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2019
07.29

生み出された命の意義。『ミュウツーの逆襲 EVOLUTION』感想。

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2019年 日本 / 監督:湯山邦彦、榊原幹典

あらすじ
誰が作ってくれと願った。



とある研究所で伝説のポケモン、ミュウの化石から新たに生み出されたポケモン、ミュウツー。自身の存在理由も分からず兵器としての実験を繰り返されたミュウツーは、やがて憎悪のために人間への復讐を開始する……。3DCGで描くポケモン映画。

ポケモン映画シリーズ第1作として1998年に公開された『劇場版ポケットモンスター ミュウツーの逆襲』を、フル3DCGでリメイクしたアニメ映画。人間のエゴによって生み出された伝説のポケモン、ミュウツーを中心に、おなじみサトシとピカチュウのコンビが活躍します。オリジナル版は未見だったので比較はできないんですが、今まで何作か観た2Dアニメの劇場版と違ってフル3DCGというのはさすがに若干の違和感がなくもないです。とは言え3DCGを活かした空間の奥行きとかバトルの迫力といった辺りは新鮮味もあり、楽しんで観ました。物語はミュウツーという作られし者の悲哀に、命懸けの戦いのなかポケモンとの絆というものが描かれて、これが予想外に重くて深い。それこそ「フランケンシュタインの怪物」まんまだし、あるいは『ジュラシック・パーク』のような、命を作り出すということに対する倫理的なテーマとなっていて、これが最初のポケモン映画だったのかとちょっと驚きます。

オリジナルの劇場版第1作でミュウツーの声を演じた市村正親が再びミュウツー役を演じているのが、20年経ったいま再びこの物語を描くという意義にも通じていると言えるでしょう。サトシ役の松本梨香、ピカチュウ役の大谷育江といったレギュラー陣はもちろん、ミュウ役に山寺宏一、ボイジャー役にしょこたんとコラボした主題歌も歌う小林幸子といったゲスト陣もオリジナル同様に起用。これまでもポケモンアニメを手がけてきた湯山邦彦と、『ルドルフとイッパイアッテナ』でも共同監督を務めた榊原幹典が監督。

3DCGにしたことで、比べる気はないのにどうも『名探偵ピカチュウ』のモフモフ具合と比べそうになるというのは弊害かもしれません。ただ実写でなくあくまでアニメなのでそこは割り切って観ましょう。ポケモン初心者でも何となくわかるような作りになってるので、ここからポケモンに触れるのも良いかと思います。

↓以下、ネタバレ含む。








『名探偵ピカチュウ』に比べるとちょっとのっぺりした印象を受けますが、実際は細かい毛なみなども描いているのでそこまでツルツルしてるわけではないんですよね。あっちがモフモフすぎるんです(その方が実写にマッチしてたし)。むしろポケモンより人間のキャラが3DCGになったことで2Dアニメよりちょっと作りもの感があるかなあ。そこまで気になるほどではないですが。序盤でポケモンバトルのやり方を見せつつ、キャラ紹介もスムーズにやるのは上手いです。ゼニガメでカイリキー倒すとかどんだけレベル高いんだとは思うし、あとジャック・スパロウみたいなトレーナーは何者?とは思いますが、まあご愛敬。『劇場版ポケットモンスター キミにきめた!』『劇場版ポケットモンスター みんなの物語』といった近年のポケモン映画には出てなかったカスミやタケシといった古株キャラが出るのも、往年のファンには嬉しいところじゃないでしょうか。あと多くのポケモンが登場するのも見所。ただ終盤のコピーとの戦いではいちいち全ポケモンを映すので、ちょっとテンポが悪くなってる気はします。

物語は作られたポケモンであるミュウツーが覚醒するところから始まるわけですが、人の手により作り出された生命が自己の存在意義を問うというのが重いです。能力のある者が研究対象とされたり、武力として酷使されたりといったところは『X-MEN』的でもあり、それが力を使って人間への復讐に燃えるという、創造の神ぶった人類の過信に対する警鐘でもあるわけですね。「誰が生めと頼んだ。誰が作ってくれと願った」というミュウツーは、他のポケモンのコピーを作って「作り出された生命」の軍団を生み出し、その是非を問うているかのよう。コピーとは要するにクローンでありSFでは何度も語られてきた題材ですが、ポケモンたちにとっては自分自身と戦うことになるわけで、その重さをポケモンに担わせるというのがまたヘヴィです。ピカチュウがコピーピカチュウに殴られ続けるのとかツラい!考えてみればポケモンバトルはトレーナーの指示があるとしても戦うのは常にポケモンなわけで、その構図がより際立つのも意味深。しかもミュウツーはポケモンを使役するポケモンという新たな種族でもあるわけで、これはなかなかのハードSFですよ。

でもそんな殺伐とした展開から一気に本来のポケモン世界に戻すのが、他ならぬサトシです。ポケモンの攻撃を自ら受けるというムチャさで石になり、ピカチュウが必死で電撃を与えるのが泣けるんですが、それが結果的にポケモンたちの涙を誘い、石になったサトシを元に戻しつつ争いを止めるわけですね。ポケモン友だち派のサトシはときに稚気とも言える無邪気さが危なっかしいんですが、友だち宣言はもはや信念でもあるということを示すエピソード。ゲットだぜ!とか調子こいて言ってるわけではないのです。また、ミュウツーの元に現れる全てのポケモンのはじまりと言われるミュウが、全てを終わらせようとするミュウツーと対峙するというのがある種の円環の様相を呈しており、ここにサトシが割って入ることで不毛な循環を止めるんですね。それこそ「清らかな心と、会いたいと強く願う気持ち」という条件をサトシが満たしたからこそミュウは現れるわけです。つまり、サトシってスゲーな!という、主人公をまさに主人公として描いている話でもあるんですね。

ミュウツーがサトシたちの記憶を消して姿を隠すのは、たとえコピーでも命は命であると悟ったからでしょう。エスパータイプだからできる荒技ですが、ラスボスでありながら深い背景を持つミュウツーならではの帰着とも言えます。ハリウッドでの実写化にも登場するほどいまだ人気があるのもわかろうというもの。アーマードミュウツーはちょっと世界観違う気もしますが、ポケモンには珍しいメカメカしさがイカすので良いです。そしてピカチュウはやはり可愛いピカ~。というわけで、自身の存在理由を問う重々しさがありながらも爽やかに締めてその先のポケモンの物語に繋げる辺り良くできていると言えるでしょう。子供の頃にオリジナル版を観た人が大人になって鑑賞し、その深さに気付くというのもありそうで、受け継がれていく作品の深みを感じます。

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