2015
09.26

わからなかった距離感。『私たちのハァハァ』感想。

watashitachi_no_haahaa
2015年 日本 / 監督:松居大悟

あらすじ
ハァハァ(*´Д`)



北九州市の片田舎に暮らすチエ、さっつん、文子、一ノ瀬の女子高生4人組は、大好きなバンドが福岡のライブで「東京のライブにも来てください」と言った言葉を真に受け、高3の夏休みに東京へ向けて自転車での旅へ出る、という青春ロードムービー。

福岡のJK4人が好きなバンドを追っかけて東京まで行く道中を、彼女たちの自撮りビデオ映像を交えながら描きます。福岡から東京までは新幹線だと3時間くらいですが、それをちょっとした荷物だけ持って自転車で行こうとする4人。え?バカなの?と思うんですが、一人が家族とケンカしたから家出すると言い出したタイミングで本当に出発してしまう。しかも夜中に、なぜか制服姿で。計画性皆無、危機意識皆無、まだ見ぬ世界に歓迎されていると思い込んでいる若者が勢いだけで出発して辿る希望と挫折。その甘さにイラッとする点も多いですが、でも金はないけど熱意と行動力はある、そんな時期が自分にもあったことを思い出します。

文子役は2代目なっちゃんの三浦透子、チエ役はミスiD2014ファイナリストの真山朔、一ノ瀬役はシンガーソングライターの井上苑子、さっつん役はVine動画で有名になった大関れいか、とキャストはちょっと異色で新鮮。それだけに女子高生姿にリアルさを感じますね。あと『紙の月』の池松壮亮というキャスティングがスリリングです。また彼女らがおっかけるバンドとしてクリープハイブが実名で登場。『百円の恋』の主題歌くらいしか知らないんですが、これを自分の好きなバンドに置き換えると話が通じやすいです。

何かを好きでいる強さだけで突き進むのは若さの表れかもしれないけど、好きなことにハァハァしてるのが一番楽しいというのも真理。そこに至る描き方が良いです。自撮り映像によるドキュメンタリー性がありながら、彼女らの自撮り視点とは別の視点のカメラも常に付きまとっていて、それは現実を冷静に捉える目線でもあるのかも。

↓以下、ネタバレ含む。








最初は旅立ちの雰囲気にワクワクし、夜通し走った後の朝日を見ながら悦に入ったり、海辺でキャッキャしちゃったり、公園で野宿してなんなら弾き語りしてそれに聞き入ったり将来の夢とか語り合っちゃったりする4人。そこまでならまだ可愛げがあります。なぜか最初は制服なのもなぜかギターを持っているのもまあいいでしょう。しかし本当に関門トンネルを超えてしまってからは徐々にイタさが露になっていきます。そもそも福岡から東京までは自転車で一日100km走って11~12日ってとこらしいですが、僅かな荷物で(のわりには着替えはやたら持ってるけど)大した金も装備も持っておらず、ヤフー知恵袋での回答だけでゴーの判断をするのには呆れます。と同時に、辿り着けずに終わるのか、はたまた途中で大事件に巻き込まれるのかと色々心配になるんですよ。生死に関わるとか犯罪に巻き込まれるといった想像しうる最悪の事態には会わずに済みますが、終始危なっかしい。自転車移動には早々に根を上げるし、女子高生4人でヒッチハイクするというかなり危険なことにも挑むし、たまたま続いたラッキーも長くは続かず今度はキャバクラでバイトすることになるし(ズバピタって表現に笑う)、冒険にもほどがあります。ツイッターに自分らの行動を逐一晒す無知さ、さらにはそこでSOSを出すという無謀さと、ネットリテラシーの欠片もないのもイタい。

一ノ瀬は達観した雰囲気と夢を語る青さ、家やバイトを捨てたと言う短絡的な点と最後まで激昂せずに冷静に場を成す点、というように二面性があります。この二面性はもう大人だけどまだ子供でいたいという無意識さの表れのように思えて、他の3人とは精神年齢が違うのかもしれません。チエは流されるというかノリに弱いタイプで、彼女が関門トンネルで強硬に帰ろうと言っていれば誰も傷付かなかったかもしれず、でも結局そのままノリで付いて行ってしまう。このノリに合わせて引きずられていった結果のストレスが、文子にキツい一言を投げつけることになります。文子は4人中一番のクリープハイプのファンなわけですが、それが他の3人と全く異なる熱烈さであることは誰も気付いていなかったということですね。好きすぎるあまり過剰なファン心理が働いて皆を引かせてしまう。さっつんはノリと勢いの元凶でもありますが、みんなで仲良く楽しく騒ぎたいと思っているのでしょう。ヒッチハイクの男に唇を奪われても「他の子にはしないでください」と言って一人胸に抱え込んでしまう。このことを他の3人が知ることはきっとないのでしょう(でもうるさい)。

こうしてみるとこの4人は表面上は友達ですが、実はお互いの距離感が分かっていない間柄でもあったことが浮き彫りになります(福岡-東京の距離感も分かってなかったようですが)。「ズバピタの二人」と「居残りの二人」という容赦ない世間の目による屈辱も味わう。距離感の違いが決定的になるシーンでは、ファンとしての熱量の違い、現実との折り合いの付け方、相手を傷つけることへの思慮のなさなどが遂に表面化する。池松壮亮が「(途中までうまくいったのは)君らが女子高生だからでしょ」というのは周囲の態度のことでしょうが、これがノリだけだった4人の関係についても的を射ています。

ケンカ別れの後どうやって文子を連れて長距離バスに乗ったのかは描かれませんが、座席の位置も微妙に離れている気まずいはずの4人は、LINEで会話するうちにまたノリを取り戻していきます。しかしそれは以前のノリとは既に異なるんですね。文子の熱意を3人は知ったし、それでも一緒に行こうとする3人と文子は行動を共にする。電車賃がなければ走る。間に合わないと分かってても一緒に走ろうとする。好きなバンドに「ハァハァ」していたはずが、友人のために皆で懸命に走る息切れの「ハァハァ」に変わる。親切にしてくれたお姉さんは最後に吐き捨てるように「若いもんね」と言う、その通りです。最後の最後にどうしようもなくなったときには親に連絡をする、それでいいのです。冒険して痛い目にあうのもまた青春。そこで得たものを今も大事に持っているか、そんなことを考えてしまいます。

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