2015
07.13

ヒーローとは行為だ。『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』感想(その1)。

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Avengers: Age of Ultron / 2015年 アメリカ / 監督:ジョス・ウェドン

あらすじ
ウルトロン爆誕。



スーパーヒーローたちがチームとして戦うアベンジャーズ。ニューヨークでのチタウリとの戦闘以降、人類の危機を憂うアイアンマンことトニー・スタークは平和維持のための人工知能「ウルトロン」を開発するが、暴走したウルトロンはアベンジャーズを敵とみなし襲い掛かってくる。キャプテン・アメリカやソーを始めとするヒーローたちは、団結して世界を救えるか?前作から3年、MCU(マーベル・シネマティック・ユニバース)と呼ばれるマーベルのアメコミ作品実写化の集大成が再び姿を現す!

今作は前作『アベンジャーズ』から間に公開された『アイアンマン3』『マイティ・ソー ダーク・ワールド』『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』の経緯も取り込みつつ、新たな脅威ウルトロンとの対決が描かれます。これがキャラの多さも相まって、もうとんでもない情報量。ヒーローたちの内面まで踏み込むため、恐ろしいほどの高密度です。それでいてクライマックスのオンパレードとも言うべきアクション。ヒーローたちそれぞれ固有の能力を活かしつつまんべんなく活躍を描くのは、映画における集団戦描写の一つの到達点と言えるでしょう。「動く絵画」を観ているようなキメ絵感抜群のヴィジュアルには今までに味わったことのない興奮と感動が確実にあります。また『キャプテン・アメリカ ウィンター・ソルジャー』で極めた盾アクションが今作では「連携」という観点でさらにブラッシュアップされていたり、目玉のひとつであるハルク対ハルクバスターのヘヴィ級対決にも大興奮必至。

お馴染みの面子に加えて、エリザベス・オルセンとアーロン・テイラー=ジョンソンが双子の能力者として登場。そしてウルトロン役はジェイムズ・スペイダー。素顔は全く出ませんが、その演技は人間くさい口調や動きに表現されています(たぶん)。逆にモーションキャプチャー第一人者のアンディ・サーキスが生身で出てるというのはなんか面白いですね。あとは遂にあの人(人?)も登場!

ヒーローが集結するワクワク感というのは前作でやってるわけで、今作は改めて集まるというような経緯はすっ飛ばし、チーム感を最初から全開で見せてくれます。そこはむしろ潔いですね。純粋なヒーロー集結のワクワクは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』の面子が参戦するまで待ちましょう。で、そこから不穏な要素が表れてきてチームの繋がりに影を落としつつもさらにその先に進めてるため、単なるヒーロー祭りの繰り返しではない世界観の深さを否応なしに突きつけてきます。アクションもただ暴れるだけではなく物語の展開と直結しているため熱さが増します。

ヒーロー集合のお祭り感、そしてマーベル作品に顕著だった陽気さは前作より減りましたが、これは今後『シビル・ウォー』という展開が待っている関係上しょうがないでしょう。ただ、そこを気にしすぎるとこの作品を単体で楽しむことが出来なくなるので、いったん忘れてよいと思います。例えそれを認識した上でも、工夫を凝らしたアクションや交わされる会話はもちろん、枝葉の部分にも堪能できる要素は多いため 楽しめる点は山ほどあるということは言っておきたいですね。もうどこから語ったらいいのか分かんないくらい。監督のジョス・ウェドンはこれでシリーズ監督を降板するらしいですが、これだけのヒーローを集めてそれぞれに見せ場を作り、かつ次へ繋げながらも収束させなければいけないというのは想像を絶する大仕事だったでしょう。よくまとめたよ、偉いよ。何より、紛うかたなきヒーロー映画に仕上げてくれたことに感謝したいです。

↓以下、ネタバレ含む。








語り口が多すぎるので、ここはキャラクター別に見ていこうと思いますよ。

◆アイアンマン(トニー・スターク)

『アイアンマン3』でアホみたいにスーツを作ったトニーですが、今回は序盤に使うMk43、ハルクバスターことMk44、ウルトロンとの決戦に使うMk45の3種類。Mk43のセキュアモードも斬新でしたが、何と言ってもMk44、ハルクバスターですね。あのハルクと互角に戦うパワー、重量感、それでいて飛ぶとかたまりません。パーツが壊れても衛星軌道上から来て待機する「ベロニカ」からパーツ発射して換装するとか激アツです。ピストンパンチをドカンドカン食らわせながら「早く寝ろ、早く寝ろ」と連呼したり、殴ったら怒ったハルクに「ゴメン」て言っちゃったりするトニーには笑いますが、本当はケンカしたくないんだよね。ハルクバスターはバナー本人が一緒に開発したと言っているのでまあ許してくれるでしょう。ただアイアンマンがハルクバスターのパーツを装着していくシーンはもうちょっと欲しかったかな。

チタウリとのニューヨーク決戦のPTSDは『アイアンマン3』で解消したものと思っていたトニーですが、パニック障害は収まったものの、代わりに「また宇宙人が攻めて来たら勝てない」という強迫観念に襲われています。しかしこれは単なる被害妄想でもなく、それだけチタウリ戦は厳しい戦いだったということ。トニーに至っては死を覚悟までした一戦だったのでさらに根深いことでしょう。ウルトロン作成を断行したのはその焦りからであり、『アイアンマン3』でスーツを全て爆破したものの結局またスーツを作ったのもこれに起因します。トニーの誰も死なせたくないという思いは強く、それはワンダに見せられた幻からも明らかですが、フューリーはそれを「皆が死んだことより自分が生き残ったことが恐怖」と見抜きます。

『アイアンマン3』で「メカニックなら何か作れば?」という少年の言葉に救われたのは、それこそが自分の強みでありアイデンティティだと気付いたからで、だからアベンジャーズの全てに資金を出したりアイアン軍団を作ったりもする。それだけに自分が失敗すればそれは自分が全力を尽くさなかったからだと思うんですね。自分が頑張らなければ上手くいかないという思い込みにも、なまじ天才であるがためにトニーは対応できてしまう。これはヒーローに限らず危険な考えですが「まず自分がやらなければ」という思いを抱いたことのある人なら共感できてしまうのではないでしょうか。少なくとも僕はその観点において「トニーが悪い」とか「そこがトニーの弱さ」と切り捨てることは出来ませんでした。やろうとしてることは「大いなる力には大いなる責任が伴う」だからです。まあそれだけにウルトロンという力を生み出した責を負われるのは致し方ないところ。トニーがロキの杖を手にとってタイトルが出るところはその象徴ですね。あの時にバッと手を伸ばしてスーツの手部分を待つ姿はハンマーを待つソーみたいで、トニーが神の領域に近付こうとしているようにも見えます。

◆キャプテン・アメリカ(スティーブ・ロジャーズ)

キャップと言えば盾!今回の盾は磁石か何かで引き寄せてくっつくように改良されてました。盾大事!キャップの盾アクションは『ウィンター・ソルジャー』でも見せた単体での守る、投げる、殴るなどに加え、他メンバーとの連携にもガンガン使われるのがたまらんです。みんな即興でやるわりにバリエーション豊かです。ただナターシャに「もっとウルトロンを引き留めろ」と要求されたり、ホークアイとワンダが「ザコトロンが片付いた」と言ってるなか「ちっとも片付いてないぞ!」と一人奮闘してたり、ちょっとこき使われてる感もありますが、そこは自分でなんとかするので大丈夫!あとバナーにいきなり恋愛指南を始めたときは「え、まさかDT卒業したの…!?」などといらぬ妄想をしましたがそこは謎のままです。

キャップの強みは揺るぎなき信念であり、それこそがアベンジャーズの精神的支柱です。実質リーダーであることはトニーも「ボスは彼だ」とマリア・ヒルに言うくらい(面倒なところを任せてるのかもしれないけど)。キャップは全て自分でやろうとするトニーとは逆で「団結して事を成す(Together)」という考えです。団結してダメならまた団結するとまで言う。揺るぎないだけに、目指す方向が同じでもプロセスが異なると衝突したりする。『ウィンター・ソルジャー』でのフューリーや、今回のトニーのようにです。でも融通が効かないというわけではないんですよ。それが正しいと見抜けばこのあいだまで敵だったマキシモフたちにも協力を要請するくらいだし、偏見や心の揺らぎに惑わされないのもキャップの強みです。

キャップの大きなポイントは喪失感を抱えているということ。ワンダの幻では過去の失われた生活がダンスシーンとして現れます。キャップは新アベンジャーズ基地で「ここがホームだ」と言いますが、そこには「安定や家庭を夢見ていた男は氷付けになった」という自己実現を失った男が代替として自己犠牲に向いているのではという懸念を抱かせます。トニーの理想はアベンジャーズがなくなること=アベンジャーズがいなくても平和な世界ですが、これを肯定せず「そのたびに犠牲者が出る」と言う。これはキャップにしてはちょっと歯切れが悪いです。キャップのアイデンティティは正義のために戦うことであり、仲間たちと団結して戦う今の環境は悪くないものなのでしょう。肩にアベンジャーズ・マークを付けるほどだし。キャップには帰る家が必要なのです。

◆ソー

相変わらずムジョルニアと雷パワーで圧倒的強さを見せるソー。いきなりウルトロンに襲われても生身で戦えるのがさすがです。キャップの投げた盾をかっ飛ばしてホームランな豪快技も。パーティーでのハンマー持ち上げ大会では「やはり神は俺!選ばれし者!」みたいな貫禄も見せつけますが、キャップがちょっとハンマー動かしかけて一瞬ビビる顔が見ものです。個人的にソーが腕組んで片手だけちょっと浮かせたポーズ好きなんですよ。伝わるかな?

今回のソーは今までのMCU世界と今後控える宇宙的規模の話を繋げていくような役割を感じます。ワンダの幻ではお前が全てを破壊すると脅され、何か大きな脅威が迫っていることを暗に感じさせます。最初はこんなものは通用しないと言ってましたが簡単に惑わされているのが笑えます。ちなみにその幻が通用しない理由として「I'm mighty」と言ってますね。さすがマイティ・ソー。

そして一時アベンジャーズを離れて、「洞察の泉」でインフィニティ・ストーンが揃う夢を見るソー。これは『アベンジャーズ』次回作である『インフィニティ・ウォー』への布石でしょう。温泉入ってご満悦、って感じにはいかなかったようです。もうひとつ重要なのはヴィジョンを目覚めさせること。全ての中心にヴィジョンがいたからというのが理由ですが、いきなり踊り込んできてフランケンの怪物的な命の与え方をした理由は今一つハッキリしません。ハッキリしたのは「雷って室内でも出せるのか」ということですかね。ソーの動向は今後さらに重要性を増しそうです。

◆ハルク(ブルース・バナー)

バナーは「まさか自分が呼ばれるとは」と言ってたので久しぶりの召喚なんでしょう。それだけストラッカーのいるヒドラ基地は難攻不落だったということですね。ハルクの暴れっぷりは相変わらず爽快。コンクリートの建物は体当たりで壊せるし、地上だろうが空中だろうが野性味溢れるジャンプで一気に距離を詰めて敵を追い詰める。ハルク視点でナターシャを抱えながらヘリキャリアに跳んでいくシーンは地味に迫力。ハルクバスター戦で改めて思いましたが、固いものはひんむく、という習性がありますね。ハルクバスターとの対決は気絶させられて終わるのでハルクには珍しい敗戦が見られます。バナーがベロニカ開発に協力した成果がありました(ギリギリだったけど)。あと変身しても破れない伸びるパンツをトニーが作ったおかげで、姿が戻ったら丸出しという悲劇は避けられるようになったようです。

今回のハルクには、ナターシャによって変身を解かれる、という大きな変化が見られます。いつの間にそんな仲に!「緑の出番か?」といちいちナターシャに確認するのも仲いいなって感じで、トニーにイチャイチャしてないで早く来いとまで言われてます。バーでのナターシャとの会話を見ると、既に付き合ってるみたいな雰囲気まで。しかしキャップの余計なアドバイスも空しく、ナターシャを受け入れきれないバナー。まだ自分は怪物であるという思いを拭いきれず、ラストに戦闘機の狭いコクピットに身を縮めてナターシャとの通信をそっと切る姿には泣けます。

バナーは同じ科学者としてトニーの言い分に共感するところもあるのでしょう、頭ではよくないと思いつつも「科学者の意地を見せよう」と説得されて結局手伝ってしまいます。『アイアンマン3』のおまけ映像でのトニーとの仲良しぶりもさりげなく効いてますね。ヴィブラニウムの採掘地をカナダと言いかけて「ワカンダ」と言うのは知ってる人なら「お!」と思う伏線です。あと胸毛ファンとしてはマーク・ラファロの胸毛が大開放もっさりで歓喜ですよ!もっさり!

◆ブラック・ウィドウ(ナターシャ・ロマノフ)

普通の人間でありながら超人軍団に混ざっての活躍にホークアイより違和感がない、という点でブラック・ウィドウは大したもんです。飛行機からバイクで登場するシーンのカッコよさね!ついでに落ちてるキャップの盾も走りながら回収。盾大事!ナターシャが盾で敵を殴りキャップに受け渡してトドメに繋げるという熱いシーンもあります。飛行機から飛行機への空中荷物受け渡しも面白い。落ちちゃうけど。

今回はハルクの変身までコントロールし、バナーをチューしながら高所から突き落としてハルク化させるなどの容赦のなさも。しかしワンダの幻により思い出した過去の記憶に苛まれます。不妊処置をされて心配が一つ減ったと強がり、だから自分も怪物だとバナーに告げるのは決して大袈裟な感情ではないでしょう。ハルクのコントロールにいたずらっぽい笑みを浮かべながらもそこに愛情が感じられるのは、同じ境遇だという思いもあるのですね。バナーが去ったあと壁を見つめて呆然としてるというのは今までになかった姿で、そう考えるとバートン嫁のお腹の子に話しかける姿にもせつなさを感じます。

ブルーのラインが入ったレザーの衣装がイカしますが、相変わらず谷間を見せることも忘れません。さすがです。たわわです。愛称は「ナタ」ですかね?ナト?皆に愛称で呼ばれてるのがなんかいいです。

◆ホークアイ(クリント・バートン)

弓矢のギミックも多種多様で、今回は矢筒がちょっと大きくなりました。ワンダに操られそうになったときすかさず制して「俺は経験済みだ」ってのは最高にイカしてます。子供を成して家族と生活していくというごく普通のパパぶりは、ウルトロンが言う「子供は大人に死を与える」云々とは逆のことをやっているわけで、ウルトロンとの強い対比を感じます。

つまりホークアイことバートンは最も人間味溢れる存在として描かれているのです。実は家族を持っていた、という事実にはトニーでさえ動揺を隠せず「小さいエージェントだ」と言い張るし、ソーは子供のおもちゃ踏んづけて壊すし(しかも隠す)。クイックシルバーことピエトロとは最初にやりあったこともあり「後ろから撃っちまうか」「今ならバレないな」とかぼやいたり、バナーとナターシャの関係を見抜けないことを奥さんにからかわれたり、親しみやすさが3割増し。何より、観る者誰もが心のどこかで思っていた「弓うまいけどただの人」という立ち位置を「俺なんて弓だぜ。笑えるだろ」と自虐ネタにまでしちゃいます。

ワンダへの言葉「一歩外に出たら君もアベンジャーズだ」は、そんなバートンだからこそ言える台詞。これは超人軍団の中にあって自分は普通の人であるという自覚があるということであり、バートンが自分に言い聞かせていることだと思うのです。「助けが必要ならよこす」と言うことからも決して無理強いしてるわけではなく、人には出来ることと出来ないことがあるというのを認識している。妻に「彼らが守ってくれるか見極めて」と言われますが、その結果があの言葉なのだとも思えます。つまり、守ってもらうのではない、自分ができることをやるのだ、という思い。アベンジャーズだから戦うのではなく、行動した結果がアベンジャーズなのだということ。ヒーローが集まったチーム、という以上の意味を「アベンジャーズ」に与えたのがホークアイです。それが最高にカッコいい。

 ※

長くなったので今回はここまでにします。次回は新キャラやその他のキャラ、そしてアベンジャーズというチームについて書く予定ですよ(多分)。

※続きはこちら
ヒーローとは行為だ。『アベンジャーズ エイジ・オブ・ウルトロン』感想(その2)。

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