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2019
10.28

昨日よりも素敵な今日を。『イエスタデイ』感想。

Yesterday
Yesterday / 2019年 イギリス / 監督:ダニー・ボイル

あらすじ
やれるのか?



イギリスの小さな町で音楽で有名になることを夢見るシンガーソングライターのジャック・マリクは、全く売れずに音楽の道を諦めようとしていた。ある日世界規模の停電が起こった際に交通事故に遭ったジャック。彼が目覚めると、そこは史上最も有名なバンド「ザ・ビートルズ」をジャック以外誰も知らない世界になっていた……。特異な設定で描く音楽コメディ・ドラマ。

もしビートルズの曲を自分以外誰も知らなかったら?という物語が、コミカルなタッチで描かれるラブ・コメディ。マネージャーのエリーと音楽活動を続けていたものの、泣かず飛ばずの現実に夢を諦めかけていたジャック。そんなジャックが、世界中で12秒間停電するという謎の現象の際に事故に遭います。昏睡から目覚めて退院したジャックが友人たちの前でビートルズの名曲"イエスタデイ"をギターで弾き語りすると、誰もその曲どころかビートルズさえ知らず、ネットで検索してもヒットするのは昆虫ばかり、自宅にあったビートルズのレコードも消えている。でも自分だけはあの名曲の数々を知っている。さあ、どうする?いや、やれるのか?という、コメディであり一種のファンタジーです。設定から予想する以上の意外性は少ないものの、主人公ジャックのコミカルさと葛藤、エリーとのせつない関係などが面白い。辻褄が合わない部分もあるけど、名曲の数々が世界を変えていく様が楽しいです。

監督は『トレインスポッティング』シリーズや『スラムドッグ$ミリオネア』のダニー・ボイル、脚本はラブコメの名手であるリチャード・カーティス。ビートルズが存在しない世界によって、逆説的にビートルズへの愛を描きます。ジャック役のヒメーシュ・パテルはコミカルな役柄ながら歌や演奏も自らこなす堂々たる主演ぶりで存在感を示してくれるし、ジャックの幼なじみの親友でマネージャーでもあるエリー役の『高慢と偏見とゾンビ』リリー・ジェームズがとにかく可愛い。また世界的マネージメントを担うデブラ役の『ゴーストバスターズ』ケイト・マッキノンが威圧感あって怖いです。あとシンガーソングライターのエド・シーランが本人役で出演、カメオ的な位置付けかと思いきやほぼメインキャストというのがじわじわきます。

ビートルズの曲を自作と名乗る居心地の悪さや、現代であるがゆえの差異などで、高揚感はあっても意外と爽快さには欠けるというのはあるかも。ダニー・ボイルらしいスタイリッシュさも薄めですが、でも停電シーンのファンタジックさやライブシーンの楽しさなどはたまらないし、音楽映画というよりはラブストーリーとしての側面が良くてじんわりする出来。そしてifの物語だからこそ描けるあるシーンに震えます。

↓以下、ネタバレ含む。








世界中で自分しかビートルズを知らない、しかも自分はその曲の数々を覚えていて、それを演奏する技術もある。ならば自分がビートルズの曲を演ろう、となるのは自然な流れ。ただジャックは"イエスタデイ"を「芸術だ」と言うようにビートルズには多大なリスペクトを抱いており、自分が売れていくことに常に罪悪感にも近い戸惑いを感じているので「成り代わる」という悪印象はないです。バイト先では客に人気があると言われたり、歯が抜けたマヌケ顔やら慌てふためく様子やらがコミカルであったりして、ジャックの人柄が良いのも親しみを持たせます。善人なんですね。「人の曲を歌ってる気分だ」と言うのはまさにそうなので居心地の悪さはあるんだけど、ビートルズの曲を世に残したいというのもわかるので共感の方が強いです。いくら好きだし有名だとは言え、200曲以上あるビートルズの全楽曲を思い出すのはさすがに困難なようで、必死で曲と歌詞を思い出そうとする姿が可笑しく、それでいてなるべくオリジナルを再現しようとするところに愛が見られます。

あと今この時代にビートルズの曲がどう受け入れられるのかというのも興味深い。今では名曲であっても、普通の人は「いい曲だ」くらいで終わってしまったりするんですね。スーパーのオマケCDで配ってるというのもナメられる一因かもしれませが、ジャックが自分自身に魅力がないせいかと思っちゃうのも致し方なし。結局ジャックを見出だすのは耳の肥えたエド・シーランですが、ジャックの親父に「似た人」扱いされたりロッキーに「ラップは微妙」って言われたりデブラに「繋ぎ」と言われたりと結構酷い扱いで、本人的には大丈夫だったんでしょうか。ジャックが10分作曲勝負で"ロング・アンド・ワインディング・ロード"というえげつない選曲をしたせいで、エド・シーランが自分に失望して引退してしまうのでは、という余計なスリルまで。そんなエドも"ヘイ・ジュード"は古くさいから「デュード(相棒)」にしよう、という地雷を踏みますけどね。この件に限らず、現代のマーケティングではタイトルが長すぎるだの多様性がどうのだのイメージだのととかくめんどくさいんだなあとか、曲なのか歌う人によるのか、曲の売れる要素ってなに?良い曲っていうだけじゃダメなの?という音楽ビジネスや流行のシミュレート的な観点もわりと面白いです。

ジャック役がイギリスの白人ではなくインド系のヒメーシュ・パテルであることにも意味があるでしょう(本人はれっきとしたイギリス人だけど)。つまり音楽に国境はあるか、ということです。そこまで深く言及してるわけではないですが、ジャックが世界的に人気を博していくのが、素晴らしい音楽に人種は関係ないというメッセージにも思えます。一方でその素晴らしい音楽が自分のものではないという葛藤がジャックを苦しめます。ニックのところで最初のレコーディングをするときはエリーと三人で楽しそうなのに、売れてからはトークショーでポールとリンゴが来る妄想に怯えたり、アルバムに「オンリーワン」と銘打たれたりして追い詰められていきます。"ヘルプ"を歌ったときの最後の「ヘルプ・ミー!」はまさに心の叫び。それだけにロシアとリバプールでジャックを呆然と見ていた男女、二人がビートルズを知っている人だな、というのは察するので一悶着あるのかと思いきや、「彼らの曲をこの世に残してくれてありがとう」という言葉には泣けます。でも「正しく使って」と言われても難しいのが現実。そんななか、ジャックはある人に会いに行くことになります。

正直辻褄が合わないところはあります。ビートルズは存在しないのにビートルズのメンバーは存在するということや、ビートルズがその後の音楽シーンに与えた影響はどう説明するのかとか。全世界の12秒停電でコカ・コーラが消えてたらそれに付随する様々な文化はどうなったのか、タバコがないなら映画の喫煙シーンなども全部消えたのか、ハリー・ポッターがなかったらダニエル・ラドクリフはどうしてるのかとか。でもまあこの辺りをツッコむのは野暮というもの。何より物語の中心となるのはエリーとの関係です。二人三脚でやってきたエリーの思いにも自分の本心にも気付かず、当たり前の存在がいつしか遠くなってしまう。成功と引き換えに失ったものの大きさを知ったジャックがどうするのか、というのが実は本作一番のキモですね。大体あんな可愛い中学教師が酔った勢いで告白してきたのに何やってんの!という感じですよ。二人でリバプールを巡った日の夜、「思い出の女になりたくない」と言うエリーがせつなく、それを否定できないジャックにやきもきします。人物描写が何気に秀逸で共感しやすいですね。ロッキーなんかもバカだけど憎めなくて、ホテル屋上のシーンでジャックに告げる言葉は泣かせます(出口間違うけど)。

ビートルズを知る女性の情報を元にどこかに行くジャックに、まさかこれは豪華ゲストでポール・マッカートニーが出てくるのでは?と思ったら、それ以上の衝撃。あのドアを開けるシーンには震えます。確かにスターになってないなら彼が生きていてもおかしくないわけですね。ドアを開けて一発で彼だとわからせるビジュアルが凄いですが、imdbによると演じてるのはなんと『トレインスポッティング』のロバート・カーライルだそうです(ノンクレジット)。ジャックに「幸せだったか」と聞かれて「幸せだ」と、その秘訣は「嘘をつかずに生きることだ」と言う彼を見て、ああこの物語は音楽もさることながらそのスピリットを受け継ごうという話なのだな、と思うのです。

ラストのライブシーン、嘘をつかずに生きるためジャックは真実を大観衆に伝えます。あんな大会場(『ボヘミアン・ラプソディ』のウェンブリー・スタジアム!)で、しかも人のステージで気持ちを伝えるとかやりすぎの出来すぎもいいところだし、彼氏のニックがかわいそすぎますが、あるべきところに落ち着く結末ということでもうこれしかないでしょう。時は移り、生徒たちと"オブ・ラ・ディ、オブ・ラ・ダ"を歌うジャックやエリーの姿には、単にビートルズが有名だとか凄いとか売れたとかではなく、ビートルズの音楽が人生を豊かにするのだ、という素敵な視点があります。「イエスタデイ」を継承し「トゥデイ」に変えていく。そういう優しい作品でした。

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