2015
05.24

江戸の浮世とおんな絵師。『百日紅 Miss HOKUSAI』感想。

sarusuberi
2015年 日本 / 監督:原恵一

あらすじ
部屋が散らかったら引っ越します。



浮世絵師・葛飾北斎の娘で、同じく浮世絵師として活躍した女性・お栄の目を通して、江戸の町で生きる人々を四季の彩りも鮮やかに映し出す。杉浦日向子の漫画『百日紅』を『クレヨンしんちゃん 嵐を呼ぶ モーレツ!オトナ帝国の逆襲』などの原恵一監督が映画化。

稀代の絵師である葛飾北斎、その娘でこれも絵師であるお栄。実在した人物です。物語としては、この絵師親子や周囲の人々の江戸での日常を描くだけです。それだけなのに、観てるうちに自分もそこの住人になったかのような没入度。橋の上を行き交う様々な人の姿やざわめきが、街の息吹となって佇んでいるのが感じられます。このさりげない臨場感とも言うべき江戸情緒が実に心地いい。

絵師が中心の話だけに絵を描くシーンも多いですが、筆と墨だけで様々な表情を写し出す絵がサラサラと描き上がっていくのも気持ちいい。舟に乗るシーンでは共に乗り、走るシーンでは共に走るという情感の豊かさを表現する演出や、どれもが泣きそうになってしまう妹・お猶のエピソードなどには原恵一らしさがありつつ、涙に濡れる場面は描きません。あくまでも野暮は映さない。これがまた爽やかです。

主人公お栄のちょっと下唇を突き出したつっけんどんな感じや、それでいて時々頬染めたりする感じも魅力的です。時代性を無視してメガネをかけさせたい!お栄役の杏や鉄蔵(葛飾北斎)役の松重豊を始め、俳優陣が当てた声も思いのほか良かったです。濱田岳のダメ善とかダメさ加減が上手い。

形式としては一本のストーリーではなく短編の連なりなので、飽きもせずずっと観ていられるんですよ。音楽の使い方も抜群。飄々として、時に不思議なものを見て、時にホロリとさせる。何気ないながらそこに在る人間模様を、時代性を映しつつ普遍的に描き出す。ああ、これはとても好きです。

↓以下、ネタバレ含む。








杉浦日向子の原作は未読なので比較はできませんが、江戸の情景を映画的にとても豊かに描いているのが良くて、昼の雑踏の様々な音、夜のしんとした静けさといった昼夜の違い、百日紅が咲く夏から一年を通しまた百日紅で幕を下ろす四季の違い、といった様々な風景が物語世界の表情として溢れています。吉原のシーンは艶かしさはあるのに普通に往来を行く人々もいて、現実と地続きな感じがまるで新宿・歌舞伎町を歩いてるような感覚で良いです。江戸の街のデカさを思わせる色んな商売が出てくるのも面白くて、絵師には発注から販売までしてくれる出版社みたいな萬字堂が出てくるし、男の花魁的なのがいたりするし(「やろうやろう」って軽いな!)、金を払えば捕まえた鳥を逃がしてくれてそれが功徳になるという「放し鳥」なんて商売があるのには驚き。

もっと最初から最後まで話の通った長編映画的な構成でもよかったかな、とも思ったんですが、実際は単に短編を並べているわけでもないんですね。そこにはお栄が絵師として徐々に成長する姿、という芯となる物語がちゃんと入っています。歌川国直と出会い「龍は他の獣とは違う」というアドバイスで描き上げた堂々たる龍。地獄絵に欠けていた要素を父・北斎に描き足されて思い知る己の未熟さ。兄弟子・初五郎への仄かな思いと失恋、そこから奮起して女になろうと決意するくだり。ただそこでお栄がどう変わったかとか、感情を吐露したりというのは描かないのが粋ですね。

そしてもう一つ、妹のお猶との日々というのも芯となっています。目の見えない妹に周りの情景を言葉で説明するお栄。本来なら絵師は描いた絵で表現しますが、それを主観を交えず見たまんま言語化することでお猶にも自分なりに感じて欲しい、と思っているかのようです。的確に説明できるというのがお栄の頭の良さも示していますね。橋の上で初五郎に会ったときの微妙な変化をお猶に指摘されるお栄は可愛らしいし、積もった雪のなか近所の少年と他愛なく遊ぶお猶、それを茶屋から見るお栄の後ろ姿のショットがとても美しい。お猶が去ってポツリと残された椿の花に「一人で来れたじゃねえか」という鉄蔵の言葉が悲しくも暖かいです。ここでも狙って泣かせるような無粋な描き方はしていないのが良いです。

一つのエピソードが終わるとあまり余韻を残さずすぐ次に行ってしまうのがちょっとせわしない気もしますが、これはまあ許容範囲でしょう。首が伸びる花魁の話などビジュアル的にも面白いし(顔から魂が出てくるシーンは秀逸)、時間の経過を拾った犬がどんどん大きくなってることで表すのも上手い。そして最後に実写の風景を映すことで、この人間賛歌を現実世界にも繋げてみせる。見事です。

ちなみにエンドロールで映る絵は、実際にお栄(後の葛飾応為)が描いた「吉原夜景図」。妖艶な吉原の情景を陰影も豊かに描いていて素晴らしいです。

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