2015
05.25

ゼロが示唆する原初と終焉。『ゼロの未来』感想。

The_Zero_Theorem
The Zero Theorem / 2013年 / 監督:テリー・ギリアム

あらすじ
Enter Me!



映像と音声にまみれた雑多な近未来。教会跡に住み、生きる目的を教えてくれる電話を待つ男コーエン・レス。虚無に侵された男が「ゼロの定理」の解明を続けるうちに辿る結末とは。『未来世紀ブラジル』テリー・ギリアム監督、クリストフ・ヴァルツ主演のSFドラマ。

まずは映像が楽しい。『ブレードランナー』の世界を真っ昼間であけすけにして煩雑さと胡散臭さを際立たせたような街並み。歩いていると壁沿いに追ってくる広告、ゲーセンのような会社。ゲームのような仕事の映像は、青空に浮かぶ無数のブロックの間を飛びながら当てはめていくのが爽快。支配層に押さえつけられているというわけでもなく、派手で娯楽性が満ちたような世界は、しかし今の現実とそれほど解離してるというほどでもなく、毒々しくも楽しそう。衣装も美術も独特で良いです(なんで頭にブラジャー着けてるの?と思ったらアイマスクでした)。

そんななかで主人公のコーエンだけがコミュニケーションを避けパーティにも馴染めず、一種禁欲的とも取れる姿で登場します。彼の家は元教会らしく派手派手しさもなく、見た目も坊主で修道士のよう。そんな彼が会社のトップである「マネジメント」に命じられゼロの定理を証明しようとするうちに、やがて一人の女性と出会い翻弄されていきます。

コーエン役はクリストフ・ヴァルツ。今作のヴァルツはどちらかというと受けですが、それだけに余計変態っぽさが際立ちます(誉めてます)。パーティで喉詰まらせたときの目を見開いた顔とか、家で鳩を追うときの大仰な払い方なんかが笑えます。コーエンに影響を与える女性ベインズリー役のメラニー・ティエリーは、コスプレナース姿がキュートで超エロい。あんな尻突き出されたらね、覗き込みますね。デビッド・シューリスもちょっとウザい感じが良かったです。あとあの人やあの人など、チョイ役が無駄に豪華なキャスティングで驚き。

テリー・ギリアムは哲学的あるいは宗教的な思索をサブカルチャー的アプローチで見せつつ、ネガティブ丸出しとも見れる眉なしスキンヘッドの孤独な男の、内なる嘆きを暴き出していきます。観終わった後のこの何とも言えない余韻。万人受けするとは思いませんが、とても面白かったです。

↓以下、ネタバレ含む。








データ解析という実体がよく分からない仕事をし、よく分からない定理を証明しようと奮闘するコーエン。この辺りは別によく分からないまま観ちゃっていいところだと思います。一応ゼロの定理とは「無から始まり無に帰する法則」みたいなものらしいですが、要するに解明は困難、というか無理なことをしているということでしょう。常に解析率93%くらいで止まっちゃう。出口が見えないんですね。

この解析はコーエンに人生の意味を教えてくれる電話がかかってくるのと同じくらい無理なんでしょう。生きる目的を教えてくれる電話なんて自分を導く神の言葉に等しいものです。それだけ空虚な人生に陥っているんですね。一人称が複数形なのも『ロード・オブ・ザ・リング』のゴラムのような二重人格ではなく孤独を押し込めるためだし、「一人だが孤独じゃない」と言うのも明らかに強がり。そんな状況から抜け出したいがための電話はコーエンにとっては神からの福音であるはずですが、元教会は所詮は「元」であり、そこにあるのは顔のないキリスト像や目のないマリア像であり、欠落した部分には代わりに監視カメラがはまっている。実は監視社会における話であるというのは、エンドロール後にカメラがじっとこちらを録っていることからも伺えます。

そんな孤独なコーエンに関わるベインズリーは愛情を捧げる恋人であり世話を焼く母親、ボブ少年は気軽に話せる友人であり年齢的には息子です。ベインズリーと仮想空間でイチャつくうちに枯れ果ててたコーエンが襲いかかったり、仲良くなったボブは徹夜でQスーツまで作ってくれたりと関係を深めていきます。特にボブは「誰でもボブと呼ぶ」と言われていたのにコーエンだけはQと呼ぶし、コーエンもボブと話すときに普通の一人称になったりします。上司のジョビーもコーエンを気にかけてくれる一人。毎度名前をわざと間違えるのも茶目っ気なんですね。

でもベインズリーがエロウェブやってる現実に打ちのめされて別れ、仲良くなったボブは連れ去られ、何かと構ってくれたジョビーもクビになって去っていく。そして全てを失い虚無の縁に立ったコーエンは、自ら無の中へと落ちていきます。それもにこやかに。マネジメントにしてみればカオスの中の金脈探しでしかないゼロの定理は、コーエンにとっては人生の空しさとイコールだったのでしょうか。そして永遠に沈まないはずの楽園の夕陽を自らの手で沈めてしまいます。後にベインズリーの声の響きだけを残して闇に包まれるラストのやるせなさ。生まれたときも消えるときも人は一人である、とでも言わんばかりのゼロに還る終焉。思わず取り込まれそうになります。

それにしても「またお前か」のマット・デイモン、『スノーピアサー』に続くブッ飛び方のティルダ・スウィントン、まさかのチョイ役のピーター・ストーメアにベン・ウィショーと豪華ですね。カメオというよりはゲーム的な世界の隠れキャラみたいで面白いです。

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