2015
06.21

未来は僕らの手の中。『トゥモローランド』感想。

Tomorrowland
Tomorrowland / 2015年 アメリカ / 監督:ブラッド・バード

あらすじ
アテナちゃんマジ天使。



17歳のケイシーが自分の荷物の中に見つけたのは、触れると技術の発達した未来の世界が見える謎のピンバッチだった。そんな彼女の前にアテナと名乗る少女が現れ、その「トゥモローランド」に行くためにフランクという男を訪ねることになるが……。ディズニーランドでおなじみトゥモローランドをモチーフにしたSFアドベンチャー。主演はジョージ・クルーニー、監督は『ミッション・インポッシブル:ゴースト・プロトコル』などのブラッド・バード。

冒頭のディズニーロゴが未来的になっているところから心を持っていかれます。驚異的なテクノロジーと多くの謎に満ちた場所トゥモローランド、そこに招待されたフランク、そしてケイシーが、不思議な少女アテナと共にその謎に迫っていきます。洗練されたレトロフューチャー感にはとにかくワクワク。広大な麦畑の向こうに見える未来の建造物には、思わず手が伸びそうな懐かしい憧れを感じます。しかしそこには神々しい情景という光の部分だけでなく内在する不安定さという影も存在します。手塚治虫や藤子・F・不二雄の未来感に近くて凄く好み。

しかしこれが、未来世界の冒険ものを期待すると肩透かしを食らうことになります。途中から「あ、そういう話じゃないんだ」と気付いたので開き直って楽しみましたが、いまひとつ台詞が魅力的ではなかったり、会話の流れが断ち切られたり長すぎたりと気になる点もあり。あと最初観たときはメインキャラであるケイシーに全く魅力を感じないのが参りました。彼女は何と言うかもう、沼くさいです。その分アテナちゃんが文字通り強力にエスコートして盛り返してくれるのが救い。アテナちゃんは本当に天使です。

ただ、確かに残念に感じる部分はあるものの、トゥモローランドのビジュアルはまれに見る夢世界っぷりでそこだけでもう感動。90年代アドベンチャー映画のような血沸き肉躍る活劇も上手く、様々なギミックの使い方にはテンション上がります。『スター・ウォーズ』好きなら思わずニヤリとするシーンも(まさかのハン・ソロ大活躍!)。そして実にシンプルなテーマを元に構築された物語は、夢見ることの価値を真正面から描き、夢破れて怒ってるだけじゃ世界は変わらないという、意外にも現実に寄り添ったものになっています。好きだなあ。

ちなみに序盤の1964年、ニューヨーク万博の会場にいたのになぜいきなりディズニーランドの「イッツ・ア・スモールワールド」が出てくるの?と引っかかってたんですが、あれはディズニーランドが出て来たわけではなく万博のパビリオンのひとつとして作られたもので、それが後にディズニーランドに移設されたんですね。なぜ『トゥモローランド』なのにファンタジーランドのアトラクションが出てくるのかと思ったけど、問題なかったようです。

↓以下、ネタバレ含む。








これは夢の国を作ったり冒険したりするのがメインの話ではなく、夢見る世界を追われた者が今度はその夢の国を、ひいては世界を救う話であり、夢を諦めないことが大事なんだ、というド直球なメッセージこそがテーマです。演出も登場人物も全てはそのテーマに沿って作られていると言えるでしょう。それは序盤から明確に示されています。フランク少年は「子供が空を飛べば何でもできると思える」と、夢のあることが未来を作るきっかけになると言います。これは後にケイシーが「夢見るより諦めるほうが簡単だから」と言うのにも通じます。ケイシーは星が好きでそこに行く未来を夢見てるから発射台を壊されたくなくて妨害行動を起こします(それ自体は犯罪なので罰せられます)。それが未来を変えることだと信じてるから諦めないし、アテナに選ばれた存在として見出されます。子供の頃の映像を流すという一見テンポの悪い演出も、あれだけで彼女のバックボーンとその後の行動の根拠を簡潔に語ってるんですね。フランクもケイシーもどちらも「飛ぶ」ことに憧れ、父親に諭されても決して諦めようとしないのも共通しています。空を、さらには宇宙を「飛ぶ」という思いを重ねて描くのは、それが人間が自力でやるには最も困難な憧れであり、それを実現することが未来の象徴だからでしょう。

だからフランク少年がジェットパックを付けて「飛ぶ」シーンは本当に素晴らしい。落ちてるさなかに一瞬見える未来世界の美しさ、ジェットパックのベルトがなかなか閉まらないハラハラ感(結局結んじゃうのが『ジュラシック・パーク』のサム・ニールを思い出す)、ギリギリで噴射に成功して飛び上がったときの高揚感、バックに白い鳩が飛ぶなか上下左右あらゆる方向からたっぷりトゥモローランドの様子を映す飛行シーンとしての気持ちよさも凄いです。ジェットパックを修理したファニーなロボットが手のパーツを一部上げてサムズアップを示したり、フランクが落下中にジェットパックを見つけて「うおっ」て2回言うのも面白い。未来都市のビジュアルに関して言えばケイシーがバッチを触って見る長回し場面も最高です。わざとぶつかってホログラフだと分からせたりはせず、観てる者が本当にその場にいるようにワンカットで見せるからこその臨場感とワクワク。上下の開いた宙に浮くプールとかたまりません。用意された宇宙船の席に座りたいと誰もが思ってしまうでしょう(つまり最高のコマーシャルフィルムだということですが)。あとエッフェル塔がロケット発射台になってるというブッ飛び設定、居並ぶ蝋人形がエッフェル、エジソン、テスラ、ヴェルヌと名だたるメンバーで彼らこそが「プラス・ウルトラ」であるとか、機械が動いた時に「ボン・ボヤージュ」とメッセージが出たり紙吹雪が舞ったりする遊び心とか、ガジェットがいちいち良いんですよ。それは大人フランクの家も同様で、バリエーションある撃退方法をテンポよく見せてくれるのが楽しいです。

ケイシーについては、流れを断ち切ってべらべら喋たっり身勝手な行動がやたら多かったりと本当にイライラしたんですけど、あれはコメディリリーフだと考えればそれほどおかしくもないんですね。人のものをすぐいじったり話の腰を折ったりするのはコメディでよく見る光景だし、何度も見えない壁に頭ぶつけたり敵AAをバットでガンガンに殴りまくるのも面白い。ヒロインと考えるからダメなんです、あれはお笑い担当なんです。だから17歳に見えなくてもいいんです!(ちなみに演じたブリット・ロバートソンは25歳)あとケイシーって意外とナイスバディなんですよ……(そこか)。それにヒロインはアテナちゃんですからね、問題ありません。

アテナはロボットですが、彼女が0と1から成るソフトウェアであることと、そこに人間らしさや豊かな感情を見ることとは矛盾しません。これは『ベイマックス』でもやってたことですね。言語機能に障害が起こったとき日本語のセリフが出てくるあたりからも、アトムやドラえもんのような存在を想起させます。つまりリアルSFに出てくるようなロボットではなく人間の友達であるロボットです。思えば同じブラッド・バード作『アイアン・ジャイアント』もそうでした。ただし走る車を追ってくるシーンは『ターミネーター』ばりに怖いですが。

ただ、なぜアテナがそこまで世界を救いたいのかはハッキリしません。そもそもトゥモローランドが具体的に何をしているのか、どのように運用し地球とどう関わっているのかもよく分かりません。前半のワクワクに比べて後半はトゥモローランドの情景自体があまり映らないので没入感に欠け、むしろ無人島の青い海と空の方が印象深かったりするし、ニックス提督はいくら若さを保つドリンクを飲んでたと言っても年取らなすぎだし、他の住人たちはどこにいるのか、食料事情とかAAの開発とか気になる点は多いです。なぜ地球が滅ぶに至ったか提督が全部説明してくれるんだけど、あまりに長くてウトウトしてしまったし、その内容も地球滅亡の映像をモニターで人々の頭に流せばそれを阻止する方向に動くと思ったら逆にそちらに進むことになってしまった、というちょっと納得しにくいもの。

でもねえ、それらを踏まえてもこの作品嫌いになれないんですよ。細部が雑であったり整合性が合わなかったりしてもそこはさして重要じゃないと思うからいいんです。トゥモローランドは夢見る場所なんだから夢の裏側を見せてもしょうがないし。そして若者ではなく未来に絶望したおっさんが再び未来を取り戻そうと奮闘する話だというのが良いです。夢見ることは年を取ってからでもできるという希望、それを担うのがフランクです。ケイシーが地球を救える理由がハッキリしませんが、フランクをその気にさせるのが役割の一つなのでしょうね。最初にケイシーと出会った時のフランクは逆光の中に立っていて、日の光を遮る影として現れます。そんな希望を失った中年が、希望を持った若者と協力しあい新たな未来を作ろうとする、というのが良いのです。

また、現実の厳しさを無視せずに夢見ることを全面肯定しているのもポイント。言ってることは「頑張る人はいつかむくわれる」という凄く青臭いことなんですが、それでいて夢見る世界は簡単には辿り着けなかったり、目の前にあったと思ったら消えてしまったりと、意外と現実的だったりします。ケイシーの大事な帽子が風に飛ばされてそれっきりなのはそこが親の庇護が通じない世界だからであり、彼女個人として勝負しなければいけないからでしょう。これもまた現実的。その上で「諦めないこと」を求められているのです。限られた者だけがバッチを渡されるという展開から、才能ある者だけが選ばれる選民思想のように感じられそうですが、作中ではあくまで「夢見る人を探す」と言ってるのだから重要視されているのはその精神であり、それは万人に開かれたものであるはず。もちろん綺麗事に聞こえるかもしれないし、人はそんなにポジティブでばかりもいられないし、一歩間違えたら宗教的にも取られかねない。でも諦めて流されるより遥かに希望の残ることであり、その淡いながらも残っている希望の象徴こそがトゥモローランドです。未来に希望を繋ぐ話は否定できないですよ。地球を見捨てようとしたニックス提督は諦めた者であり、フランクたちとの差はそこにあります。

脚本に難ありなせいかブラッド・バードにしてはストーリーテリングが野暮ったいし、長セリフが多くて冗長に感じたりもします。「二匹の狼」の例え話は分かりにくいし、ケイシーを選んだなんちゃらテストが何なのかは流されるし、アテナが笑わなかった理由が単にフランクがスベってただけだった、と言うのは「もうちょい何かあるだろう!」とは思うし、色々と否定的な意見があるのも分かります。予告で見られたウォルト・ディズニーは全く出てこないし。それでもシーン単位でのカットの上手さやテンポの良さには引き込まれるし、未来世界の素晴らしいビジュアルはそれだけで「希望」なんですよ。バッチに触れた人たちが麦畑に現れるラストシーン、彼らは年齢も職業も人種もさまざま。でも諦めないからこそ選ばれたのだろうし、選ばれる者はこの先も増えていくのだろうと思わせる。未来はどこにあるのかと問われれば、それは我々自身の手の中にあるのだと思わせてくれる。それが良いのです。

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/939-65116340
トラックバック
back-to-top