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2019
10.02

幸運な出会いと、出会えた幸運。『アイネクライネナハトムジーク』感想。

Eine_kleine_Nachtmusik
2019年 日本 / 監督:今泉力哉

あらすじ
あ、佐藤。(呼び捨て)



仙台駅の前、仕事で街頭アンケートを集めていた佐藤がたまたま出会った女性、紗希。友人の一真に劇的な出逢いなどないと諭されていた佐藤だったが、その後も街なかで紗希の姿を探してしまう。そしてついに紗希と再会するのだが……。伊坂幸太郎の同名小説を映画化した恋愛ヒューマンドラマ。

ちょっとしたきっかけでアンケートに応えてくれた女性・紗季と出会った佐藤、佐藤の親友である一真とその妻で佐藤の元同級生である由美、佐藤の同僚で妻子に逃げられた藤間、由美の友人で電話で話すだけの男に恋する美容師の美奈子、といった人々が巡り会い関係を築く様を、10年の歳月と共に描く群像劇。原作は伊坂幸太郎の連作短編集で、このタイトルはモーツァルトの楽曲名からですね。「出会い」というのを一つのキーワードとして、その出会いについてのわりとわかりづらい問いが投げ掛けられるんですが、そこに状況や台詞を重ね、歌で繋ぎ、時を越えて答えていく、という形になっています。最初こそ取っ付きづらいですが、いくつかのエピソードが徐々に絡みだし、やがてこれでもかと交わっていく楽しさは絶品。

佐藤役は『進撃の巨人 ATTACK ON TITAN』三浦春馬。少し頼りない感じを醸しつつ、ちょっとした仕草や表情で悩める若者を表現。佐藤の出会う女性、本間紗希役は多部未華子。しっかり自分を持った女性という印象で、なおかつとぼけたキュートさもあって惚れずにいられませんよ。手にシャンプー!織田一真役は『ちはやふる』シリーズの矢本悠馬で、威勢がよいものの適当臭いのがハマってます。その妻である由美役の森絵梨佳は穏やかで素晴らしく心が広く、これまた惚れます。ほか、美容師の美奈子役の貫地谷しほり、ボクサーのウィンストン小野役の成田瑛基、佐藤の会社の藤間役に原田泰造、久留米役に『十二人の死にたい子どもたち』萩原利久、織田の美緒役に『散歩する侵略者』恒松祐里といった布陣。

監督は『愛がなんだ』の今泉力哉、ちょっとした演出で人物も心情も描くのが見事です。また劇中で不思議な役割を持つ主題歌「小さな夜」を始めとした音楽をシンガーソングライターの斉藤和義が担当。劇的な出会いなんてないと言いながらそれを物語では否定せず、一見劇的じゃなくても後から沁みる出会いもあり、あらゆる人々が化学反応を起こしていくのを10年の歳月を経て綴ります。あの人を軸にした諦めない終盤には泣けますよ。とても素敵な群像劇。

↓以下、ネタバレ含む。








前半に何度も出てくる出会いに関する問いかけ、出会ったことを幸運と思うのではなく後からあの出会いがラッキーだったと思えるか、というやつですが、わかるようで正直最初はピンとこないですね。仮に同じタイミングで別の人と出会っていたらどうだったか、それでも今の人と出会えて良かったと思えるか、というのを、独身彼女なし若干社畜の佐藤の目を通して、また佐藤自身の出会いを通して描かれるわけです。要は、大切なのは出会いそのものか出会った人か、ということですね。一真は劇的な出会いなどないと言いますが、それは奥さんの由美との今の生活が満ち足りているということでもあるでしょう。子供もいる部屋にエロビデオを放置してても怒られないとかなんておおらかな家庭。でもそんな一真が由美の妊娠を知ってすっぱり大学辞めて働き出した、という話は端から聞けば泣けてくる劇的さだったりします。それにしても矢本佑馬、居酒屋店員が似合いすぎててスゴいし、あの髪型の似合わなさもスゴい。一方で佐藤も路上のシンガーの前でたまたま歌を聞いていた紗希にアンケートをお願いしつつももうひと押しが足りず、でも車で移動中に再会したときに自らチャンスを掴みに行きます。でもそのとき自分が劇的だ、なんて思ってないわけですよ。

つまり劇的かどうかなんて客観視されないとなかなかわからないもの、ということですね。藤間が「笑うよ」と言う妻との出会いも落とした財布を拾ったというもので、佐藤からすれば劇的なわけです。ただし例外も描かれていて、美奈子とウィンストン小野のなれそめについては、これ以上ないほど劇的。このエピソードがアクセントになり、庶民代表の佐藤と有名代表のウィンストンを軸として人々が絡み合っていき、後半のスリリングさにも繋がっていくんですね。ちなみに佐藤だけはフルネームが明かされず主人公なのに「佐藤」のみ、というのが、誰にでも起こるドラマの象徴でもあるのでしょう。この佐藤くん、奥さん出ていった藤間に対し「出会ったのが奥さんでよかったか」とか「どんな出会いをしたのか」とか聞くの、わりかしデリカシーないと思うんだけど、でもこれが最後に「実はわざと財布を落とした」というさらに劇的な話へ繋がるのでなかなか侮れません。

そんな佐藤と紗希が付き合い始めるまでの前半から、不意に10年後に時間が飛んで驚く後半。この10年の経過によって、出会いなのか出会った人なのかという問いに対し、前半が伏線として回収されていきます。劇的な出会いを手にした佐藤は、積み重ねてきた時間に甘えてプロポーズするも見事に失敗、食卓に座る二人の姿はいたたまれず、一人になった佐藤が食器を洗おうとして洗剤がカスッてなるのがやるせない。かつての藤間のように会社を休むことにした佐藤ですが、このような似た状況が繰り返されるというのが後半の特徴で、ウィンストンの試合が再び行われるというのからしてそうだし、いまだにエロビデオを見つかる一真や、踏み折られる木の枝というちょっとしたシーンなどが繰り返されます。後半には久留米と美緒というフレッシュコンビが登場しますが、久留米がウィンストンの試合結果で告白を決めるというのも前半をなぞっているし、電話で謝る父親を見て「歯車は嫌だ」と言っていたのに自転車シール泥棒を押さえるときは「すみません」と謝っちゃうしと、やはり繰り返すんですね。美緒を救うために父が取った手段は波風立てずに場を収めるという極致なのがかえって感動的で、挙げ句息子も同じ手を使うというのが微笑ましい。そこで「好きです」とか言っちゃ台無しですが。というか君の方が命知らずだと周りは思うぞ。

そしてウィンストンの試合会場では、かつて藤間と共に観戦した娘の亜美子が再び試合を見ることに。そしてあのときの耳の不自由な少年、彼はきっと成長して出てくるだろうとは思ったものの、木の枝を折るとか「大丈夫」の手話とか、まさかあんなドラマチックに現れるとは泣けますよ。なぜウィンストンが少年を覚えていたのかと言えば、きっと少年の姉の「期待させないで」という辛辣な言葉が何よりも堪えたからでしょうね。一方の佐藤は、あのときと同じように試合の様子が流れる街なかで、あのときと同じ路上シンガーの歌を聞いているときに紗希の姿を見かける、というのがまた当時を再現したかのよう。さらにバスを追いかけて走る姿に、車から降りて紗希のいる工事現場に走った姿が重なります。バスに追いつきそうになったところで一瞬下の方を見るので何かと思ったら、転んだ子供を助けに戻る佐藤。その後紗希が自らバスを降りてきたのに、言いたいことだけ言ってまたバスに乗せる佐藤。ぐだぐだだったプロポーズに比べて何という清々しさ。三浦春馬の満面の笑顔が眩しいです。

佐藤は美緒(今でも佐藤呼ばわり)に「出会った人が紗希でよかったか」と聞かれて止まってしまいます。それは自分の気持ちを答えられなかったからなのか?むしろ10年経った流れで独りよがりに結婚を言い出した自分の愚かさに気付いて絶句したからなのかもしれません。そしてやはり紗希でよかったと思えたからこそ彼女の思いを待とうとしたのでしょう。そして紗希もまた、佐藤が転んだ子供を助けるような人間だと思い出したのかもしれないですね。出会いから時間が流れて今になったのではなく、その人と出会ったから今がある。最後の「いいんですか?」「だめですか?」という繰り返しがまたじんわりします。

キャスト陣の魅力の引き出し方が上手いです。主要な人以外も、MEGUMIの大きなお世話感や濱田マリのお見通し感、柳憂怜のへりくだり感など絶妙。仙台ということでサンドウィッチマンのそこで出るか感なども面白いし、亜美子が美緒と友人だったり、亜美子とあの少年が接触したりと、様々なところで繋がったりすれ違ったりしてるのが愉快。そして最後は若い二人がかつての佐藤たちのようにあの人の歌を聴いているんですね。10年前と変わらず歌うあのシンガーは妖精さんか何かじゃなかろうか?とさえ思えます。原作が斉藤和義からのインスピレーションで書かれたというのが活かされてるようですが、物語を俯瞰する大きな視点のようでもあるし、その歌がエンドロールに繋がって締めるというのもイイです。難を言うなら空腹で観て美味そうな食事シーンがツラかったのと、イイ話すぎることくらいですよ。繰り返し観て癒されたくなる一本です。

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