FC2ブログ
2020
02.12

全ての謎はこの時のために。『9人の翻訳家 囚われたベストセラー』感想。

Les_traducteurs
Les traducteurs / 2019年 フランス、ベルギー / 監督:レジス・ロワンサル

あらすじ
ネタバレ厳禁。



世界的人気のミステリー小説「デダリュス」新作の世界同時発売に向けて、フランスの人里離れた村にある洋館に集められた各国の9人の翻訳家。流出防止のため外部との接触を一切禁止されての翻訳作業が進むなか、出版社の社長の元にネットで原稿の冒頭を公開したという脅迫メールが届く。一体誰がどうやって?というミステリー。

世界的ベストセラー『ダ・ヴィンチ・コード』で知られるダン・ブラウンの小説「ロバート・ラングドン」シリーズの4作目、『インフェルノ』出版時に、各国の翻訳家たちを秘密の地下室に隔離して翻訳を行ったらしいです。ネットでのリークが最大の脅威となる現代だからこその逸話ですが、そのエピソードにインスパイアされたミステリー映画が本作(実際は脅迫事件とかは起きてないと思いますが)。世間から隔絶されてベストセラー新刊の翻訳をすることになった9人の翻訳家。外部との連絡禁止、厳重な監視まで付けられて、翻訳するのは日に20ページずつ渡される原稿のみ、と徹底した管理をされていたにも関わらず、出版社社長エリックのもとに届いた脅迫メール。それは24時間以内に500万ユーロを支払わなければさらに原稿を流出させるという要求です。誰が犯人なのか、それ以前に一体何が起こったのか?異質な設定に引き込まれ、なぜか流出する原稿を始めとする二重三重の謎に翻弄され、真相が明かされる快感と動機の深みにやられます。

翻訳家9人はみな個性的で印象の付け方が上手くて、しかも混乱しないのが見事。カテリーナ役に相変わらず美しい『オブリビオン』オルガ・キュリレンコ、ダリオ役に『ジョン・ウィック チャプター2』の悪役も記憶に新しいリッカルド・スカマルチョ、エレーヌ役にまさに元ネタである『インフェルノ』のシセ・バベット・クヌッセン、アレックス役に『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』アレックス・ロウザー、ハビエル役に『ラストスタンド』エドゥアルド・ノリエガなどの布陣。また社長のエリック役ランベール・ウィルソンのなかなかのクズっぷりも見ものです。監督・脚本は『タイピスト!』のレジス・ロワンサル。

構成からして意外性があって大いに戸惑わされ、でもそれがまた伏線であったりミスリードであったりと、予想を覆されていくのが快感。後から考えれば穴がなくもないんですが、出し惜しみのない展開で観てる間は気にならないです。しかもこれがオリジナル脚本というのが凄い。そして本好きや創作に関わる人には刺さること間違いなしなので、ぜひ観てほしい。久々にガツンとくるミステリーです。

↓以下、ネタバレ含む(一応真犯人やトリックは伏せる)。








9人の翻訳家がスマホも取り上げられてカンヅメにされ、原稿は社長のエリックが鍵付きアタッシュケースで保管、監視するのはただ者ではないロシアのゴツい男二人。どう考えても流出する穴はないのに、ネットに公開された原稿。ここからどう犯人を探していくのか、と思ったら、いきなり事件後である2ヶ月後に飛んでびっくり。しかも面会に来たエリックが犯人に語りかけているのかと思いきや、刑務所にいたのはエリックの方というのにさらにびっくり。何が起こったのかさえわからないんですよ。過去が時系列で語られる途中でどんどん差し挟まれる現在に戸惑っていると、今度はエリックの話す相手が誰であるかもあっさりわかります。ということはこの人物が主犯らしいと思うわけですが、脅迫が自作自演である理由も手段もわからず、そもそもなぜエリックが捕らえられているのかわからない、と最初の謎に戻ってしまう。フーダニットが早々に明かされ、それ以外は観ていかないと何も判明せず、しかも謎は増える一方、というこの構成にシビれます。

翻訳家の9人はどれも一癖ありそうな人たちばかり。カテリーナは「デダリュス」が好きすぎて登場人物のコスプレで来るし、原作を暗記しまくりなのも癖が強い。ダリオは人を見下す感じの悪さとエリックに取り入ろうとする胡散臭さがあり、アレックスはやけに若造に思えるし、エレーヌは普通の主婦に見えますが登場時の家族との別れが気になります。ハビエルはどことなく挙動不審、チェンはやけに快活なのが逆に怪しく、テルマは金に困ってそうなパンクなのが浮いているし、コンスタンティノスは作品の売り方に否定的だし、そうなると一見普通なイングリッドまで怪しく見えてきます。エリックの側近であるローズマリーは一番エリックに近いし、何かもうみんな怪しいです。カテリーナがアタッシュケースを開けようとするくだりにこいつか!と思うものの結局原稿は手に入らないし。ケースを開くシーンはむっちゃスリリングで、『007 慰めの報酬』のオルガ・キュリレンコがよくある番号として「007」と言うのにはニヤリとしますが、ここで暗証番号が「069」だった、というのがまた伏線になってくるんですね。

一方でエリックがクズ野郎だというのは着実に描写されていきます。全員を下着姿にするという非人道的な行為、プライバシー無視で部屋を探索するやり過ぎ感、照明を奪ったりなど徐々にヒステリックになっていく器の小ささ、最後には銃を向ける蛮行に及びます。特に酷いのはエレーヌが個人的に書いていた小説を「才能がない」の一言で燃やすこと。エリックの尊大さが何かしら関わってくるのは予想できますが、当のエレーヌは「家族のために創作の時間を奪われた、愛してないと気付いた」と言うのが哀れすぎて、これは犯人じゃないだろうと思ったらそれを早々に裏付けるような悲劇的展開。と言うかこの台詞に「うわーッ!」となる人も多いのでは……。カテリーナが犯人扱いされたり、エレーヌの話を聞いてテルマが涙ぐんだり、ハビエルが手に包帯を巻いているのを怪しまれたり、ダリオがナイフを持ってうろついたりと、疑心暗鬼は広がりつつも思いがけない一面も見られたりしてますますはぐらかされていきます。やがて明かされる原稿を奪うための思いがけないトリックには仰天しますが、でも明かされたと思いきや「069」で開くはずのケースが「777」で開く、というのにおや?と思うんですね。このスリルに満ちたトリックでさえも伏線だというのには心底驚嘆。

ボーリングのシーンに実は含みがあったり、緊張のあまりある人物が早まったことをしそうになったり、エリックに銃を向けられやむを得ず遠隔操作メールだとバラしたりと、畳み掛けるスリルと伏線回収には驚きっぱなし。「デダリュス」の内容である「フランクがレベッカを殺した」というのも意味ありげながらフェイクだし、エリックの会話シーンで明かされる「デダリュス」の作者オスカル・ブラックの正体さえもミスリード。そしてあの館で何が起こったのか、なぜエリックが収監されているのかも明らかになります。そりゃいくら中国語でもイー、アル、ってリズム取ったらバレるよ(意味もわかってたようですが)。そしてラストに至って、今度こそ本当に真実が明白になるのです。アタッシュケースをどうやってすり替えたのか、なぜ暗証番号が違っていたのか。動機は作品を金儲けとしか見てないことへの恨みか?と思いきや、冒頭の火に包まれる本屋の意味するところがそのまま動機だったわけです。

"彼女"を救おうとしたのも自分の作品のせいで死なせたくなかったからだろうし、撃たれて生きてるのがジョルジュにもらった本のお陰であったりと色々と繋がっていくのには唸りっぱなし。"犯人"がどうやって他の翻訳者たちを知ったのかというのはハッキリしないし、「文学を愛してる」とは言うもののローズマリーを写真一枚で裏切らせたり、最後にエリックが「3章の冒頭」の件を聞かなかったらどうするつもりだったのか、など結構綱渡りの部分もあるんですよね。他にも穴はあるかもしれません。ただ、その不確実性のために死者や負傷者を出してしまった、というのがあることで、完璧ではないことをも織り込んでくるのがスゴい。そしてオスカル・ブラックの真実をエリックに告げて自白を促し、エリックしか聞いていない真実は妄言となり、ついに本当の罪を暴くという敵討ちを果たすのです。

新作の発表会に潜り込み、涙ぐみながらエリックを睨みつける"犯人"が、「自分のものは自分で守れ」というエリックの言葉を実践したのも皮肉が効いています。エリックが「真実はこの中(デダリュス)にある」というのはあながち間違いではなかったわけですね。ラストにジョルジュ爺さんに抱きつく"犯人"の回想で締めるのが、それまでの二人の経緯もしっかり描いているのもあってせつなく、素晴らしい余韻。しつこいほどのどんでん返しの数々も斬新な語り口で全く飽きさせないし、キャラとトリックとドラマの融合もほぼ完璧じゃないでしょうか。最高のミステリーです。

スポンサーサイト



トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1651-2605343a
トラックバック
back-to-top