2014
12.03

めぐりあい宇宙。『インターステラー』感想。

interstellar
Interstellar / 2014年 アメリカ / 監督:クリストファー・ノーラン

あらすじ
ウチュー・マコノヒー、行きまーす!



刻々と悪化する地球環境。人類は新たに生息できる星を探すため宇宙へと旅立つ。クリストファー・ノーラン監督、マシュー・マコノヒー主演のSF大作。

人類の命運を背負った宇宙への旅立ち。探検。特異点、ワームホール、相対性理論などの宇宙や科学用語。独創的なロボット。美麗映像による予想を超えた壮大さ。伏線回収。狂気、そして愛。個人的にはこれだけのワクワク要素があるんですよ。しかも実は豪華キャストだったり。観たことのない映像、知的好奇心をくすぐる設定の数々、そして家族愛。イイです。

食料不足のため技術より農業の方が尊ばれる時代の描き方は悲壮感漂うリアルさで、そこで元宇宙パイロットが自分が成すべきを知る下りは、若干強引ながらも十分引き込まれるし、何光年も離れた外宇宙と死に行く地球のか細いリンクがどう離れ、或いは繋がるのかはドラマチック。小難しい用語が頻出しますがこれは十分フィーリングでカバー出来ます。ロケット発射時等の重低音の響きも凄かった。娘のマーフのビジュアルが成長しても違和感ないというのがとてもイイです。そしてウチュー・マコノヒーはボーマン船長でありダークナイトでした。

賛否分かれてるらしいですが、色んな語り口があるからこそ様々な議論が噴出するんでしょうね。僕はノーラン信者でもアンチでもないけど、そこはスゴいと思う。物語としては先は読めないながら意外とストレートだし欠点もあると思うけど、総じて面白いです。3時間という上映時間もあっという間でしたよ。

『ダラス・バイヤーズ・クラブ』のマシュー・ロデオヒーと『インターステラー』のウチュー・マコノヒーは通ずるものがありますね。暴れ馬を操る姿と宇宙船を操縦する姿。困難をコントロールする姿。そして縛りから解放される姿です。


↓以下、ネタバレ含む。








マッケンジー・フォイが成長したらジェシカ・チャステインになる、っていうキャスティングがスゴくイイんですよ。出てるの知らなかったジョン・リスゴー、そう言えば出ると聞いた気がするマット・デイモンの二人には驚きました。あと軽口を忘れず目的のために働くTARSやCASEは偉い。偉い、と思わせるということはロボットとして成功ってことです。ロボット登場はSFでは定番ですが、形状の無骨さと軽妙な会話のギャップ、あと変形機能の豊富さもあって実に良いアクセントになってます。声はもう少し電子音の方がよかったけど、まあこれは好み次第ですね。ビジュアルではワームホールやブラックホールはやはり凄まじかったし、超巨大津波や五次元空間も非常に面白かったです。頭上に雪山があるのはあれどうなってるんだろう?『インセプション』を思い出します。あと一面のトウモロコシ畑ね。あれを車で突っ切るのがなぜかグッと来ます。ただ、ハンス・ジマーの音楽に関しては個人的にはちょっと落ち着かなかったです。メロディがあっち行ったりこっち行ったり、そこでまた跳ねるの?みたいな。もーちゃんと着地して!って感じ。もちろんわざとだろうけど。

「時間」はこの作品の主要なテーマの一つですが、時間の流れや捻れといったものをダイレクトに扱うのが面白い。相対性理論や量子論、五次元世界まで登場させることで、過ぎ去った時間の絶望感や、時間を操ることによる物語の飛躍へと繋げています。ここは純粋に時間というファクターがどう組み込まれているかを楽しめばいいので、相対性理論を知らなくても別に問題なし(知ってればより楽しめるでしょうが)。しかしちょっと行って帰ってきたら23年って、目の前が真っ暗になりますよ。過ぎた時間は取り戻せないという残酷さに突き落とされ、これが後で色々効いてくるんですね。

そしてもう一つの主要なテーマはやはり「愛」ということになるんでしょう。そもそもは人類を救いたいという人間愛があり、そこに家族愛を重ねている。でもこれは必ずしもベクトルが一致するわけではなく、人類という種に対する愛は壮大なる目的にはなっても、いざというときのパワーは家族愛というパーソナルなものに勝てないのです。種を重んじるマイケル・ケインはしかし真実を言い出せず、とち狂ったマット・デイモンは大義名分のため凶行に走って、個をないがしろにする。アン・ハサウェイが最も食い下がるのは恋人のいる星へ行く提案の時です。どちらが良い悪いではなく具体的な対象があるのは強いということだと思うんですよ。結局TARSらと異なり、感情を持つ人類はそれに抗うことが難しいし、従えば強いのです。

でもこれ、愛の素晴らしさを描いたと見せて、実はその先に行ってるというのがスゴい。父は娘の礎となるため旅立ち、娘への思いで時空を超越します。そしてついには死の床にある娘に再会するものの、最後はそこから去っていくのです。己を縛る人類の危機、命の危機、家族との別れ、さらにはエゴや重力からも解放されたクーパーは、しまいには最も重要な愛からも解放され、最後に真の意味での旅立ちが始まるんですね。これが清々しい。種を存続させた個はそこから新たな道へ進みますが、そう考えると冒頭から一貫して通底しているのは、実は勇気、決意といった、個に宿る生きるための意志の力なのかもしれません。幾度となく繰り返される「消えゆく光に対して果敢に挑むのだ」というディラン・トマスの詩は、何のことはない、根底にあるテーマそのものを最初から謳い上げていたのです。

色んな映画、例えば『2001年 宇宙の旅』や『コンタクト』なんかと比較されると思うんですが、僕が思い浮かべたのは藤子・F・不二雄先生の『21エモン』ですね。その特に終盤。あれ大好きなんですよ。凄く似てるってわけではないけど、あの宇宙の星々を探検するワクワクと緊張感、そして生き延びようという意思の力が思い出されて、それがたまらなく良いのです。

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