2015
04.14

何かをすれば何かが起こる。『ジヌよさらば ~かむろば村へ~』感想。

jinu_yo_saraba
2015年 日本 / 監督:松尾スズキ


あらすじ
お金怖い。



お金アレルギーになったためにお金を1円も使わない暮らしを求めて東北の寒村に移住してきた高見。そこで癖のある村人たちと出会った彼は、意外な展開に巻き込まれていく。いがらしみきお原作のコミック『かむろば村へ』を実写映画化したコメディ。

これは面白い!「金恐怖症の男」という現実味のないキャラ設定が異質すぎて、それが却って笑いを生みます。「金を使わない」と宣言する高見に対し、田舎村の人が純朴さを見せたりする前に唖然となるところからもう笑いっぱなし。一部ヘヴィな展開もあるものの思ったより癖はないし、田舎に逃げた男が自分を見つける的な話でありながらお行儀良いだけでもなく、良いバランスです。

コメディとしてのタメや引きや重ねも実に上手い。ほんの少しのファンタジーも良いアクセントになってます。話も面白いですが、役者の魅力で存分に魅せてくれるのがまた良いです。白目剥く松田龍平や、鬱陶しくなりがちな西田敏行の使われ方や、阿部サダヲの暴れっぷり。松尾スズキ始め大人計画の面々も良い配役です。何より二階堂ふみですよ!何だあの凄まじい威力の着エロは!可愛い!パンツ!エロい!さらに改めて気付く松たか子の可愛らしさとスタイルの良さ!宿のおかみさん役の中村優子の尻サービス!ついでに片桐はいりの顔面力!と女性陣の魅力が素晴らしい。あとまさかの三谷幸喜には爆笑です。

舞台が田舎であることと役者陣が被っていることで若干『あまちゃん』ライクな雰囲気ですが、もっとブラックに笑わせてくれます。

↓以下、ネタバレ含む。








荒川良々のGTR厨が超ウザい田舎ヤンキーぶり、皆川猿時のいかにも地方の実力者っぽい憎々しさ、村杉蝉之介の情けなくも最後はキメる助役もイイ。モロ師岡の笑いながらの毒吐きはちょっと怖いけど面白いし、片桐はいりがレザースーツ姿で何の仮面ライダーだってくらいキメキメなのも笑えます。あと背の高いカッコいい爺さんがただのボケ老人とかね。テンポが良くて笑ってしまうんですよ。西田敏行が本当に神様でも、片目だけ光ってウインクを表すとかバカなので思わず受け入れてしまいます。

お金に恐怖するという症状それ自体はさほど重要でもないんですね。なぜ嫌になったかは自殺遭遇のワンシーンくらいしかないし(ただそのシーンだけで納得はできる)、金に触ったら気絶するなどの笑いにはなりますがわりとサラッとしてる。要するに何か世間へのしがらみ、切っても切れないものの総体、それを極端な例として体現させたのが金恐怖症なのかなと思います。松田龍平演じる早見はそんな都会から逃げてきたわけですが、そういったしがらみは田舎にだってあるわけです。「人間 高見武晴」というのぼりを立てて自転車を駆る早見のイタさに、コミュ障とは行かないまでも周囲への馴染めなさや甘さみたいなのも感じて、目を背けてる感があります。

もう一人重要な軸となる阿部サダヲの村長、面倒見はいいのにバイオレント、ヤンキーがその視線に無条件にビビる元警官の迫力。わざわざ恰幅を良くしてもそれほど威厳は出てないけど、何かワケありな雰囲気。この村長もまた己の過去に目を背けています。頼まれたら断れないのも贖罪の一環なのでしょう。そんな中に一人入って来る異物、松尾スズキのヤクザが一気に温度を下げてくれます。テーブルの下から松たか子の足を覗くのは笑いますが、これが実は「こいつヤバい」という理由からだったのが怖い。彼はどこまでも追ってくる逃れられない過去の象徴でもあります。

大量のザリガニがアレするシーンはどうしてもポール・トーマス・アンダーソンのあの作品(一応タイトルは伏せますが)を思い出します。つまりあり得ないと思うことも実は誰にでも均等に起こり得るということですね。金を見て気絶するほどの高見が最後に金を燃やすとき、金を鷲掴みにしても平気だったりする。ここの変化は松たか子が小さく「あ」って言うだけでそれ以上言及しないのがくどくなくて良いんですが、ともかく高見の自分を捨てて人のために生きるという覚悟が自身の象徴であった精神的アレルギーをあっけなく消してしまう。金というしがらみに目を背けず真っ向から対峙した結果、あり得ないことが起こったわけです。過去に囚われた村長が妻の愛情や留置場での時間により過去と向き合い、その結果ヤクザ死すというのも同様です。

さらに「金銭感覚がおかしい人とは暮らせない」と言うしっかり者と言うか金の亡者(でもエロい)の二階堂ふみとヨリまで戻す。その理由が「セックスが良くて」ですよ?これで皆が大笑いして大団円ですよ?そんな終わり方あり得ないですよ。でもこのラストにより、閉塞感にあえぐ限界集落に若さと笑いと、ついでにちゃっかり引き継がれた神様により希望までが満ちるわけです。そもそも「あり得ない」という感触自体が先入観に縛られたものでもあるわけですね。この村は先細るだけだという先入観、隣町と合併しないと後がないという先入観。それを打ち破っちゃう。神さまが言う「何かしら決着はつく、思う通りではないかもしれないけど」の言葉は、村長たちには「当たり前だな」で片付けられますが(観てる方もそう思うんだけど)、その後に続く「だから何かをすることをやめない、人間は面白い」ということ。目をそらすのをやめて向き合うことで、あり得ないことでも起こりうるのだ、ということなんだろうなと思うのです。

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