2015
02.05

善行は神のためならず。『エクソダス:神と王』感想。

Exodus
Exodus: Gods and Kings / 2014年 アメリカ / 監督:リドリー・スコット

あらすじ
イナゴ怖い。



旧約聖書「出エジプト記」のモーゼのエピソードをリドリー・スコットが映像化した歴史もの。紀元前1300年のエジプト王ラムセスと兄弟のように育ったモーゼが40万人の奴隷民を救います。

これはもうスペクタクルを堪能するというのが正しい気がしますね。広大な遠景、圧倒的な物量、壮絶な十の災い。神の容赦なさと都合よさに翻弄されるモーゼさん、という点で同じく旧約聖書を題材とした『ノア 約束の舟』に近いテイストですが、天災にしてもあくまで自然現象なので奇妙なファクターは少なく、そのためファンタジックさよりはリアルさ強め。150分の長尺ですがかなり観入ってしまうのでさほど長さは感じなかったです(短くもないけど)。3D効果はなかなか。

モーゼは十戒と海が割れるエピソードくらいしか知らないのでちょっと調べたら、話の流れは旧約聖書の「出エジプト記」にかなり忠実のようです。タイトル「エクソダス(Exodus)」もそのまま「出エジプト記」の意味。でも宗教臭さはさほどなく、文字通り神と王の激突の話。クリスチャン・ベールはあまりエジプト方面の人には見えませんが、内に秘めた激しさの表現はさすが。『1492 コロンブス』以来(かな?)のリドリー作品登場のシガニー・ウィーバーの方がエジプシャン過ぎて一瞬誰だか分かんないです。あと時々ラムセス役のジョエル・エドガートンが北村一輝に見えるんですがなぜだ。

建設中のスフィンクスとか2頭立てのチャリオット(戦車)などのエジプト美術もイイです。結構なロケや空撮を敢行しただけあって広々した空間の気持ち良さがあるし、ディザスター・ムービーとしての迫力も十分。そしてこの作品が誰に捧げられたか、最後にそれを知ったときに泣けます。

↓以下、ネタバレ含む。








本来のモーゼの話と異なるのは海が割れるのはモーゼがやったわけではないことくらいですかね?本来はエジプト側の神も出てくるみたいですがそれがないので、後半は完全にヘブライ人側に肩入れした展開になっていて一方的。子供たちが死んでしまうシーンはかなりキツい。神は超越した存在なだけに情などないから容赦ないです。でもやたら荒ぶるワニとか赤い海とか足の踏み場もないカエルとかスゴい。顔が膿むというのも地味にイヤ。最後に襲い来る大波なんて迫力もさることながら直後の海中に沈みゆく人々の姿が凄まじいです。あと十の災いに科学的な理由を付けていくのは面白かったですね。説明しづらくなる前に担当者を死なすってのが笑えます。

神との邂逅シーンはイイですね。青い炎に燃える木をバックに石を積む少年、泥のなか顔だけ出てるモーゼ。なんで顔だけ(ワラ)とか思いましたが、神の前では自由な動きなど取れないのでしょう(原典に何か記述があるのかな?)。少年の姿をした神(正確には神の使いですが)はモーゼを焚き付けておきながらなかなか結果を出せないと知るや「もういいから見てろ」つって自ら大災害を巻き起こします。モーゼにしてみれば最初から自分でやれよって感じだしそりゃ「400年も何やってたん!」って憤りますよ。人目を避けて神に会うのも傍から見たら独り言の危ない人ですからね。モーゼ大変。

最初は巫女の占いを鼻で笑うように神など信じていなかったモーゼですが、神と出会って「ある者」として認めざるを得なくなります。ただ、出生の秘密が明らかになり追放されたときも己の力で生きてきたモーゼなだけにポッと出の神にも反抗的 。そんなモーゼが、人々を率いて道を間違えたとき、その40万人を救うため遂に神を頼ります。海が割れるのはモーゼが神に屈した結果とも言えるでしょう。一方でラムセスは、モーゼに巫女の言うことを信じるなと言われて「もちろん」と答えながらも、実際予言の通りになったとき思わずモーゼに槍を構えてしまうように、最初から神に屈した存在です。後に「私が神だ」と叫ぶのもその悔しさの裏返し。神に屈しながらも王のプライドを捨てられず反抗し続けるラムセスと、神に反抗しながらも人々のために神に屈するモーゼ。己のためか全のためか。その拠り所の違いが明暗を分けたようにも思えます(それ以前に神ハンパねえってのはありますが)。それでもモーゼは神のために働いているという意識ではなく、自分自身を捨ててはいないんですね。十戒の言葉を刻むときも言われるがままではなく自ら納得して言葉を刻むのです。

気になったのはいつの間にか周りの人々が出なくなること。シガニー・ウィーバー、ベン・キングズレー、母や姉、海に飲まれた後のラムセス、ラストの妻子までその後が描かれず、いつの間にか退場しています。最後には年老いたモーゼの前から神までが去っていく。大義を成しながらも孤独なモーゼが悲しいです。

モーゼとラムセスの兄弟としての関係は、信頼や絆よりも相容れない部分の方が強く感じられました。最後の献辞「我が弟トニー・スコットに捧ぐ」には兄リドリー・スコットの弟に対する愛情と共に、同じクリエイターとしての違いとか考えとか、或いは不可解な死を選んだやるせなさとか、色んな感情が入っていたのかもしれません。

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