2014
11.24

金と自由と罪と罰。『紙の月』感想。

kami_no_tsuki
2014年 日本 / 監督:吉田大八

あらすじ
金は天下の回りもの。



銀行の契約社員である梅澤梨花が横領に手を染め転げ落ちていくという角田光代原作のサスペンスを『桐島、部活やめるってよ』の吉田大八が映像化。この原作はNHKでドラマ化もされてたんですね。そちらに比べると原作からはかなりアレンジが入っているようです。

お金の話ではありますがその奥にあるものの描き方が凄いんですよ。ごく普通の主婦でありいち銀行員である主人公の梨花がなぜ横領をするに至るのか、その経緯とバックグラウンドが時にじっくりと、時に大胆な飛躍で描かれます。紙切れでありながら魔力を持つ金、そこに投影されるのは偽物の関係なのに、偽物と分かっていても繋がる喜び。梨花の行動自体には共感は出来ないのに、様々なシーンの積み重ねにより理解は出来てしまう、それ故の解放感。「ありがちだ」という言葉を免罪符として、活き活きと変わっていく宮沢りえの輝きが痛々しくも眩しいです。

大人しい地味な女性かと思いきやどんどん行動力を発揮していく宮沢りえは素晴らしいです。普通っぽく見えるけど、抑え込まれた鬱憤が滲み出て色気に転換するとでも言うか、この雰囲気を体現できる人もなかなかいないんじゃあないでしょうか。PG12+のわりにさほど悩殺シーンがあるわけではないですが、ベッドシーンの吐息がリアルすぎてエロいです。そして地獄の監査マシーン、小林ジャスティス聡美の狙った獲物は逃がさない感の凄味。二人が対峙するクライマックスはスリリングで壮絶。

他のキャスティングがまたドンピシャなんですよ。分かってない旦那の田辺誠一、出てくるだけでエロジジイな石橋蓮司、あけすけで小悪魔な大島優子(可愛い)、軽薄さと真面目さが混在する池松壮亮。そんな彼らが終盤見せるのは、偽物だと決めつけていた梨花には分からなかった本当の顔です。

クライムサスペンスでありながらヒューマンドラマとして大変良いです。観終わったあとの余韻を噛み締めてしまいます。

↓以下、ネタバレ含む。








小林聡美演じる隅さんが本当に怖いです。ブルっちまいます。最初の犯行で証書を胸元にしまうシーン、かーらーのー、後ろにいる!っていうのなんてもう完全にホラーですよ。外堀を固めて上司を焚き付けてという追い詰め方にも隙がない。融通は利かず心を開こうともせず、でもやってることは不正を正すという至極真っ当なことです。一方で大島優子演じる相川さんは「ありがち」というキーワードを巧みに操り、無意識に梨花の背中を押す役割。あっけらかんと自分の不倫や不正をバラしてしまうのは大島優子の屈託のないキャラクターに非常に合っています。まあ優子推しだった身からすればその不倫相手の近藤芳正には殺意が……えー、そんなわけでですね、隅さんと相川さんは梨花を間にした天使と悪魔に見立てられるのも分かりますね。個人的には相川は「罪」、隅さんは「罰」の象徴だとも思います。

彼女が恋を楽しむシーンではキラキラしたポップな曲、ヤバくなっていくシーンでは破滅を予兆する金属音の混じった曲、と音楽による心情が効いているし、例えば光太にストーキングまがいのことをされたことを旦那に聞かれたと思って「楽しかった」と言ってしまうように、端々に心情が滲み出る台詞も上手いです。そして何より存在感と変化っぷりでの宮沢りえの凄さ。最初と後半では着るものも表情も違うし、コピー機使って書損分の用紙作るときの職人感とか金が入ったときの贅沢のレベルアップが段違いとか、実は行動力がスゴい。ボケ老人と気付いた途端犯行を行ったり、石橋蓮司演じる平林に色仕掛けをするあたり、追い詰められれば何でもできるタイプというのも伺えます。そう言えば最初の犯行に及ぶのは平林の「孫に関わるな」というクレーム電話が契機でした。あそこ微かに舌打ちしてるのはちょっとビビります。

一見愛人に貢いでいるだけのように見えますが、子供時代の行動からも他者を救いたいという気持ちが強く、その分周りが見えなくなっているところがあります。しかし実際は他人への施しによって己の満足感を満たしているだけであり、それを自分でも分かっている。それでも金によってその幸福が得られるなら、たとえそれが偽物と分かっていても手放したくない。だから光太が金による関係を続けられないと言ったとき「じゃあ、おしまい」と言う。周りの全てが偽物と言う梨花には、確かな繋がりの手段である金の切れ目は文字通り縁の切れ目なのでしょう。でも最初付き合っていた時は金は絡んでいなかったわけで、偽物の関係を築いたのは梨花自身なんですよね。光太の方は「変わっちゃうよ」としっかりと警告も出しています。軽そうだけどそうでもない、でも欲望に抗えない若さを持つ役柄として池松壮亮はなかなか良かったです。

最後の隅さんとの対決は台詞の応酬でありながら震えます。それぞれの価値観を言葉でぶつけ合い、結果相容れないことが露呈するわけですが、隅さんが「あなたの行けるところはここまで」と終了宣言するのに対し、梨花は大胆な逃走を選んだ挙句「一緒に行きますか」と隅さんに聞きます。偽物の関係と分かっていてもそれを捨てる気はないという決意と、むしろ真の自由を知っているのは自分だという優位性を示すかのような言葉。その気になれば月だって消せるのだという信念、あるいは妄信さえ感じます。それは是か非か以前に、非常に強い意志となり、彼女が走り続ける理由となるのです。

ラストのタイの少年のシーンはちょっとあざといと言うか、そこで正当性与えちゃダメだと思うんですが、これはどっちに振るかは難しいところかもしれません。全てが偽物だと断じた梨花の思いが一概にそうではなかったという不幸が描かれているからです。妻が時計を送ったばかりなのにそれより高い時計を買ってくる旦那は妻が欲しがっていた子供を作る提案をするし、単なるエロジジイかと思っていた平林は実はリカの真面目な言葉自体に心を動かされていたし、浮気して去ることになった光太は新しい彼女と歩きながら一瞬何かを失ったような表情を浮かべます。そんな本物に梨花が気付けなかったなか、タイの少年だけは偽物ではなかったと知ることが出来る。顔の傷だけで本人である保証は全くありませんが、それは彼女の強い意志をさらに強固にしたことでしょう。だから雑踏に消えていく彼女の姿は、もはや犯罪だの偽善だのを超えた次元に旅立っていったかのように思えるのです。


紙の月 (ハルキ文庫)紙の月 (ハルキ文庫)
(2014/09/13)
角田 光代

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