2013
04.11

あくまでピュアな関係性。『ザ・マスター』感想。

the_master
The Master / 2012年 アメリカ /監督 :ポール・トーマス・アンダーソン

あらすじ
便器クラッシャーはある日マスターに拾われた。



神経症気味のフレディがひょんなことから知り合ったマスターことランカスター・ドッドと行動を共にします。この二人の複雑な友情物語、あるいは親子物語を描いてます。複雑なのは物語ではなく関係性ですね。友情なのか親子なのかハッキリしません。穿って観ればホモォ臭がプンプンするぜーッ!にもなりえます。またはどれにも属さないのかもしれない。

宗教団体のサイエントロジーをモデルにしてるそうで、過去に戻って自分を見つめ直すという超自然的な教えを実践するあたりはそれっぽいですが、思ったほど宗教色は強くないです。1950年代という時代性もそれほど感じず、むしろ舞台はどこでも通じる普遍的な印象。

腰に手をやり肩を丸めたホアキン・フェニックスの狂気の演技が炸裂してます。最初はフレディ役にジェレミー・レナーとの話があったそうですがホアキンで正解でしょう。外見も雰囲気も役作りが素晴らしいです。激昂して便器を蹴り壊したりします。便器クラッシャーです。フィリップ・シーモア・ホフマンの胡散臭いのに人に安心感を与える佇まいもマスターにハマりすぎ。奥さん役のエイミー・アダムスは野心家の迫力がありますね。おお、ローラ・ダーンが出てる。

印象深い映像の数々のなか、怪しげな二人が怪しげな団体で築く関係、でもその関係はあくまでもピュアという不可思議な話です。

↓以下、ネタバレ含む








中盤くらいにランカスターの家族がフレディについて「あの人なんでここにいるの?」って問うんですけど、おせーよ!なんでコイツこんなに馴染んでるんだってこっちはとっくに思ってたのに、フレディが船に乗ってきてから何日も過ぎてようやくですよ。

それくらい馴染んでるのはランカスターが自然に受け入れているからなんだけど、なぜ彼はそこまでフレディに肩入れするのかなんですよね。周りにいるのが自分をマスターと崇め付き従う者か、自分を貶めようとする敵ばかりだったからとも見れるし、高潔な人物を演じることに疲れたランカスターが自由な(に見える)フレディを手元に置くことで己の分身と感じたかったからのようにも見えます。でも結局は「好きだから」なんですけど。

もう「お前を好きなのは俺だけだ」ってハッキリ言いますからね。でもランカスターが示せるのは言葉と自分のメソッドだけ。それによりフレディも心酔するし、ランカスターをバカにするヤツにはそれが例えランカスターの息子であってもブチ切れるたりもするんだけど、結局どこかハマれない。フレディもランカスターのこと好きなんだけど、マスターとしての彼が好きなわけではなく、彼のように目的を持って活動しているわけではない。目標の場所までバイクを走らせるというゲームでそのまま行方をくらましてしまうのは、同じレベルの目標が持てないからですね。

そうしてついにランカスターはフレディに対してはマスターにはなれず、結果別れを告げることになります。お互いを想っているのに相容れないことが分かってしまう。自分から離れ旅立つべきだという親のような思いもあったのかもしれません。

だっていくら修行を積ませても、パーティーで踊る女性がお姉ちゃんからお婆さん、果ては妊婦まで全裸に見えちゃう欲求不満男なのでムリですよ。このシーンすごいですね。もうね、お前は中学生かと。

最後にはマスターの真似事をセックスしながらやるあたり筋金入り。でもこれはランカスターとのことを思い出として整理できたからなのかもしれない。もしかしたらランカスターに対する想いを他の女で紛らわせていただけかもしれないけども。


ザ・マスター [Blu-ray]ザ・マスター [Blu-ray]
(2013/09/20)
ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン 他

商品詳細を見る


ザ・マスター [DVD]ザ・マスター [DVD]
(2013/09/20)
ホアキン・フェニックス、フィリップ・シーモア・ホフマン 他

商品詳細を見る

スポンサーサイト
トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/631-ec41c997
トラックバック
back-to-top