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2019
11.29

貴方の横、君の隣、私の前。『殺さない彼と死なない彼女』感想。

korokare_sinakano
2019年 日本 / 監督:小林啓一

あらすじ
バニラかチョコかは悩む。



何にも興味が持てずに燻る高校生の小坂れいは、教室でハチの死骸を拾って埋めようとするクラスメイトの鹿野ななを見かけ、興味を抱く。死にたがりでリストカット常習犯の鹿野と、周囲とも打ち解けないでいた小坂は、次第に一緒の日々を過ごすようになっていく……。3組のペアの日常を描く青春ラブストーリー。

Twitterで発表された世紀末(名前)の4コマ漫画を実写映画化。「殺す」が口癖の小坂と「死にたい」が口癖の鹿野、愛に飢えたきゃぴ子と幼なじみの地味子、「好き」と言い続ける撫子と言われ続ける八千代の三組が織り成す青春物語。タイトルはなにやら物騒ですが、もんのすごい良かった!4コマ漫画が原作ということで短いエピソードが連なっていくんですが、その積み重ねが各キャラを掘り下げていき、徐々に明かされる思いや、より強固な思いへと繋がっていきます。柔らかな光の演出も心地よく、ほのぼのしたやり取りのなかそれぞれが抱える思いやりは世界をふんわりと包み、「好き」という感情の力が描かれていくんですね。コミカルなやり取りにはちょっと声出して笑ったし、何気ない言葉にもじんわりして泣きそうになります。終盤のある展開には嗚咽が漏れそうなほど爆泣き。あまりに優しく、愛しい。

小坂れい役は間宮祥太朗、見覚えあるなと思ったら『帝一の國』のローランドですね。ぶっきらぼうだけど時折見せるキャラ崩壊も楽しく、見てて一番印象が変わっていく役。鹿野なな役は『ママレード・ボーイ』桜井日奈子、台詞の抑揚の付け方が面白くて見事なコメディエンヌぶり。地味子役は『アイネクライネナハトムジーク』恒松祐里、メガネっ子で頼もしくて優しい地味子が可愛すぎてもうどうしたら……。きゃぴ子役の堀田真由はゆるふわ小悪魔ながらツラさを抱える表現が良いです。撫子役の箭内夢菜は『HiGH&LOW THE WORST』で佐智雄の妹だった子ですね。文語体の台詞が可愛くて好きです。八千代役のゆうたろうは幼く見えるも達観した感じのつれない素振りがクール。ほか、森口瑤子や佐津川愛美などが出演。

監督・脚本の小林啓一は他作品では撮影もやってる人のようで、映像の押さえ方がとてもイイ。細かい描写も丁寧で映画的快楽が凄いです。関係なさそうな三組が緩く繋がっていったり、驚きの展開から判明する構成なども実は意味があったりして、脚本も実に良くできていて感嘆。愉快なシーンは本当に楽しく、でも途中から意外なほど涙が止まらなくなったりもします。そして観終わってわかるタイトルの意味も深い。最初から最後まで素晴らしいです。

↓以下、ネタバレ含む。








■繋がっている世界

全体的に映像は淡い光の使い方もあってとても柔らかい感触。学校で射し込む日光がやけに自然だなあとか、夜の公園で浮かび上がる鹿野が覚束ないなあなどと思ってたんですが、なんと全て自然光で撮影したそうで納得です。カメラは基本引き気味でその時の二人を切り取る感じですが、時折ここぞというところで単身のアップが映し出されるタイミングが絶妙で、その人物に一気に引き込まれてしまいます。長回しによる撮影は緊張感よりむしろ心の動きの機微を際立たせる効果を見せ、もっと浸っていたいと思わせる雰囲気を作り出します。音楽と映像が非常にマッチしており、音の入り所などもかなり練られている感じ。音楽担当は奥華子で、エンディングで流れる主題歌の「はなびら」も非常に泣かせます。

脚本が素晴らしくて、原作はちょっとだけ読んだんですがそちらでは全く別物の三組の話を組み合わせて語っていくのがイイ。鹿野が小坂と間接キスしそうになったいちごミルクコーヒーを撫子が八千代が飲んでたと言って買ったり、地味子たちが行くクレープ屋に鹿野たちも行っていたり、きゃぴ子がイケメン君と行く店は小坂のバイト先だったりと、緩く繋がっているのが世界の広がりを感じさせます。原作の笑えるシーンをちゃんと取り込んでしっかり面白いのもイイ。メインキャラ以外では先生が良いですね。鹿野のリスカ痕への言及が自信なさげだったり、「3秒に一人」で予想外の反応されて戸惑ったり、目の前できゃぴ子と地味子の百合劇場が繰り広げられてどぎまぎしたりと何気に面白いです。


■小坂と鹿野

小坂は口は悪いが調子こいた若者ではなく、何にも興味を持てないという欠落を抱えています。冒頭のゴミ箱の描写で、勉強もスポーツも投げ捨てて、蜂の死骸に至ってはなんなら命さえもこだわってないのでは、というのが暗示されます。「殺すぞ」という言葉は、そんな小坂が喪失した生きる気概の表れかもしれません。そのゴミ箱から"死"を取り除くのが鹿野です。鹿野はクラスで浮いてはいるものの、周囲のせいというよりは自己嫌悪のために「死にたい」と繰り返します。それは自分なんて受け入れてもらえないという思いからであろうし、リストカットも本当に死にたいというよりはリセットしたいという意味合いがあるのかも。そんな死にたがりでありながら命を粗末にできない鹿野に小坂が興味をもつのは、漫然と生きながら死人のようである自分と逆だからなのでしょう。LINEを聞いてくる女子がなぜ先輩と呼ぶのかと思ったら実は留年してたとか、足の怪我でサッカー選手の道を絶たれたといった経緯が小坂を無感動にしていたこともわかってきます。ランニング中に遅れて走る生徒に目をやったりするのもかつて頑張っていた自分を見たからなのか、こういう細かい描写がとても良いです。

でもそういった背景の重さというのはあまり感じさせないんですね。それでいて二人を繋げるための深みになっている。このバランスが素晴らしい。しかもそこを笑いに昇華しつつ、ちょっとした言動が好きを感じさせる(でもハッキリとは言わない)のが本当に楽しくて、かつ愛しくなってくるんですよ。アイスを巡るやり取りで笑わされたあと、アイスの棒に書いた「ハッチ」を見たときの鹿野の嬉しそうな表情、余裕こいてた小坂が屋上から飛び降りようとした鹿野を慌てて止めたときの言葉。リスカ痕をイカ焼きと言われた鹿野が小坂の買ってきたイカ焼きに食いついたり、寝ちゃった鹿野をブスだなと言いながら思わずほっぺチューした小坂が「今起きたら殺す」と言ったり。いつの間にか二人で家でゲームするようになってるし、「泊めてくれ」という言葉にはちょっとドキッとしますがそれくらい信頼度が高まっていたりする二人の関係が微笑ましくて愛しくなります。大学に行くという小坂に鹿野が泣きながら駆け出すシーンは実はせつないところなのに、柵を乗り越えるところで笑ってしまう、そんな二人ならではのやり取りが、挙げればキリがないほどどれも楽しいのです。


■きゃぴ子と地味子

きゃぴ子の立ち位置は面白い。ふんわりしてるのにすぐに男と別れて地味子に泣き付く姿は、男に依存しながらビッチでもある、と思わせるんですが、実は愛に飢えているからこその行動です。「バイバイ」と言われると悲しいとか、遠くに行っちゃう夢の話をしたりとかも愛されたいからだし、自ら別れを切り出すのは別れを言われるのがイヤだからで、結果好きなのに別れるという矛盾を繰り返します。幼い頃に母親が自分を置いて遊びに行ってしまう、というのがトラウマになっているんですね。今までで一番細いだの隠し事はないだの実は何度も傷付いてるし。イケメン君は勝手に部屋に上がってタバコ吸うし最後は「きゃぴ子は可愛いだけだよ」とかぬかすクソバンドマンですが、それまでのきゃぴ子と違って向こうからフラれてしまいます。彼女がいると知ってても自分からフレなかったほど実は好きだったんでしょう。でも彼女は自分からは好きだと言いません。鹿野が「好きかと聞いたら好きじゃないと返ってきそうで」と言うように、きゃぴ子も返事を聞くのが怖かったからかもしれません。

「一人は我慢できたけど孤独は耐えられない」という言葉に、誰でもいいから隣にいればいいというわけではないことが窺えて、きゃぴ子の悲しみが滲みます。そんなきゃぴ子を態度ではウザがりながらも結局は見捨てない地味子が素敵すぎます。自分のことは可愛くないと言う地味なメガネ女子の地味子、恒松祐里なので実際はむっちゃ可愛いし、ドーラのモノマネには萌え死ぬかと思いましたが、自分ちで浸るきゃぴ子にうんざりしながらも「どうしてその男は自分のために泣く女が一人だけだと思ったのか」とさらりと言っちゃうのがイケメン君より断然イケメン。実際、本当の愛を得たら、あるいは愛を失ったらきゃぴ子が死んでしまうのでは、と心配しているし、きゃぴ子の悪口を言うクラスメイトにはキレるし、きゃぴ子のこと好きなんですよね。きゃぴ子も序盤に心の声で地味子のこと「王子様」って言っちゃってるし。そんな二人を「百合」と称する声も多そうですが、幼稚園の頃に地味子が「お姫様」と呼んだからそのペアとしての「王子様」なわけで、この二人の関係を表すならまさに「親友」が相応しいです。


■撫子と八千代

撫子は八千代への告白が日課というのが超アグレッシブ。からかってるだけか?という疑問も最初から心の声でも「好き」と聞こえるのでそうではないことがわかります。八千代が飽きないのかと聞くように1年の頃から好きと言い続けているので、それでもなびかない八千代との今の関係がいいのかな、とも思うんですが、でも夢の中で八千代に好きだと言われて目覚めたら静かに泣くことで、決してそうではないこともわかってきます。撫子は一歩間違えばストーカーですが、本作で一番真っ直ぐで爽やかさがあり、口調が文語っぽかったりほんわかした雰囲気もあって可愛らしい。隙あらばキスしようとしたり布団に潜り込もうとしたり好きと言わせようとしたりと天然の策士であり、それでいて自分から誘った映画デートにOKされたら動揺するのが愉快。囲碁部の八千代が唸る囲碁の腕前(しかも片手間)を見せたり、八千代との電話を録音しようとしたりするのが笑います。でも最初の告白でフラれたときは手首を切ろうとしたくらい本気なんですよね。

八千代はそんな撫子のことを「好きじゃない」と言います。これは「好き」という言葉に対しての返答としてまさに鹿野が恐れていた言葉ですが、撫子はめげません。八千代にとっては撫子の告白はもはやいつもの日常なのかな、と思うんですが、実はそのクールに見える振る舞いは「好きという感情がわからない」からだと明かします。かつて年上の女性さっちゃんに恋した幼い八千代は、さっちゃんが自分とは違う大人の世界に行ってしまったことで人を好きになることに臆病になっていたのでしょう。早く大人になりたかった、でも偶然再会したさっちゃんに「お幸せに」と言うしかできない。まだ大人になりきれないから、撫子の思いにも答えられないのかもしれません。実際は、撫子が告白した回数もシチュエーションも全部覚えているんですよね。そんな八千代に、手を繋ぐことを求める撫子。好きになられたら冷めるのか?と言う八千代に対し「未来の話をしましょう」と返す撫子の、自分だけではなく相手のことも常に考える深い愛情で未来を語るのには泣けます。撫子がいなければ見ることのなかった未来を見て、八千代はようやく救われるのです。


■君と未来の話を

終盤の「同じ景色を見たいの」という鹿野の言葉にはじんわりするだけに、その直後の展開は非常にショッキングです。前半では動画で出てくるサイコキラー君がなぜここにいるのか、といぶかしんだ途端に起こる悲劇に、鹿野同様信じられない思いに。血溜まりのなか、いつもスマホをいじっていた小坂が最後に鹿野の写真を見ながら、初めて「好きだ」とハッキリ言うのには涙します。葬儀後の最初の夢で「恋の相手は私かな?」と言う鹿野のいつものような話し方がせつなく、二段目の引き出しのことが単なる夢ではないことも示していてさらにせつない。小坂は「自殺と他殺は行くところが違う」と、さりげなく後追い自殺を防いでるんですよね。この事件により小坂たちの物語だけ時系列が違っていたとわかるのには驚き。地味子たちが知る同じ学校の殺された人というのが小坂であり、彼女たちが聞いた葬儀での声が鹿野だったわけです。「キスで目を覚ますなんてお姫様みたいね」というところできゃぴ子のことを思い出すし、いい夢は起きると悲しくなるという撫子の言葉も思い出すように、ここでも他の話と繋がっています。

二度目の夢は願望かもしれないと自身も認めながら、それでも「たまには思い出してくれ」と言われることで「私は救われた」と言う鹿野。目覚めて「ありがとう、さよなら、好き、大好きだったよ」と、鹿野もここで初めて思いを言葉にします。二人とも心を言葉にして伝えられなかったというのが何とも苦くて爆泣き。犯人のサイコキラー君は捕まったようですが、「恋をしてる者を殺した」と言う自己陶酔した動画にはきゃぴ子のように「これも一つの愛のかたち」と言う人がいるかもしれません。しかし本作では「独善は愛ではない」ということをハッキリと、それも当のきゃぴ子に言わせて否定するんですよ。これがスゴい。相手を思いやる愛情こそが本物なのだというのが本作では貫かれているのです。そして「未来の話をしよう」という言葉は小坂から鹿野に、鹿野から撫子に、撫子から八千代に受け継がれたものだった、というのが最後にわかるという見事な構成。

小坂からの誕生日プレゼントであるネコのキーホルダーをカバンに付けて、満開の桜の下を歩く大学生になった鹿野。「生きろ」と言われた鹿野が死のうとしていた撫子を救うまでになっているのには感無量です。本作のタイトルには殺すとか死ぬとか言ってるけどそうしない、というだけではなく、殺すと言いながら殺されてしまった彼と、彼の言葉を受け入れて死なないことを選んだ彼女、という意味があるのでしょう。そして冒頭の「全ての眠れない夜に捧げる」という言葉は、一人孤独だったり自己嫌悪で死にたくなったり好きな人を思って寝付けなかったり、そんな夜を過ごす全ての人への優しい思いであるとわかるのも染みます。撫子はこれからも八千代に好きと言い続けるのだろうし、きゃぴ子と地味子は二人で廊下を駆けていくのだろうし、最後に小坂の姿を隣に感じながら歩く鹿野はもう手首を切ることはないことでしょう。

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