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2019
10.17

強烈、狂気、恐怖。『ジョーカー』感想。

Joker
Joker / 2019年 アメリカ / 監督:トッド・フィリップス

あらすじ
とっておきのジョークを貴方に。



ピエロの仕事をしながらコメディアンを目指す男、アーサー。しかし人々を笑わせたいと願う彼の思いとは裏腹に、現実はどんどんアーサーを追い詰めていく。やがて起こった悲劇により、狂気は彼を悪へと引き込んでいく……。DCコミックスのキャラクター、ジョーカーの誕生をオリジナルのストーリーで描くクライム・サスペンス。

DCコミックスの「バットマン」に登場する、世界で最も有名なヴィランの一人であるジョーカー。その狂気に満ちた悪役が誕生するまでを描くのが本作です。と言いながら本作は他のDC映画とは全く繋がりのない、独立した話とのこと。アーサー・フレックはコメディアンの夢を見ながら派遣ピエロとして働く日々。しかし人々を笑わせたいと思いながら、虐げられ、裏切られ、笑い者にされる人生に追い込まれていきます。アーサーは突然笑いが止まらなくなる病を患っており、これがさらに誤解やトラブルを招き、暴力沙汰の目に遭ったりするんですね。しかもそれは泣きたいときほど笑ってしまうというもの。そんなアーサーの不遇さは観る者を彼の側に取り込み、そうして彼がついに一線を越えたことにカタルシスを感じてしまう。これが実に危うい。狂ってるのは自分か世間かと問う男が、これでいいと笑い踊り壊す世界に飲み込まれていくのです。いやあ凄かった。

アーサー役は『ゴールデン・リバー』『ドント・ウォーリー』のホアキン・フェニックス。これまでジャック・ニコルソン、ヒース・レジャー、ジャレッド・レトが演じてきたジョーカーを全く違うアプローチで見せてくれます。アーサーのご近所さんでシングルマザーのソフィー役は『デッドプール2』ザジー・ビーツで、アーサーとの仄かな関わりを演じます。有名コメディアンでスターのマレー・フランクリン役は『ディア・ハンター』ロバート・デ・ニーロ。デ・ニーロがこの役を演じるというのは、彼が主演した『キング・オブ・コメディ』を思うと面白いし、そもそも本作は『タクシードライバー』も彷彿とさせますね。どちらの作品も意識していたと監督自信も語っているんですが、その監督、トッド・フィリップスは『ハング・オーバー!』シリーズの監督であり、そんなコメディ畑の人がこんな作品を撮るというのが意外。

ほんの少しの優しさがあればジョーカーは生まれなかったかもしれない。しかしその優しさは妄想のなかでしか得られず、悲劇を喜劇と見なすことで絶望に抗うことになります。それは果たして狂気なのか?という投げ掛けがヘヴィ。観た後しばらく脳内にアーサーが居座るくらいホアキンは素晴らしい。第79回ベネチア国際映画祭でアメコミ映画として初となる最高賞の金獅子賞を受賞した本作、強烈で、狂気に満ち、恐怖すら感じる悪のカリスマ誕生譚に震えます。

↓以下、ネタバレ含む。








どんな時でも笑顔で人々を楽しませようとするアーサー。その思いは体の弱った同居の母に言われた言葉でもあり、アーサーにとって世界と自分を結ぶ唯一の希望の言葉でもあります。しかし子供たちにまでコケにされ、上司は仕事の失敗を責め、市のカウンセラーは決まり一辺の言葉をかけるだけ。世界は冷たく、母親がアーサーを「ハッピー」と呼ぶのがいたたまれません。そんななかたまたま手に入れた拳銃が、彼のその後を変えていきます。ここで語られるのはアーサーが社会的弱者であるということだけではなく、狂っているのは世界か自分かという問いかけに見られるように、なぜ自分だけがこんな目に、と自身の不幸を嘆いていることも暗に示されます。これは多かれ少なかれ人が誰でも思うことであり、ゆえに悲劇の主人公であるアーサーに感情移入しやすく、共感や同情を感じることになります。笑いで人を幸せにしたいというのは、人を笑わせることで自らも幸せになりたいということであり、これまた誰もが抱く承認欲求。さらにバックでは清掃業者のストライキにより街がゴミだらけだったり、福祉が崩壊しかけていたりという不安定な社会情勢があり、これも不穏さとなって取り巻いてきます。

かように本作は、まずはアーサーに同調させるような作りであると言えます。老いた母の世話をしながら一緒にテレビを見て、大スターのマレーにステージに招かれ「君の父親になれるなら」と言われることを夢想する。このシーンは現実か妄想かが曖昧で「あれっ」と思うんですが、テレビに写ったのなら母親が騒がないはずもないので、アーサーの妄想癖の伏線でもあるわけですが、それがハッキリするのはもっと後になってから。最初は部屋で誤って撃った銃にビビりまくるように、とても悪のカリスマには見えないアーサーですが、たちの悪いリーマン三人を撃ち殺したことで世界の方が変わってゆきます。大それたことを成したという事実はアーサーに自信を与え、片想いのソフィーを強引に落とし、クラブのステージで暖め続けたネタでコメディアンとしてデビューを飾ります。殺人ピエロは街の救世主と騒がれ、世界が変わったことでアーサー自身も変わっていく、ように思えます。それでも不穏さは晴れず、実の父親が有名な実業家のウェインであると思い込み、母親は倒れ、ステージの様子は敬愛するマレーにより笑い者にされます。燻っていた不満や自己憐憫はさらに膨れ上がり、誰も自分など見ていなかったことに気付き始めるのです。

本来なら自分がそこにいたはず(と思い込んでいる)ウェインの屋敷に行って、その息子と対峙するアーサー。この息子がブルース・ウェイン、つまり後のバットマンですが、家を囲む鉄柵はアーサーとブルースの間に明確な境界として引かれ、直接ウェインに会ったときにはワンパン食らわされ、父を求めるアーサーを拒絶します。そして母もまた妄想癖で精神病院にいた過去があり、ウェインとのことも恐らく妄想、しかも母の虐待によってアーサーは頭と神経に傷を負い、それが原因で笑うようになったと知れます。さらにはソフィーとの関係もまたアーサーの妄想であるという事実。「尾行したでしょ」とだけ言いにくるのには変な人だなあとは思いましたが、ということはステージを見ながら笑っていた彼女は存在せず、そう思い込まなければ耐えられないほどスベりまくっていたということ。背筋が粟立ちます。しかもアーサーはこの幻の彼女に、殺人ピエロ=自分のことを「この街のヒーローよ」とまで言わせているのです。父に拒否され、母に騙され、彼女を失い、ヒーローになりたい思いまで幻と消えたアーサーが辿る道は、もはやヴィランしかない。そうしてマレーの番組に出ることになったアーサーは髪を緑に染めるわけです。

アーサーがジョーカーを名乗るに至る要因はいくつもあります。貧困、孤独、暴力、笑いの病、心の闇、詭弁、裏切り、失望、そして絶望。それらは狂気となってアーサーを蝕み、あるいは解放していきます。自身を形作った母を殺し、きっかけとなった銃を押し付けた同僚ピエロを殺す。小人症の男には親切だったから逃がすと言いますが、届かないことを知りつつ鍵をかけたことからも暴力を見せつけての恐怖を与えているわけです。そしてマレーの番組で道化のメイクで躍りながら登場、ついにはテレビの前で撃ち殺す。でも撃つまでの間に持論はキッチリ披露し、その狂気へ共感まで抱かせた上で殺すんですね。ただ、そこまで演出を効かせた凶行には、これは本当に狂気なのか?という疑問がわきます。アーサーは「人生が悲劇か喜劇かは主観」だと、善悪だってそうだと言います。元々歪んでいたのが、見方を変えたことで本当の姿になったのだとしたら、そこにあるのは共感と言うより恐怖です。我々はジョーカーの誕生というより覚醒を見せられていたと言えるでしょう。ホアキン・フェニックスは表情や台詞回しはもちろん、歪んだように見える体つきや踊るときの幻惑的な動きなどの身体性に至るまで、実は最初からジョーカーだったのでは、と思わせるに十分な存在感。最初にアーサーの前に画面一杯のタイトルがドーン!と出るのからもそれは窺えます。

この話をジョーカーでやる必要はあったのか、という点では、半分コミックという寓話性とリアルな世界の不安定さはかえって良いバランスだし、誰もがヴィランになり得るという可能性、ヴィランとヒーローが紙一重である危険性などで意味はあるかと思います。むしろ歪みの覚醒という点で、ジョーカーというヴィランでしかこの話はできなかったでしょう。一応舞台がゴッサム・シティであることは明言されているし、アサイラム州立病院とかも出てくるし、ブルース・ウェイン少年のボディガードかと思ったらあれは執事のアルフレッドだそうだし(大胆すぎるアレンジ!)、意外とバットマン世界とも絡めてきてますね。そして破壊と破滅のヒーローとしてアーサーは街の暴徒たちに担ぎ上げられ、悪のカリスマとして車の屋根に立ち上がるのです。

ただ本作が厄介なのは、ラストシーンが精神病院に放り込まれたアーサーであること。「ジョークを思い付いた」と言ってウェイン夫妻が暴漢に襲われ死亡する場面が映りますが、これが事実ならバットマンを作ったのは間接的にジョーカーだったことになり、バットマンとジョーカーの因縁がさらに深まることになります。そしてもしこれが妄想なのだとすれば、本作はまるで最初から最後までアーサーの妄想であり全ては病院で語った夢物語だった、という可能性まで出てくるのです。観る者によって捉え方が変わってくる作りは意図的なものでしょう。トッド・フィリップス恐るべし。ラストには血の足跡を残すという不気味さがありつつ、ドタバタ喜劇のように終わるという軽さがありますが、『キング・オブ・コメディ』でも全く同じようなカットがあったことを思い出してかえって戦慄するのです。

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