2014
11.21

ほどかれない結び目。『デビルズ・ノット』感想。

devils_knot
Devil's Knot / 2013年 アメリカ / 監督:アトム・エゴヤン

あらすじ
生贄はこうして作られる。



93年に米アーカンソー州ウェスト・メンフィスで少年たちが無残に殺された殺人事件を描く、実話を元にしたサスペンス。「ウェスト・メンフィス3事件」という20年前に起きた実際の事件が元になっています。容疑者も捕まり裁判も終了、ところがこの判決が非常にグレーであるということでいまだに物議を醸しているそうです。そんな「終わっていない事件」をこういう形で映画化してるのにはそれなりのワケがあるということですね。

珍妙な証言、謎の血だらけの男、隠された証拠。それらが導く先は誘導的ですが、真実がいまだハッキリしていないため勿論結論は描かれません。犯人が分かるミステリーを期待すると肩透かしを食らい、ストレスが残ります。劇中の息子を失った母親でさえ、悲しみより戸惑いの方が印象深いほど。だからこれはミステリーじゃなく警句なんじゃないかと思うんですよね。終始付きまとう不穏な空気感もそんな雰囲気を高めています。

ミレイユ・イーノスが『サボタージュ』に続きヤバいなど周りが胡散臭いのばかりなのでそっちの方に気がいくけど、弁護士でもないコリン・ファースが一人気を吐く理由がちょっと薄いんですよね。ただ観客はそのファース演じるロン・ラックスにしか寄り添えないので付いていくしかない。そういう意味ではロン同様外部の者として事件に接することになります。ヒゲが渋いコリン・ファースもリース・ウィザースプーンも抑えた演技は良いですね。いかにも何かありそうなデイン・デハーンの使い方はちょっと勿体ない気もしますが。

登場人物が多いので早いうちに名前と顔を覚えないとちょっと混乱するかも。突き詰めるとこの事件自体の検証になってしまう気もしますが、静かに着実に進行する魔女裁判の怖さを堪能できます。

↓以下、ネタバレ含む。








スティーブ、マイケル、クリスの3人の少年の不自然な死において、検証されない、または隠された様々な証拠、証言が次々出てきます。血だらけで姿を消した黒人男。メタルを聴いてるというだけで悪魔崇拝と叫ぶ教会。同じように捕まりながら釈放されたデハーンの扱い。「少年を殺したと話していた」という少女が「一緒にいた者を指差せ」と言い終わる前に「彼です」と指差すのなんて、ウィザースプーン演じる母親パムの言う通りゲーム感覚なのでしょう。そして最後に告げられるスティーブの父テリーのDNAの発見、クリスの父親の挙動不審さ、その妻の死という事実。最初少年たちを探すときの警察や協力者には悲痛さを感じて観てましたが、観終わったあとだとあれは戸惑ってただけなのかも、とさえ思います。もはや少年たちの死を悲しんでというよりは地域に落とした影を払うための裁判であり、どうやってダミアン、ジェイソン、ジェシーの3人を犯人と確定させるか検事も警察も判事もゴールを決めているようにしか見えない、そう見えるような「作り」になっています。

ここまで証拠やら証言やら法廷劇やらを出すのなら、いっそドキュメンタリーの体裁にしてもよさそうなものですが、それを敢えて物語の形式にしたのは、ラストでロンが「彼らは犯人ではない」と断言するセリフ、そして最も近しいはずの旦那に疑惑を持つパムというのを描くためでしょうね。それは冤罪についてであり、本当の殺人犯は隣にいるかもしれないという恐怖です。つまりこれは警察組織、司法制度に対する告発であり、冤罪の恐ろしさであり、真実をないがしろにする人々への警鐘であるというのは言えるでしょう。その後の経緯を字幕で説明して終わってしまうのも必要なことは全て描いてしまったからであり、真実の追求はまた別の話だからかもしれません。歪に結ばれて固まった「悪魔の結び目」はほどかれないままなのです。

そんな大人や若者たちのなか、亡き息子の採点依頼に訪れるパムに同級生の少年少女たちが無言で抱きつくシーン、子供たちだけが純粋に失われた者を嘆いているあのシーンがあることが唯一の救いであり、またロンが突っ走る原動力を別の角度から表した象徴にもなっているように思うのです。

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