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2019
11.05

揺らぐ境界での選択。『ボーダー 二つの世界』感想。

Grans
Grans / 2018年 スウェーデン、デンマーク / 監督:アリ・アッバシ

あらすじ
虫、食べる?



醜い容姿に引け目を感じている税関職員ティーナ。彼女には違法物を持ち込む人を嗅ぎ分けるという特殊な力があった。ある日ティーナは怪しげな旅行者ヴォーレを止めて荷物チェックを行う。ヴォーレに何かを感じたティーナは彼に自宅の離れを宿泊先として提供するが、ヴォーレによりある秘密を知ることになる……。奇妙な登場人物が織り成すミステリー。

『ぼくのエリ 200歳の少女』の原作者ヨン・アイビデ・リンドクビストが自身の原作を元に共同脚本も手がけた、北欧発のミステリアスなドラマ。第71回カンヌ国際映画祭ある視点部門でグランプリを受賞した作品です。人とは違う外見に疎外感と孤独を感じる女性ティーナ。彼女は人の悪意や羞恥心や怒りなどの感情を嗅ぎ分けられるという能力を持ち、それにより違法なものを持ち込む人がわかるという奇妙な特技があります。そんなある日、仕事中にどこか自分と似ている男ヴォーレに出会ったことで、ティーナの境界は徐々に揺らいでいきます。陰鬱な画作り、終始まとわりつく不穏さ、不快感と美しさを同時に感じさせる邂逅など実に特異な出来。そして描かれる本当の自分を知ったときの解放感と、それでも越えたくない一線。非常に特殊なミステリーにして予測のつかないサスペンスが、当たり前の価値観をも揺さぶってきます。これは衝撃。

ティーナ役のエヴァ・メランデルは実際はキレイな人ですが、特殊メイクによって人間離れした容貌になっています。そんな彼女の鼻に匂うのは、彼女の醜さよりも醜悪な人間の感情そのもの。一応パートナーの男性はいるんですがいまいち噛み合わず、仕事のないときは痴呆で施設にいる父親を見舞ったりする日々。そんな生き辛さを感じている彼女の前に現れる謎の旅行者ヴォーレ、演じるエーロ・ミロノフもまた特殊メイクで顔を作っています(写真を見るとこちらはまだ地の顔を活かしてそう?)。このヴォーレが、他の人との差異に悩むティーナを受け入れる思惑は何なのか、というのが肝になります。

本作を観ていると、善悪も性差も美醜も、違う尺度では一変するということを思い知ることになります。果たしてティーナが見た光は希望なのか?『ぼくのエリ』に通じるものがありつつ、より深みに踏み込んだような感覚に、微かな戸惑いと言い知れぬ感慨とが渦巻きます。

↓以下、ネタバレ含む。








ティーナの他の人とは違う風貌は一言で言えば醜いということになるんでしょうが、ちょっと人間っぽくない作りの顔だな、とは思うんですね。後に染色体異常であると説明されますが、その代わりに悪意を嗅ぎとる力が備わったとかかな?と最初は思うわけです。その能力によって職場では一目置かれているものの、なぜわかるのかと聞かれれば匂うからとしか言えないため若干訝しげに思われます。結婚してるのか同居だけかは明言されないもののローランドというパートナーもいて、特に虐げられているわけでもないようですが、ただ夜の営みをティーナが拒否しているせいか浮気しているらしく、あまり通じ合っている感じではありません。裸足で森のなかに踏み入り、野性動物と触れ合ったり湖で泳いだりすることで発散している様子からも、ティーナがどこか孤独を感じていることが窺えるんですね。それが人との差異のせいなのか、もっと根底に何かがあるのか、よくわからないまま進んでいくのでどう捉えればいいのか迷います。

そこに現れるのがヴォーレです。ティーナと似た異形の風貌、不敵な態度、外見とは異なり肉体的には女性であるという驚き。どう見ても怪しげなのに、ティーナは促されるまま虫を食べたり、同じように雷に打たれた痕があったりして、不思議と惹かれてしまいます。そしてティーナの秘密を明かすヴォーレの一言はそれこそ雷に打たれたような衝撃。何が衝撃かと言えばその意外性もさることながら、それまでの違和感全てに説明が付くことです。人間離れした風貌、感情の嗅ぎ分け、裸足で森を歩き回り裸で水浴びし、虫に興味を持ち、狐が寄ってきたり鹿の接近を察したり、雷に打たれた過去に至るまで、ヴォーレの一言で合点がいくのです。ヴォーレが「君は完璧だ」と言うのは慰めなどではなく、その種族として完璧だということなんですね。美醜の基準は反転し、性交シーンでは驚くべき現象が起こって性差さえ覆る。R18+も辞さない描写には本能に訴える解放感さえあります。

でもこのキーワードにより本作が突然ファンタジーになったりはしません。それは性差や美醜の他に、善悪の価値観も問われることになるからです。児童ポルノを悪としてかぎ分けたティーナはその黒幕の捜査に協力した結果、見た感じ普通の夫婦が犯罪に手を染めていることにショックを受けます。それを「人間みたい?」と問う彼女には明らかに戸惑いが見られます。一方で知り合いの夫婦が産気付いたのを病院まで送り、その後生まれた子を慈しむ様子を見せるし、ヴォーレの冷蔵庫に入った赤ん坊が生きているように見えるのにまだ未受精卵だと聞いてこれまた動揺します。自身は収容所の両親から今の親に託されたことを知り、チェンジリング(取り換え子)が横行していることも知る。それでもヴォーレが復讐のために人の子をさらい売る所業を受け入れられない。人間であろうがなかろうが、他人の赤子の運命を左右することは彼女の鼻を刺激する悪意に他ならないのではないか。人間社会との間で揺らぐティーナは、そこに境界を引くことを自ら決めるのです。

『ぼくのエリ』に通じる人ならざるものへの差別や生き辛さに、見た目やジェンダーなどによる孤独や疎外感を重ねる一方で、本当の姿、本当の生き方を知った上での選択をするティーナ。船で捕まったヴォーレは手錠をされたまま海へ飛び込み、ティーナはまた一人になります。でもそんな折りに送られてきた赤ん坊を抱く彼女のラストカットには光が満ちているんですね。本作は様々な境界の揺らぎのなかでその差異を飲み込みつつ、揺らがない生き方を選択する女性の物語であると言えるでしょう。

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