2015
02.03

大きな瞳に陰をさす嘘。『ビッグ・アイズ』感想。

Big_Eyes
Big Eyes / 2014年 アメリカ / 監督:ティム・バートン

あらすじ
ウォーホールも驚いた。



1960年代にアメリカで人気を集めたウォルター・キーンのポップアート「ビッグ・アイズ」は実は妻のマーガレット作だった、という複雑な夫婦の関係を描くティム・バートン監督作。

今までのティム・バートン作品のようなマイノリティの孤独もハートウォームなファンタジーもほとんどありません。冒頭の街の風景が『シザーハンズ』のような初期バートンぽさがあって「おっ」と思うし、以降も色彩の豊かさには魅了されますが、内容的には芸術家の矜持と、それさえも揺るがす徹底した精神支配、いわゆるモラル・ハラスメントの話が延々と続きます。実話を元にしているというのがまた重みがあります。

クリストフ・ヴァルツは最初から胡散臭いからそれにあっけなく引っ掛かるエイミー・アダムスの世間知らずってのはあるけど、それを愚かと笑い飛ばすことを許さない作り。ヴァルツが陽気に振る舞うほど息苦しさが増して、正直カタルシスを得るまでいかなかったほど。時代性はあるにしろ、ゴーストライターとモラハラという二つの軸が綿密に絡み合った構成はスゴいです。またビッグ・アイの大きな瞳はマーガレットの心の表出としてのインパクトも与えてきますが、その視線もウォルターには通じないというのが皮肉ですね。

バートン作品としては『ビッグ・フィッシュ』に連なる、というか嘘の持つ意味合いとしては真逆のアプローチによるクリエイティブへの思いを感じます。ダニー・エルフマンの音楽も良いです。

↓以下、ネタバレ含む。








ウォルターを演じるクリストフ・ヴァルツの仰々しい山師ぶりはもうさすがと言うしかないんですが、こいつが嘘にウソを重ねてのし上がっていくわけです。富と名声を求める野心に溢れており、そこには芸術家としてのプライドはありません。と言うか絵を描いているというのさえ嘘だったわけですが、それでいて最初の頃から自分のではなくマーガレットの絵ばかり売れるのが面白くないというのも出てるところからも功名心だけは人一倍なわけです。他人の絵を自分のものとして喧伝して平気な時点で芸術家とは呼べませんが、ただマーガレットの絵の才能を見抜く力はあったと言えるので、もしマーガレットをプロデュースする立場に終始していたなら事態は大きく変わっていたでしょう。それを自分の手柄にしようという功名心こそがウォルターの最大の失敗であり、自分の言う言葉が破綻していても気にしないところがウォルターの最大の誤りです。

この自分の言葉を信じて疑わない、自分が常に正しいと思っている点がマーガレットの精神的支配へと繋がり、これが開始から延々と全体の7割は続きます。女性が男性の助けなしには生きていけないと記者が回想するセリフが出てきますが、子供の親権や生活力など確かに時代性の悲劇というのはあるにしろ、これはそのまま現代にも通じる話です。マーガレットを演じるエイミー・アダムスの細々とした喋り方は子連れ女性のか弱さをさらに強調し、共犯だという脅しや激昂するウォルターへの恐怖がさらにマーガレットの勇気を奪います。「なぜそこで反抗しないんだ」と何度も思いますが、それが出来ない背景が積み重なっているのです。ウォルターがマーガレットの描きかけの絵の前でプロポーズしますが、そのときの絵は片目が真っ黒の空洞で、これがその時のマーガレットの心の欠落のようでもあり、新たな伴侶の闇を表してもいるようで印象深いです。

ウォルターから逃れてハワイに行っても「画を百枚描け」という要求に従ってしまう。そしてやっとのことでラジオで告発し訴訟となるのも宗教「エホバの証人」の教えに「嘘を付くな」とあったため。だからようやく裁判にこぎつけ勝利しても、スッキリ爽快というよりはようやく抜け出せたという感の方が強いです。宗教に背中を押されての裁判は、初めて告解に行って神父に「ご主人も大変なんだ」などとたしなめられてしまったことと対になっているため、教えの良し悪し以前に宗教に振り回されている感じもしてしまうんですね。もう一つ、マーガレットの娘に対する描写が意外と少ないことが空疎な感じを強めているようにも思います。最初の旦那から手を取り合って逃げて来たときと同じ構図でウォルターからも逃げ出す姿は、芸術家としてのプライドはあっても母親としての強さが欠けているように思えるのです。娘より先に自分の作品のことを「子供たち」と称するところにもそれは感じられます。

でも根底に自分の作品への愛があることは確かなわけで、ラストにキーン作品集に自らの名前をサインすることでようやくマーガレットが解放されたことはハッピーエンドと見るべきなのでしょう。序盤の「どちらが描いたんだ」という質問に「その場で描いて見せればいいのに」と思ってたら裁判でようやくその展開になったのには「よし!」とは思いましたしね。「腕が痛くて描けない」と言い出したウォルターには唖然としますが、破綻した理論でも通じると思っているのだからこれはもう救いようがないです。

ラストに実在のマーガレット本人がエイミー・アダムスとのツーショット写真で登場したのには驚きましたが、本人の了承を得てこの作品が作られたこと、そして今も絵を描いている、というのを聞くことでようやく救われた思いになるのです。


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