2014
08.03

その咆哮に震えろ!『GODZILLA ゴジラ』感想。

Godzilla_2014
Godzilla / 2014年 アメリカ / 監督:ギャレス・エドワーズ

あらすじ
We call him... ゴジラ!



『ゴジラ(1954)』でスクリーンに登場して以来日本の誇る怪獣王であるゴジラが、遂にハリウッドで復活!(ローランド・エメリッヒ版の『GODZILLA』はとりあえず『巨大イグアナNYに現わる』であると見なします) これは間違いなくゴジラだ。超デカイ!超強い!

不穏さでじらしにじらし、展開を溜めに溜めて、不意に予兆が加速しだし、一気にドーン!ですよ。なんというエクスタシー映画。何度も背筋ゾクゾクしましたよ!『パシフィック・リム』では敢えて見せなかった「暴れる怪獣に逃げ惑う人々」を中心に置いているため、人間視点の見上げる感じが多くて迫力がスゴいです。大自然の脅威に成すすべもなく翻弄される人類。やべーよゴジラだよギャー!!(失神)

アーロン・テイラー・ジョンソンはもう『キック・アス』の面影がまるでないマッチョ軍人でした。え、誰?って感じです。妻役のエリザベス・オルセンは序盤で見せるホットパンツ姿が最高です。そして我らがケン・ワタナベこと渡辺謙は、芹沢猪四郎という初代『ゴジラ』に登場した芹沢博士、そして本多猪四郎監督に由来する役名で登場。

個人的には平成『ガメラ』を彷彿とさせられたんですが、そこも逆に好ましかったです。「さんを付けろよデコスケ野郎!」というセリフは今回のゴジラ、いやゴジラさんにこそふさわしいですね。うわーもうゴジラだーギャー!(昇天)

↓以下、ネタバレ含む。長いです。








ゴジラさん(以下敬称略)の見せ場はそれほど多くはないんですよね。人間ドラマやムートーの方が全然長い。それでも与えるインパクトはダントツでゴジラなんですよ。津波に翻弄されるなか照明弾が上がると目の前にいる巨大な壁!咆哮!軍艦の間を悠々と泳ぎ行く背ビレ!邪魔ーー!とばかりにブチ壊される橋!咆哮!煙の向こう、尾から徐々に光っていく「来る来る来る、来たーー!」という放射熱線!散々ねぶられた後、飛んできたムートー雄に狙い済ました尻尾攻撃!咆哮!もうダメだというときにムートー雌をガッチリ掴む、ビルに潰されたはずのゴジラ!外殻に効かないならとムートー雌の口内への放射熱線!咆哮!そして海へと帰るゴジラ!

こうやって書くと常に語尾が「!」にならざるを得ないほど興奮が蘇ります。観たかったゴジラの姿は大体見せてくれたんじゃないでしょうか。ムートー雌とのクライマックスなんて「うおぉぉぉぉ○△※◇あsdf!!」ってワケ分からない叫びが漏れそうでしたよ。特にオリジナルを踏まえたゴジラの咆哮は何度でも聞きたくなるほど絶品。山かと思ったら動き出すとか、煙の中から現れたり煙のなかに消えていったりというイリュージョンの如き登場退場もファンタスティック。

このゴジラはかつて原潜により目覚めたとか核攻撃も効かないとか地球の核からエネルギーを吸い出すとか、なんかヤバそうだけど有効な情報がまるでないんですね。存在の神秘性が際立っているのです。だからそこにどんな見立てを行うこともできる。未曾有の大災害とも見れるし、地球を守る孤高の戦士にも見えるし、核爆発により力を得たことで逆説的に反核の象徴にも取れる。共通するのは、人間など全く意に介していないということ。天敵であるムートーをブチ殺すことだけを目的としていて、そこで人が潰されようが街が破壊されようがお構い無し。

行動はとにかく「暴れる」ですが、その姿には単純な動物的なものではなく人間的な動作や表情も垣間見えます。人間的な印象を感じさせながらもその巨大さと破壊行動が凄まじいため、純粋な恐怖だけではなく畏怖に値する存在として見えてくるのです。芹沢博士の「調和をもたらす者」「自然をコントロールしてると思ってるが大間違い」という観点に不自然さを感じないのもそのためでしょう。人間が太刀打ちできない、畏怖すべき存在、要するに神です。しかも破壊神。ゴジラの咆哮が何度聞いてもその迫力に圧倒され、それでも惹き付けられてやまないのは、畏怖すべき神の奏でる音楽だからですよ。人間がいくら戦略を練っても敵うわけがないんですよ。橋の上でバスをミサイルから防いだのも偶然だし、フォードと視線を絡ませたように見えてもその後すぐ粉塵の中に姿を消す。冒頭の採掘場の引きの絵、びっしり細々と蠢く蟻のような人間たち、あれこそゴジラの視点でしょう。ゴジラの登場が少なめで見足りない気もするけど、我々卑小なる人類には神のような巨大な存在など滅多に見れるものではないのですよ。最後に「救世主か?」なんてテレビで流れるのも神だからこそ。……等々と思ってしまうような神々しさがあるんですよねー。そんな風に描いてくれているのが素晴らしい。巨大化したイグアナではこうはいかないです。

逆にムートーは、見た目のメカっぽさと言うか地球の生物じゃない感に反して、行動自体は人間的、生物的で現実感がある。雄が雌と会話したり海を渡って会いに行ったりとか、雌への核ミサイルプレゼントとか、監督の前作『MONSTERS 地球外生命体』みたいな怪獣のラブシーンまである。これが人間ドラマの方と微妙に被るんですよ。フォードの父ジョーが母サンドラを死なせた悔恨を引きずる、フォードが妻エルに対して必死に連絡を取ろうとする。こうした夫婦関係の描写は結構あるんだけど、本来ならフォードと父、フォードと息子という三世代に渡る親子設定からドラマを組み立てそうなものなのにそこは意外と深くないんです。

誕生日のお祝いと写真という要素が二世代どちらにもあるのに特にリンクはないし、父親のジョーは亡くなった後は忘れ去られてしまうし、フォードも最後息子と出会えたシーンはなくいきなり抱きかかえているなど、息子との繋がりは今一つ描かれない。エリザベス・オルセン演じる妻はあの状況で息子を他人に任せてしまう。フォードがハワイで親に代わって助けた少年は、命の恩人に対し何も言わずに去ってしまう。親子関係の描き方が希薄に感じられるのです。親子関係よりは夫婦関係なんですよ。これでムートーというスケールのデカい夫婦の存在が際立つんですけどね。ムートー夫妻再会にゴジラが現れてピンチ!ジョーとサンドラ夫婦は発電所崩壊というピンチ、フォードとエルは遠距離&怪獣襲撃のピンチ。危機に直面した夫婦、という観点で繋がる、というのはちょっと興味深いです。もし冒頭の巨大な骨が昔ムートーに殺されたゴジラのつがいだったら、ゴジラがムートーに復讐する夫婦の話にもなるんですけどね。あれはゴジラの祖先みたいに捉えられてたようなので違うんでしょうけど。

他にも引っかかるところはありますけどね。日本のジャンジラ市ってどこ?とか。渡辺謙がただのゴジラ大好きおじさんになってて役に立ってないとか。フォードも結局爆弾解除せずに終わっちゃって役に立ってないとか。軍隊の作戦は仕掛けたエサを奪われた挙句それを解除する羽目になって、役に立ってないどころか自分らの首絞めてるとか。フォードが所属部隊でもないのにわりと簡単に作戦に参加できちゃうとか。これに関しては行く先々で怪獣に遭遇するという役割を担ってるのでまあしょうがないか。監督のインタビューによると実際はもっと人物を掘り下げたシーンも数多かったようで、でもそれだと4時間になるから削ったという事情もあるようです。腕時計とヒロシマのエピソードももっと深かったんでしょうね。宝田明も出演してますがカットされたそうで、役名を見るとJapanese immigration agentとあったから入国審査でフォードと話すとかのチョイ役だったんですかね。ただ結果的になのか、この手の話にしては珍しく政府の上層部というのが映らないので、そこは鬱陶しくなくて良いです。

そんな苦言も素晴らしき怪獣映画成分により「まあいいか」という感じです。下から見上げたムートー雌の腹に卵がたっぷり揺れているときの絶望感とかね。でもあれ、ムートー雄が育つまで雌が待ってたって話だけど、じゃああの卵は誰の子なんだろうか……?あと橋のワイヤーが切れてピュピュンピュン!って鳴るのが結構怖いです。フォード少年の部屋に張ってある怪獣映画「ガニラ対ハブラ」のポスターもワケ分かんなくて怖いです。カニ対ハブって。でも全てを凌駕して一番怖いのがやはりゴジラなわけで、それでいて神だなんだ書いたわりにはゴジラのあのジャイアン感と言うかおっさん感と言うかそういうものに親しみを感じたりもして。最終段階でアンディ・サーキスがゴジラのモーションキャプチャーをやったそうですがそれが活きてますね。とにかくもゴジラ完全復活、続編も決定で期待は高まるばかりです。

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