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2019
11.27

盛大な親離れ、凄惨な子離れ。『ブライトバーン 恐怖の拡散者』感想。

brightburn
Brightburn / 2019年 アメリカ / 監督:デヴィッド・ヤロベスキー

あらすじ
親の心子知らず。



アメリカのカンザス州ブライトバーンの町で暮らすカイルとトーリの夫婦が養子にした赤ん坊。彼はブランドンと名付けられすくすくと成長するが、12歳の誕生日を迎えた際に自身の特殊な能力に目覚める。やがてブランドンは好奇心のまま暴走を始めるが……というSFホラー。

『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー』監督のジェームズ・ガンが製作を務めた、ある田舎町で起こる事件を描くSFテイストのホラーです。子供ができずにいたカイルとトーリのブレイヤー夫妻は、ある晩地面を揺らす衝撃に驚き、森の奥に光るものを見つけます。それから時が過ぎ、念願だった息子も今や12歳の誕生日を迎えるものの、その好奇心旺盛な息子ブランドンは誕生日を境に妙な声が聞こえるように。それと共にブランドンは自分が驚異的なスーパーパワーを持つことに気付き、不愉快な目に遭うたびに徐々に抑えが効かなくなっていきます。あんなに可愛かった息子が12歳の思春期を迎えたらいきなり別人のようになる、というのが両親には悲劇であり、一方で息子は興味と熱意に引かれるまま、バレないための稚拙な隠滅とそれでも残す自己主張のイタさというものが際立っていきます。そこに悪の超パワーが合わさった結果展開する、壮絶なる親離れと鮮血に濡れる子離れ。エグさ抜群の家族劇が始まります。

母のトーリ役は『ピッチ・パーフェクト』シリーズ『パワーレンジャー』のエリザベス・バンクス。息子を愛し庇おうとする母として必死な姿が痛ましい。父のカイル役は『アフター・アース』デビッド・デンマン。『パワーレンジャー』でバンクスとも共演してるようです。息子には厳しく教育しながらも愛情を持って接する父として良いですよ。そしてブランドン役のジャクソン・A・ダン、時折見せる酷薄そうな目つきが危なげで印象深い。ちなみに『アベンジャーズ エンドゲーム』で少年姿になったスコット・ラングを演じてるのが彼らしいです。脚本はジェームズ・ガンのいとこのマーク・ガンと弟のブライアン・ガンとのことで、ガン・ファミリー大活躍。監督のデヴィッド・ヤロベスキーは『ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー:リミックス』のエンディング曲「ガーディアンズ・インフェルノ」のMV監督だったりします。

ブランドンの無敵の力とその行動が、まさにスーパーマンが中二をこじらせたら、という話なんですが、ただ子を持つ親としてはいくら愛情を注いでもダメなものはダメというケースを見せつけられているようでなかなかキツいです。それ以前にあまりにストレートな展開には肩透かし。結構グロいシーンがあるので要注意です。

↓以下、ネタバレ含む。








宇宙から来た赤ん坊を森で見つけて育てるというのは「かぐや姫」のようですが、内容は全然違います。自身の出自を知らずに育ったブランドンは一見まともに育ちますが、スズメバチの知識を延々と披露するように妙に偏執的なところがあります。まあそこは子供だし虫に詳しくてもいいんですが、叔父の誕生日プレゼントのライフルにこだわる辺り"力"を求める傾向があったり、女性の裸体を通り越して人体の仕組みに興味を持ったりと、なかなか危ういところを見せてきます。これも普通ならなくはないのかもしれませんが、謎の声に覚醒しちゃったもんだから始末に負えません。自分を誉めたクラスの女の子に惹かれても、学校帰りにその子の家まで付いて行っちゃうみたいなノリで家の中に侵入したり脅かしたりするし、怒りにまかせてその子の手を砕いたりする。力を試すのにいきなり草刈り機に指突っ込むというのも浅はかだし、むかつくおばはんには容赦なく報復("目にガラス"にはヒーッ!となります)。悪いことをしているという自覚はあるのかもしれませんが、自ら考えたシンボルマークを現場に残すなど承認欲求の表れも見られます。

超パワーに超スピード、目からビームとくればまさにスーパーマン。逆に言えばクラーク・ケントがこうなっていたとしてもおかしくはなかったわけですね。じゃあなぜスーパーマンはヒーローとなり、ブランドンはヴィラン化したのか。両親の愛情の有無、ではないことは、ブランドンの両親が愛情では負けてないことからも窺えます。ブランドンの乗ってきた宇宙船から「シカロ(奪え)」という声が聞こえてきたから、というのはあるでしょう。自身の存在意義を示すかのようなその言葉は彼の深層心理に働きかけた、とも見えます。ただ、考えなしにそれに従い怪我人どころか死人まで出すのは、子供だからという理由ではすまされません。しかもマスクとマントまで着けて悦に浸り、ちょっと早い中二センス爆発。最初から怒りと憎しみが強かったので、ヒーローがヴィランに、という感じでもない。要は「そういう子である」という見も蓋も救いもない結論なんですね。

それでも受け入れるのか?というのが試される両親。特に母のトーリは、人とは違う感性を個性と見て、事件が起こってもブランドンは関係ないと信じ続けます。見て見ぬふりをするわけですね。父のカイルは本人に養子と言いながらも厳しく愛情をもって接しており、自らブランドンを止めるため森へ行って撃ち殺そうとします。でもその前に幼い頃の写真を見て一人泣いていたりするんですよ。これがせつない。愛があっても、というより愛ゆえに、犯した罪に対して厳しい選択をする父ですが、しかし銃で撃っても跳ね返され、逆ギレしたブランドンにより虐殺されます。最後まで味方だと言った母ももう取り返しがつかないことを悟って、ブランドンに傷を付けられる宇宙船の破片で殺そうとしますが、もはや一般人にどうこうできるレベルではないわけです。直前に「良いことをしたい」と言うのも、ただのポーズの可能性もありますね。トーリを抱いて空に飛んで行くのなどはまさに1978年の『スーパーマン』を彷彿とさせますが、やってることはスーパーマンの愛の飛行とは逆、愛への決別です。

ノバ叔父のアゴ破壊とかエリカの腹を割かれて標本など、ゴア描写は気合いが入ってます。死体を興味深そうに見つめるブランドンの不気味さも際立つし、B級ホラー出身のジェームズ・ガンとホラー好きだというヤロベスキー監督の本領発揮というところ。ただ、物語は予告編で見た以上の意外性はなく、ストレートすぎて何の捻りもないのが残念。夫婦のイチャつきとか酒場のだべりなどテンポを削ぐシーンもちょくちょくあるし、親離れする子供の様変わりをまざまざと見せつけられるのには、同じく息子を持つ身としては至極不快だったりします。でもまあ、頼りがいありそうな保安官が一瞬で退場するのなどは絶望感を煽ってくるし、もはや世界の破壊を望む少年を止める者は誰もいないというのか恐怖。あとあのマークが「BB」でブランドン・ブレイヤーのイニシャルでありブライトバーンの略称でもあるというのが上手いです。彼が町の名である「ブライトバーン」と別名で呼ばれるようになるのなどはヒーローもののヴィラン的で面白い。正直ノレない部分もありますが、最後に出てきたユーチューバーがまさかのヨンドゥことマイケル・ルーカーだったのでね、あんな髪型でがなり立てられたらね、もう全部許します。

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