2014
12.11

人生は不可逆なんだ。『6才のボクが、大人になるまで。』感想。

boyhood
Boyhood / 2014年 アメリカ / 監督:リチャード・リンクレイター

あらすじ
いろんなことがありました。



母と姉と暮らす少年メイソンが様々な境遇に揉まれながら成長していくドラマ。同じ役者を使って実際に12年かけて作られたというリチャード・リンクレイター監督による異色作。

まず同じ役者で12年間撮り続けて「1本の映画」にする、という発想がスゴい。シリーズものを同じキャストで作るのとは違うんですよ。主人公が子供時代から撮り続けてその成長を映すと言えば、日本でも『北の国から』等がありますが、あれは人生の一時期を切り取ってその都度作品となっているので、最初から一本にまとめる意図で作るのとは根本的に異なるんですね。12年間キャストやスタッフが生きているかも分からないし、他に何らかの理由で頓挫することも十分あり得る、つまり相当なリスクがあるだろうに、それを負ってまで作ったのがやはりスゴい。奇跡的と言っていいです。

そしてそのリスクに十分見合うだけの効果。登場人物たちの変遷を物理的な時間の経過という形で見せることが出来る、これ以上の説得力はないです。場面の転換時に「何年経った」などのキャプションは一切出ませんが、メイソン君の肉体的な成長、髪型や服装の変化、声変わりなど、実際に育っているのを見せることで時の流れを雄弁に語ります。またその成長に合わせてシーケンシャルに追っていくので当然回想シーンもなく、人生の不可逆さを構造的に確立してるんですね。

付かず離れずの距離感で常にメイソン君に寄り添うカメラは、当時のサブカルや政治で時代性を出しつつ、様々な人との出会いと別れ、新たに知る世界、大人だって欠点があるということを映し出します。描かれるのは誰にでもあるような何気ない日常ばかりですが、そんなありふれた日常の中には人生における重要な一瞬も宿っている、ということを示します。

上映時間3時間は長いけど、12年をまとめたのだと考えるとむしろ短く感じるという不思議な感慨。時間は常に流れていて、そこには成長の喜びもあれば残酷さもある。父と息子の関係だけが変わらないように見えるのは父親の接し方が良いのでしょう。父役のイーサン・ホークも母役のパトリシア・アークエットも良かったです。

↓以下、ネタバレ含む。








ハリポタやスターウォーズなどの人気作品、ビートルズやレディ・ガガなどの音楽、ドラゴンボールの放送や歴代のゲーム機の登場、ブッシュからオバマへの移行など、時代性を感じさせる様々な要素が映し出されますが、これが撮影当時はリアルタイムだったというのが何だか不思議。何が後世まで印象に残るかは分からないので色々撮ったんですかね?『トロピック・サンダー』の名前が出たときには「え、それ?」ってなりました(喜んでる)。あと道路でフラフープするの邪魔。

それにしても母親の男運の悪さは強力。二人目の旦那はアル中で最悪のDV野郎だし、三人目の元軍人も酒に逃げるしで踏んだり蹴ったり。一方で自分がやりたい仕事を諦めたくないという思いも強くて、もういっぱいいっぱいなんでしょう。まさかメイソンのバイト先のおっさんと一緒になったりしないかと心配です。そしてメイソンたちの父である最初の旦那が実は最も誠実だった、と気付くのは終盤の卒業祝いになってから。最後の二人の会話で「金をアニーにもらってくる」と言って父が去った後、母親の方が一瞬悔しそうな表情をするあたり少し後悔の念が感じられます。ただ父親の方はあまり変わらないように見えるとは言え、実際は落ち着いたのも再婚して子供が出来てからだろうし、若い頃はフラフラしてたんだろうから若すぎた二人ゆえの離婚ではあったんでしょう。時系列で徐々に語られるから分かりにくいですが、12年の経過は人にそれなりの変化も与えるわけです。

そして月日の経つのはあっという間であることも示します。母親が泣き出すシーンは息子が旅立つのが悲しいのかと思ったら「もっと長いかと思ってた」と、過ぎた時間と自分の残された人生を思う感情の発露に至っています。もちろん息子の旅立ちに端を発した思いだろうし、母親としては子供たちを必死で守ってきたという自負もあるだろうけど、それだけに張りつめたものがなくなり人生を振り返ってみると、過ぎ去った年月として12年は十分な長さなのです。

明らかにキーワードとして「時間」というのはあるわけですが、原題の「少年時代」が示すようにそれを最も体現するのがメイソン君で、6歳の少年が一人立ちするまでの遷移が見た目的な成長の大きさもあって時の流れを感じさせます。彼は多くの人と出会いますが、その「人との出会い」を意識するのが「人との別れ」のとき、というのがせつないです。引っ越しのとき、一緒に巨乳を眺めていた友人が自転車で追いかけてくる姿が視界から消える。仲良くやっていた義兄弟たちと別れの言葉もなく離れてしまう。自分の作品に取り込むほどラブラブだった彼女と破局する。そして別れた人たちは二度と出てこない。一期一会もまた人生。その時々が常に大事なのだと思い知らされます。

メイソン君が車で大学に旅立つところで終われば美しい感じの幕引きだったとは思うんだけど、大事なのは「一瞬を逃すな、ではなく一瞬はいつも自分とある」というのを彼自身にさりげなく言わせることだったのでしょう。一瞬は常にそこにある。新しい生活が始まったいま、彼はそれを意識するに至ったのです。それはどこか漫然と生きていた少年時代との決別でもあります。12年かけて培った感覚は彼の今後の12年、さらにその先の12年へと引き継がれていくのでしょう。

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