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2020
02.14

輝きと奇跡の一夜。『キャッツ』感想。

cats
Cats / 2019年 イギリス、アメリカ / 監督:トム・フーパー

あらすじ
猫は犬にあらず(そうだね)。



満月の夜、年に一度開かれる舞踏会に参加するため街の片隅に集まってきた「ジェリクルキャッツ」たち。そこでは新しい人生を生きることを許される猫が一匹だけ選ばれる。我こそが特別と歌い踊る猫たちだったが……。同名ミュージカルの映画化。

1981年のロンドン初演以来世界中で上演され、日本の劇団四季公演でも通算1万回を記録したミュージカルの金字塔『キャッツ』の映画化。街の隅のゴミ捨て場に捨てられた一匹の子猫ヴィクトリアは、そこで人間に頼らずしたたかに生きる猫たち、通称「ジェリクル・キャッツ」に出会う。その夜は特別な一匹を選ぶという舞踏会の日であり、次々と歌い踊る猫たちをヴィクトリアが見続けるなか、やがて選択のときが訪れる、というお話。いや、良かったです。次々に歌い躍る猫たちは個性豊か、オリジナルを手掛けたアンドリュー・ロイド=ウェバーによる楽曲はどれも良質で耳に残り、どのシーンも愉快。新入り猫の視点を通して描くことでブレがなく、彼女が傍観者から選択に関わる者へ変わるのもイイ。そもそもファンタジーなので猫人間が出ても何ら問題なく、むしろ世界観の作り込みに感心します。

ヴィクトリア役のフランチェスカ・ヘイワードは英国ロイヤルバレエ団プリンシパルで、美しさと優雅な身体性が実に魅力的。愛されない孤独なグリザベラ役で素晴らしい歌声を披露するのは『ドリーム・ガールズ』ジェニファー・ハドソン。長老猫オールドデュトロノミージ役は『オリエント急行殺人事件』ジュディ・デンチ、グルメな太猫バストファージョーンズ役は『イントゥ・ザ・ウッズ』ジェームズ・コーデン、ぐうたら猫ジェニエニドッツ役は『ジョジョ・ラビット』レベル・ウィルソン、かつて劇場の大スターだった老猫ガス役は『ホビット 決戦のゆくえ』イアン・マッケラン、ワルの魅力を振り撒くマキャヴィティ役は『ダークタワー』イドリス・エルバといった面々が豪華。またマキャヴィティに従う妖艶なボンバルリーナ役にテイラー・スウィフトなど、キャストには役者の人だけでなくミュージカル畑の人やシンガーも加わっていて歌やダンスを盛り上げます。他にもヴィクトリアを導くマンカストラップ、手品猫ミストフェリーズ、鉄道好きのスキンブルシャンクス、自由奔放なモテ猫ラム・ラム・タガー、コソ泥カップルのマンゴジェリーにランペルティーザなど多彩な猫が登場。

監督は『レ・ミゼラブル』でもミュージカルを撮ったトム・フーパー、製作総指揮にはスティーブン・スピルバーグの名もありながら、公開前から世界的な酷評を受けていた本作。ほぼ全編が歌と躍りの完全ミュージカルだし、猫人間は思いのほか生々しいしで、合わない人もいるだろうなとは思います。でもスクリーンに映えるような工夫が随所に見られるし、何より演者のパフォーマンスは圧倒的。言われてるほど酷いものではないですよ。ただカメラワークがこれで良いのか、そもそも映画向けの題材なのか、という疑問は残るかも。

↓以下、ネタバレ含む。








舞台版は観れておらず、猫の擬人化というのが『キャッツ』の特徴であるのは知ってますが、まずはこのジェリクルキャットが映画版では擬人化というより完全に猫人間と言うべき異形の生物なので、そこがダメという人も多いようです。裸体に短い毛を生やしただけでボディラインが露で、それでいて艶かしく踊るので、確かに生々しさが強いです。体に着ぐるみみたいな"よれ"がないのがさらにリアル。でもこれファンタジーなんで、別にそこはいいと思うんですよ。「ジェリクル」という呼称がジュエリーとミラクルを合わせた造語だと言うのもファンタジックだし。むしろ生々しいからこそダンスの動きがダイナミックに伝わり、演者のパフォーマンスの素晴らしさが如実に表れるし、表情も人間に近い方が出やすい。なのでこれは離れて俯瞰的に観る舞台とは異なり、カット割りもアップもある映画ならではのアプローチと言えます。しっぽや耳が細かく動くのもリアル猫っぽいし、CG使った映画版だからできる表現。ただ、人の顔をしながら人間の耳の位置に何もないことにはかなり違和感がありました。舞台版はもっと顔が毛フサフサなので気にならなそうなんですが。あとレベル・ウィルソンのジェニエニドッツがあからさまにゲスい動きをするので、エロ要素増してるように思えるのというのはあります。

また、ストーリーがない、というのも巷で言われているようで、確かに様々な猫が次々現れては歌い踊っていくという構成は話が転がっていないようにも思えますが、そもそもが選ばれるためにアピールするという設定の一夜の物語なのは舞台版も変わらないはず。そして歌い踊る猫たちのその歌のなかにこそ、各猫のストーリーというものがあるのです。バストファージョーンズは食べることをやめられず太ってしまったことを語るし、ガスはかつての栄光を朗々と歌いながら自身の猫生を振り返ります(イアン・マッケランがミャミャミャ~♪って言うの可愛い)。コソ泥マンゴジェリーとランペルティーザは犬を相手にしながら人間の部屋への侵入をたしなむ生活を、ラム・ラム・タガーはモテてしょうがないぜベイビーという気ままな生き様を見せてきます。手品猫ミストフェリーズは手品で失敗ばかりですが、最後にそれを成し遂げることで無くしていた自信を取り戻すし、マキャヴィティは虎視眈々と選ばれし一匹の座を狙い続けてきたことがわかります。そしてグリザベラの、かつては優雅だったのにいまや誰にも愛されず過去に思いを馳せるのには、彼女の物語を色々と夢想せずにいられません。つまり深い浅いはあれど、ストーリーは受け手の感性によっていくらでも膨らむように、それを促すきっかけや余白というものがあると思うのです。そしてヴィクトリアがそんな猫ライフを聞くことで各猫の思いが受け止められていく、という構造なんですね。

パフォーマンスシーンはどれも身体性が素晴らしく、あるいは歌の力を感じられるもの。耳に残る数々の楽曲はさすが何年も上演され続けてきただけのクオリティ。そんな楽曲に合わせて映像は百花繚乱の背景に、猫に合わせた美術のスケール感が異世界的な雰囲気まで醸し出します。個人的に好きなのは手品猫ミストフェリーズのシーンと、鉄道猫スキンブルシャンクスの線路を歩きながらのタップシーンですかね。テイラー・スウィフトのボンバルリーナが月に座りながら登場するゴージャス感も良いし、何といってもジェニファー・ハドソンのグリザベラによる「メモリー」歌唱シーンはさすがに素晴らしく、歌で泣かされます。フランチェスカ・ヘイワードの本職ならではのバレエシーンは言わずもがなで、スゴい柔らかく踊るのが情感豊かで良いんですよねえ。ただ、マキャヴィティが煙のように姿を消したり、有力な猫たちを瞬時にさらったりするのはそこだけ非現実感が増して、さすがにちょっと浮いてるかなとは思います。イドリス・エルバは威圧感あって良いんですが。

あとカメラワークはちょっとせわしない。特に激しく踊るシーンで意外とカットを割るので、せっかくの躍りなんだからもう少しじっくり見せてよ、とも思います。逆に物静かなシーンではバストショットの切り返しがやたら多くて、それはそれで何だか面白味に欠けるんですよ。でも、じゃあどう撮るのが正解だったのかと言われれば、この世界観でこのキャラで、と考えるとなかなか難しい。舞台版なら気にしなくていいところで引っ掛かっているわけで、ということは映画向きの演目ではなかったんじゃないか、とも思えるわけです。とは言え映画としての随所の工夫はやはり捨てがたくて、ネズミとGまで踊る(&食われる)という露悪的なところもあるものの、身を委ねればあなたもジェリクルキャット!みたいな作り込みは徹底していて良いと思うのです。グリザベラが空の彼方へ飛んでいくのは本当に幸せなのか?とか、最後にジュディ・デンチが観客に向かって「猫を大事にしろ」みたいに歌い始めるのはちょっとウザ……もとい押し付けがましいとも思いますが、音楽が余韻としても残るし、舞台版も観たいと思わされるし、人間の人生にも通じる猫たちの一夜に、トータルでは十分楽しめました。

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