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2019
08.13

人形は激しく戦い、密かに語る。『マーウェン』感想。

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Welcome To Marwen / 2018年 アメリカ / 監督:ロバート・ゼメキス

あらすじ
最後に「E」は付かない。



写真家のマーク・ホーガンキャンプは、人形を使ってホーギー大尉と5人の女性エージェントがナチス親衛隊と戦いを繰り広げるという空想世界「マーウェン」を作り、その様子を撮影して評価を得ていた。しかしそこにはマークが過去に受けた暴行という事実が絡んでいた……。実話を元に描くヒューマン・ドラマ。

2010年のドキュメンタリー『マーウェンコル』を元に、5人の男たちから暴行を受けて瀕死の重症を負ったマーク・ホーガンキャンプという実在の人物を、彼がリハビリのため始めたフィギュア撮影という虚構の世界と、向き合うべき現実の世界を行き来しながら描くドラマです。マークがG.I.ジョーやバービー人形、ドールハウスなどを使って自宅内や庭に作った空想上の世界「マーウェン」では、ホーギー大尉とそれをサポートする5人の美女がナチスと戦っている、という体で進むんですが、マークの脳内を映像化したように実際に人形が動き、それが現実とシームレスに繋がっていて、リアルなのに人形という独特の世界にアドベンチャー満載の味付けで誘います。マークの人形へのこだわりが逃避なのか願望なのか判然としないまま進むうちに、やがて明らかになる過去には予想以上の重みが。空虚な喪失と根強い恐怖を、それでも乗り越えようとするマークに共感。ヘイトクライムの怖さと醜さ、人生を狂わされた男の悲哀と再出発が描かれます。

マーク・ホーガンキャンプ役は『バイス』スティーブ・カレル。人形たちをジープのおもちゃに乗せて連れ歩く姿は一見ヤバい人に見えますが、人形たちを撮影した写真が評価され個展を開くほどの写真家。しかし彼には思いもよらぬ障害が残っており、PTSDに苦しんでいるんですね。そんなマークの向かいに引っ越してきた女性ニコル役の『ブリングリング』レスリー・マンが、マークに希望を与える女性として影響を与えます。他にもロバータ役の『バードマン あるいは(無知がもたらす予期せぬ奇跡)』メリット・ウェヴァー、ジュリー役の『ドリーム』ジャネール・モネイ、カラーラ役の『ベイビー・ドライバー』エイザ・ゴンザレス(ダーリン!)、アナ役に『スター・ウォーズ フォースの覚醒』グェンドリン・クリスティー(ファズマ!)、シュゼット役にレスリー・ゼメキス、デジャ役に『イングロリアス・バスターズ』ダイアン・クルーガーなどなどが出演。

監督はロバート・ゼメキスということで『フォレスト・ガンプ 一期一会』が引き合いに出されてますが、むしろ近年の『マリアンヌ』『ザ・ウォーク』『フライト』などの、何かに没頭したりある能力を発揮する人の欠落とその先、というのが本作に通じるものがあります。人形たちのリアルな演技が面白いんですが、そこにはマークの実体験が象徴的に込められているんですね。予期せぬ暴力により人生を奪われ人形の世界に投影する現実、そして現実を乗り越えるために人形たちから受け取る勇気、といったものが響きます。それにしても「アレ」はちょっとズルくないすか?いやアガるけど!『レディ・プレイヤー1』以上にあの映画が観たくなります。

↓以下、ネタバレ含む。








序盤にさっそく登場するスティーブ・カレルが、なんか顔がツヤツヤしてる……と思ってたら、撃たれたナチスがカタリと固まって倒れる音や、女性たちの一人が腕に間接の線があることで、あっ人形?とわかってきます。ホーギー大尉の顔がスティーブ・カレルなのはマークが自身をホーギーに投影してるからで、「マーウェン」のなかでは彼はホーギーズ・ドールズたちと共に勇敢に戦う戦士です。敵がナチスなので一応連合軍の司令官的な立場なんでしょうが、その辺りはあまりこだわらず、単独で悪を倒すある種のヒーローものとなっています。これらはホーギーのように冒険したいというマークの願望の表れだと最初は思いますが、実際はリハビリの一環を兼ねています。町の人々もマークに起こったことを知っているので、端から見れば人形を連れ回してる危ない人なのにみな優しいです。ドールズも実際に存在する人物を元にキャラ造形されているので、ダイナーのバイト仲間カラーラなどは話に付き合ってくれるし、自分がモデルと知っていてその人形に恋人はいないのかとまで言ってきます。

他にも介護士でロシア訛りのアナや、マークに気のある模型屋のロバータ、リハビリを介助するジュリーなども登場。そしてマークは自分に起こったことをすぐに人形たちに反映するので、越してきたばかりのニコルも仲間入り。マークにはハイヒールを集めるという収集癖があり、人形もヒールも受け入れるニコルにホレたマークは、彼女をホーギーの恋人役に抜擢。思いが溢れて、お茶に誘われたときにはいきなりプロポーズまでしてしまいます。このシーンは「まだ!早いよ!ああっ……」と案の定いたたまれない気分に。「マーウェン」の名称は、事件にあって倒れていたマークを救った女性ウェンディとマークの名を合わせたものだと語られますが、後に「マーウェンコル」に改名することを考えるとウェンディにもプロポーズしたのかもしれないですね。他にもジュリーの「痛みを愛する」という台詞が使われたりもしますが、なぜ敵がナチスかというのも、マークを襲った男の腕に鉤十字のタトゥーがあったから。そういう意味では「マーウェン」はマークの心象風景そのものでもあり、現実と虚構がシームレスに繋がるのも納得です。

最初は事件のことはあまり語られず、マークがニコルに話すことで徐々に真相が明かされていきます。大勢に袋叩きにあって昏睡状態、目覚めたときには記憶喪失になっており自分の名前さえもわからず、歩くこともできない障害を抱え、PTSDに苦しんでいる。アルバムにある「僕は結婚してたらしい」という言葉の意味もそこでわかります。イラストレーターの仕事もできなくなり、まさに人生を失ったわけです。それは自分という存在を実感できないことにも繋がるのでしょう、故に彼は言い知れない孤独を覚え、ホーギー大尉をドールズの誰ともくっつけないのも「どうせ一人になるから」だと言うのがやるせない。そして暴力の記憶は、裁判で逃げ出すほどの恐怖を彼に植え付けたのです。

暴行の原因は特定の属性を持つ者への偏見と嫌悪で引き起こされるヘイトクライムであり、ハイヒール収集をバカにされて言い返したがために起こったというのもキツいところ。マークはヒールに女性の本質があると言っており、ドールズについて女性たちはこの街の守護者だとも述べています。それだけ女性への崇拝の念が強いだけなのです。人の志向を上辺の異質さだけで貶すことの愚かさが事件に結び付いているのが怖いところ。そんな恐怖の記憶を封じ込めたナチス人形を倒すことで現実を乗り越えようとするものの、ナチスは何度でも甦る。そしてマークは「悪いのは自分だ」と負けそうになり「一人ぼっちはいやだ」と折れそうになります。その根幹にあるのがベルギーの魔女と呼ぶ人形デジャの存在であり、デジャにだけはモデルはいないと言いますが、それはマーク自身の運命の象徴だからなのでしょう。ナチス兵を操り、ウェンディを一万五千年の未来に連れ去って、マークを支配し孤独と恐怖を与える者。デジャを倒すことこそが運命に打ち勝つことであると悟ったマークはついに最後の戦いに挑むのです。

運命を倒すことはできない、だからタイムマシンで遥か未来へ葬り去るしかなかったのでしょう。ゼメキスということでタイムマシンがデロリアンになるというのは嬉しいファンサービスだなあと思っていたら、まさかちゃんと乗って、宙に浮かんで、しかも車輪跡を残して未来へ飛ぶところまで再現するって、ちょっとやりすぎじゃないですか!?そもそも音楽もアラン・シルベストリだし、こんなん今すぐ『バック・トゥ・ザ・フューチャー』観たくなるに決まってますよ。正直ノイズだとは思うんだけど、でもBTTF大好きなので許す(チョロい)。ともかくデジャを倒したマークはホーギーたちに見守られ、裁判の陳述を最後は用意された紙さえ見ずに意見を述べるまでに。ここで犯人たちが後悔で半泣きなのが映ることで、彼らが不死身のナチなどではなかったことがわかるのです。

人は誰しも悩みや苦しみがあり、明るく振る舞うニコルでさえ子供を失っているらしいということが暗に示されています。マークが「現実は愛を見つけられない者もいる、写真のなかだけでも幸せがあっていい」と言うのは、自らがそこに救いを求めながら、それをステップと捉えて乗り越える勇気を得たからであり、自分が一人ではなかったことを知ったからでしょう。マークがロバータの誘いを避けていたのは彼女が眼中になかったというよりは「どうせ一人になる」という諦念があったからで、他者の好意を受け入れられるようになったことでスシに誘うことができるようにもなる。失ったものは取り返せない、でも前に進むことはできる、という希望的な結末に救われます。

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