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2019
09.28

星の彼方に見たものは。『アド・アストラ』感想。

Ad_Astra
Ad Astra / 2019年 アメリカ / 監督:ジェームズ・グレイ

あらすじ
父を探して十二億里。



宇宙飛行士のロイは、16年前に地球外生命体の探索のため宇宙に旅立ってから消息不明の父親が生きていると軍上層部に告げられる。しかも父が太陽系に甚大な被害を与えている可能性があると聞いたロイは、父へメッセージを送るため火星へと向かうが……。ブラッド・ピット主演のSFサスペンス。

地球外生命体を探索するため遥かな宇宙へと向かう「リマ計画」、しかしその宇宙船が消息を絶って16年。あらゆる電気系統を破壊するサージと呼ばれるエネルギー波が地球を襲い、それに行方不明となった宇宙船が関わっていると判明。船長であるクリフォードの息子で自身もまた宇宙飛行士として活動していたロイが、サージを止めるため父を探すミッションへと旅立つ、という話。あらすじだけ聞くと宇宙探索ミステリーかと思うんですが、これはある意味モンスターの出ないSFスリラーです。『ファースト・マン』『ゼロ・グラビティ』『インターステラー』のようなリアルな宇宙描写のなか途切れない不穏さが続き、そのなかで突如放り込まれる想定外のスリルには震撼。ロイが目にするのは深宇宙へのロマンか、現実からの逃避なのか。そして父に抱くのは理解なのか反発なのか。『2001年宇宙の旅』を彷彿とさせる深遠さを漂わせつつ、図らずも自己探求へと進む内省的な物語をスケール感で包み込みます。

ロイ・マクブライド役は『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』ブラッド・ピット。感情を抑えながら今にも決壊しそうなブラピの演技には引き込まれます。ブラピが宇宙へ行くのは何気に初ですね。ロイの父で知的生命体探求に人生を捧げたクリフォード役として『メン・イン・ブラック』シリーズのトミー・リー・ジョーンズがさすがの重みを見せてくれます。ロイの妻役にはお久しぶりの『ロード・オブ・ザ・リング』リヴ・タイラー(予告でアン・ハサウェイと勘違いしてた)、ヘレン所長役にどこかで見たと思ったら『エージェント・オブ・シールド』のルース・ネッガ、プルーイット大佐役に『ハンガー・ゲーム』シリーズのドナルド・サザーランドです。

宇宙の静けさより宇宙だから聞こえる音、宇宙服の中で響く音などが独特の緊張感になっているし、地球から海王星という途方もない距離が孤独と後悔をも際立たせます。そしてエリート宇宙飛行士として人類の発展のために働く男が、個人的な思いから取る行動の結末。安易な感動ものに走らず、予想外のアクションも色々あって、大変面白かったです。

↓以下、ネタバレ含む。








トータルではわりと静かめに、なんなら淡々と進むんですけど、そんななかで突然に、しかも宇宙空間で起こるピンチやトラブルのスケールがとんでもないので、強弱の落差が半端じゃないのです。冒頭の宇宙アンテナ、爆発してヤバいから離れた方が、と思ったら「落ちる」というのにたまげます。大気圏近くの引力がある宙域ということなんですね。超高高度からの落下に加えパラシュートが破片で破れるという、のっけから死にそうな主人公にこの後の苦労を予感します。既に多くの人類が居住する月では、地球を離れてまでも国同士での争いがあるという人間の醜さを見せつけながら、ちょっと今まで見たことないような月面でのバギーチェイスという『マッドマックス 怒りのデス・ロード』なシーンも凄い。火星に向かう途中では、救援信号に応じたばかりに生体実験の猿に食いちぎられるケフェウスの船長、という修羅場。モンスター出ないと言いましたがあそこはちょっと『エイリアン』でした。さらには海王星に向かう船に乗り込むときの、もう点火してるよ!というギリギリ感。点火前に乗り込んだら発射されないからでしょうが、もっとこっそり忍び込む手段でもあるのかと思ったので肝が冷えます。

ロイは任務のためにあらゆる感情を殺し、常に冷静でいることに努めています。それが常態となり、本心を表に出さないことで人としての温度が下がり、妻も家を出て行きます。だからとっくに死んだと思っていた父が生きていると聞いたときも、本当に父に会いたいのかと自問するんですね。ケフェウス船長の死後、襲ってきた猿に「怒り」を見たロイは、それが父も抱えていたものであり、父への思いとして自分も持つものであることが明かされます。任務遂行のため乗組員を皆殺しにしたという父に、それでも会いたいか。会いたいのだ、ということが、父へのレーザー通信で書かれた文章ではなく自分の言葉で話すロイから窺うことができます。ことあるごとに行われる心理検査に、任務を外されて初めて引っ掛かりますが、この心理検査によりそんなロイの内面が語られていくと同時に、検査をスルーすることが一線を越えることにも繋がるんですね。あの検査は父親への怒りと動揺を告白したときはクリアできたので、任務に疑問を持ってないかという意味合いがあるんでしょう。要は宇宙飛行士は感情を捨てるべきというロイの枷を示すものでもあります。

映像的には結構アップが多いんですが、そこから一気に引いた画に変わって広大な月面や宇宙空間が映ったりして緩急があります。まあブラピだからアップに耐えられるというのはありますが、トミー・リー・ジョーンズも生気の抜けた表情や眼光鋭く変貌するアップかあったりして、この連続性もあって二人が似て見えるんですよ。この二人が親子というのはハマってます。また火星生まれの所長がロイのいる安らぎの部屋に来たときに周囲が海の映像に切り替わったり、彼女の両親がリマでクリフォードに殺されたという話に呼応するように画面が赤く変わったりと、この二人の対峙もスリリング。ケフェウスで旅立とうとする乗組員たちがロイの呼び止める声に全く反応しないのが不気味だったり、ロイがリマに乗り込んた際には死体が浮かぶ船内に怪物と化した父を予期させたりもして、不穏さを募らせる演出が随所で効いています。全体的に音楽はわりと流れるので宇宙空間の静寂の怖さというのは低いですが、どこかからくぐもって聞こえる音に「なんだ?」とビビるような使われ方があったりしますね。

クリフォードは知的生命体を探すという目的が執念となり、やがて狂気へと至ったのでしょう。近くにあるものが見えなくなり、乗組員を排除してしまいます。彼がそうなったのは宇宙の彼方ばかりを見て無に飲み込まれたからなのか、偉業を成し遂げようという妄念からなのか。しかし「家族のことを考えなかった」と言う父に、それでもロイは怒りよりも一緒に帰ることを提示します。ここに来るまでにロイもまた直接的間接的に人を死なせており、ケフェウスで図らずも孤独となってしまったロイは、父の中にも言い知れぬ孤独を見たのでしょう。しかし力なく従っているかと思われたクリフォードは「二人で成し遂げよう」と言うそのときだけは目に生気が宿るのです。船外に出て帰ろうとするなか、ロイの背後で不意に向こうへ飛んでいく父には呆然。そしてロイは、父がもう元には戻れないことを悟るのです。

宇宙に放り出される二人はとんでもなくスリリングですが、宇宙空間での移動にスラスターなどを使ってるようには見えないのがちょっと気になります。そういう微妙にリアルさを欠いた描写はちょくちょくあって、板を構えて飛ぶのなんてちょっとモビルスーツみたいだし、周回してるケフェウスに戻れたのも都合よいなとは思います。ただ本作はそういうリアル描写にこだわるより、場合によっては感情優先で描いてるようにも思えます。それは43億キロの旅をして再会した父親がただひたすら孤独であり、それを見たロイが生きること、愛することを選ぶということに焦点を置いているということなのでしょう。タイトル「ad astra」=「星の彼方へ」はラテン語の格言「Per aspera ad astra」=「困難を乗り越えて目的に辿り着く」から取られているようですが、ロイにとってはゴールではなくむしろ新たなスタートになっているのです。

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