ノルティが白鯨の物語に重ねて見せる老人の孤独も深い。バイタリティ溢れるトレーナー役のフランク・グリロがやたら若々しいのも印象深いです。

総合格闘技ドラマということで2013年の『激戦 ハート・オブ・ファイト』に張りますが、本作はさらに前の2011年制作ながら日本公開されなかった不遇な一本。特別上映で劇場で観ることができたのは本当にラッキーだった、というくらいの素晴らしい作品です。特に総合格闘技に興味がなくても大丈夫。最高に熱くて泣けて趣深いです。離れても憎んでも兄弟であり家族なのだ。歓喜の歌を歌おうじゃないか!

↓以下、ネタバレ含む。








家族があり友人がいて、教師である自分を慕う生徒たちもいるブレンダンは、一人じゃないという点でトミーとは大きく異なりますが、かつては母と弟が去ってしまい、レスリングで弟のことばかり構っていた父と二人になってしまったという過去があります。父の元に残ったのは今の嫁と出会ったから。ブレンダンは失ったものを取り戻すことに必死だったのでしょう。金に困っても「家は絶対売らない」と言い張るのは、そこが自分が失い求めてきた「家庭」の象徴だからと考えられます。

一方のトミーは母と一緒に逃げたあとは父はもちろん兄も自分を裏切ったと思い込んでいる。母が病死し一人になったトミーは軍隊に入って今度は友人を亡くすことになる。失ってばかりの人生です。「調べたら無事だった」と言う父に「もっと調べるべきだった」と言うトミーは何を思って父の元に、しかも酒まで持って訪れたのか、それはかつて自分達を追いやった父に対する当て付けでもあったでしょう。むしろ酒を飲んでたことなどどうでもいい、トレーナーとしてしか見ないという意思表示かもしれません。あまりに人を寄せ付けない態度は、戦争で一人だけ生き残ったことによるPTSDの可能性も覗かせますが、体に彫った多くのタトゥーには顔を彫ったものも多く、誰かとの繋がりを求めているようにも思えます。

二人の戦い方はその生き方を表すかのよう。全てを守るためリングに上がるブレンダンは、攻められても耐えに耐えて隙を見ての関節技で逆転する。世界に対して憎しみをぶつけるかのようにリングに上がるトミーは、強烈な一発で圧倒して倒し嵐のように去ってゆく。何もかも真逆な二人が試合前に会って話をする場面、「俺は親父を許した」と叫ぶ兄と聞く耳を持たない弟とのなんと深い溝。この「取り返しのつかなさ」に哀しみが溢れます。

トミーに「酔ってた方がましだ」とまで言われる父のパディは、トミーが薬を持っていることを言い当てるようにトレーナーとしての感覚はまだ衰えていません。全てが遅いと思いつつも酒を断ち、いつか息子たちに許してもらう日を思い描いています。でもブレンダンには孫に会わせてもらえず、トミーにはトレーニング以外の話は拒否される。トミーとのトレーニングシーンにさえあまり映りません。『白鯨』の音読を聞くのはエイハブ船長に自分を重ねて人生という海を見ているのか。しかし彼はトミーに罵倒され、ついに10年飲んでなかった酒に飲まれます。戦い続けたモビィ・ディックに呑まれたエイハブ船長のように。無くしたものは決して元に戻らないと悟り泣き叫ぶ姿に、トミーはそこにいるのがかつての暴君ではなく、ただの孤独な年寄りであることを知るのです。

そんな悲哀のドラマとは裏腹に、試合が進むたびに高まる高揚感。特に試合に反対していた妻がブレンダンが勝って「イエー!」と叫ぶところから一気にテンション上がります。ブレンダンには生徒たちや学校の校長、トミーにはジムメイトや戦車から救った美談により海兵隊も付いて応援合戦。最初は孤独に、入場曲さえもなくリングに上がっていたトミーにも海兵隊による生歌が付く。決勝戦に至って二人を取り巻く状況は限りなくイーブンになり、手に汗握るバトルの行く末を見ながらこちらもどっちに勝ってほしいのか分からなくなるほど。

単純な家族再生の物語ではなく、過去は過去として消せない痛みを伴うものであり、それを肉体的な痛みに転化して戦う男たちの物語です。血縁だからこその恨みと血縁だからこその愛情という、これまた相反する根底のテーマ。しかしトミーは試合前に抱きかかえた父の深い孤独を知り、兄は戦うことしか出来なくなった弟を抱きかかえ、謝罪と、そして愛を叫びます。痛みを伴うぶつかり合いの結果、自分が一人ではなかったことを知ったトミーは、だからこそタップすることができる。そして最後に息子たちが肩を抱き合いながら去っていく姿に、父もまた微笑みながら黙って去っていく。歓喜の歌が混じるエンドロールに心が震えます。

戦う者が多くいるのに原題が複数形ではなく『Warrior』と単数形なのは、最後まで戦うトミーのことを指していると考えられます。でも単純にそれだけではなく、父は許しを請い、ブレンダンはそれを許し、トミーもまた許して許される――それぞれが等しく過去と戦った戦士である、ということを言っているのかもしれません。

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