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2019
06.13

見つめながら、告げる別れ。『さよならくちびる』感想。

harureo
2019年 日本 / 監督:塩田明彦

あらすじ
ハルです。レオです。ハルレオです。



インディーズで活動する2人組女性ユニット「ハルレオ」のハルとレオがユニットの解散を決定。二人はサポート役であるローディのシマと共に、日本7都市をまわる最後のツアーに出発する。複雑な思いを抱きながら全国を巡りステージを重ねる三人だったが……。塩田明彦監督による音楽青春ムービー。

ハルとレオという二人の女性ユニット「ハルレオ」。共にギターを弾きながら歌うというスタイルでインディーズシーンで活動してきた二人が、どうやら解散するらしい、というところから物語は始まります。彼女たちのローディー兼ドライバー兼バックミュージシャンであるシマと三人で最後のツアーに出向くことになるハルレオ一行。ハル、レオ、シマそれぞれが複雑な感情を抱えながら7つの都市をまわっていきます。終わりへ向かう旅、埋まらない溝、それでも息のあったステージ。何気ないようでいて無言でぶつかる感情や、決定的な亀裂を感じさせながらも近付いたり遠のいたりする距離感の妙で、やるせなくせつない三人の物語に見入ってしまう。ある種の別れを描くので重さと言うか閉塞感もあるんですが、二人の過去と今が錯綜して見えてくる感情が良いです。あと楽曲もとてもイイ。

レオ役は『恋は雨上がりのように』小松菜奈、ハル役は『太陽』門脇麦。この二人がダブル主演というだけでかなり期待値が上がるんですが、色々こじらせながらも自分らしさを捨てられず、傷付け合いながらそれでもステージでは輝く、という関係性を見事に体現してます。もうね、ハルレオのローディーになって全国回りながら色々とめんどくさい目に遭いつつも、ステージ脇でタンバリン鳴らしたりギター爪弾いたりして二人の歌う姿を後ろから見続けるのも悪くないな、と思ってしまう魅力があります。と言うか小松菜奈と門脇麦をサポートする人生……至福か……そんな至福(実際はかなり大変そう)なシマ役である『スマホを落としただけなのに』成田凌の怪しげだったり誠実だったりする姿も良いです。

秦基博がプロデュースしたりあいみょんが曲提供したりといった「ハルレオ」が歌う楽曲はどれもイイ。『小さな恋のうた』でもそうでしたが、ちゃんとその人たちの曲になってると感じられるのが良いですよ。二人の歌声もスッと入ってくる感じで好印象。誰に言われたわけでもなく二人で始めたユニットなのになぜ解散なのか、そしてなぜ歌うのか。手にした居場所が変わる寂しさと、前へ進もうという足掻き、手離せないものの大きさ。実在するライブハウスを巡りながら、歌を通して若者たちのちょっと苦い青春を描くロードムービーです。

↓以下、ネタバレ含む。








序盤の車の中からハルとレオの関係は最悪。互いに飲食禁止だの禁煙だの言い合うも、直接相手に言わずシマを通してというのに、もう話もしたくないという末期状態なのが伝わります。シマはどちらとも付かず離れずという感じですが、冒頭にハルを迎えにきて車まで行くだけなのに二人が一緒に歩かないというように、シマとの関係までギスギスしてます。で、結構これが延々と続くのでなかなか重い。解散から始まるせいかツアー先で歩く街並みもどこか寂れた感じのところが多いです。二人とも喫煙者で特にハルがヘビースモーカーなので、まとう煙が心の鎧のようでもあります(車の窓開けようよ、とは思う)。そんな冷えきった関係のなか、時折無言でぶつかる感情がかえって雄弁で、スタンドでずっと見てるナンパ野郎に対する態度の違いとか、同じ方向に歩き出したら競うように早足になるとか、デュオなのに憎しみ合っているかのよう。でも本当に憎み合っているのか、と言えばそんなわけでもなさそうで、レオがハルにプレゼントのブレスレットを渡したり、解散の日にハルがそれを身に付けていたりするし、ハルがレオのことを「約束だけは守る」と言ったりもする。ではなぜそうなるに至ったか、ということも描かれていきます。

元々はハルがレオを誘ったわけですが、それはバイト先のクリーニング屋でどやされてふてくされるレオに声をかけたのが始まりであり、ハルが一から教えるようにレオはギターなんてやったことはなく、つまりはレオその人に惹かれての勧誘だったことになります。一目惚れに近いものだったんでしょう。ハルは女性が好きだということからくる疎外感で自分を押し込めてきた経緯があり、それが曲を作る原動力になっている表現者。MCが独特(あとちょっと長い)なのも、溢れてくる思いを伝えたい感があります。そんなハルだから自由なレオに惹かれたというのは、ホームレスのマッサージを受ける女性(モンモンあり)がレオに見えたことからも窺えます。コインランドリーの前でアスファルトをスコップで掘ろうとする少女がレオと名乗るのも、レオの稚気が投影されたものなのかも。でもレオのことが好きだからこそ一線は越えまいとするハルはなんともせつない。

レオは何度も言う「バカで何が悪い」というのが彼女の生き方でもあるんでしょうが、見事に悪い男ばかりに引っ掛かるのもあって、人から優しくされるということに飢えているように思われます。ハルの家でカレーを食べながら泣き出すのなどは顕著。食事シーンは終盤に喫茶店で食べながらハルが泣き出すというのと対になってますね。二人で路上で歌ったり、曲作りをするハルをレオが後ろから眺めていたりと仲良しだったのに、なぜ解散に至ったのか。その一端は「ハルのためならなんでもするよ」と言ったレオに対して、ハルが心を閉ざしたからというのがあるのでしょう。ハルに想いを寄せながら告白できないシマに「勇気が足りないんだよ」とレオが言うのは、実際はハルに一番言いたいことだったのかもしれません。あるいは何のために歌ってるかわからなくなったからか。「わからないなら音楽なんてやめちまえ」と言うハルの言葉がレオの心を突き刺したのかも。

テレビでインタビューする女がハルばかり持ち上げ(あれはウザい)それをつまんなそうに聞いてビール飲んで途中でさっさと去るレオにはハルの才能への嫉妬もあるのかと思いましたが、むしろハルを取られて所在ないから立ち去ったのかもしれません。そんなすれ違いが亀裂となっていったというのが、明言はされなくとも読み取れるような演出が全体的になされています。一方でハルレオとしての二人のステージは楽曲の良さもあってとても染み入ります。実際に歌うのは3曲だけで、それで最後までやりきるのはちょっとばかり強引ですが、何度も繰り返されるので馴染んでくるし、作ってる途中の歌がステージで演奏されたり、女子二人組が歌ってた歌が後でステージで歌われたりと、歌が別のシーンで繋がるのがとても良いです。あの女子二人組は印象深いですね。インタビューで歌いだして泣いちゃったり、レオがサインするところにもいたほどファンなのに、ラストステージは直接見ずに二人きりでイヤホン分けて聴いてたりして、そうなりたかったけどなれなかったハルとレオ、みたいにも見えてきます。歌詞を画面に映し出す演出にはちょっと押し付けがましさを感じたんですが、ジャケ裏に写る二人の後ろ姿の写真がせつなかったり、「あいつらも解散か」と言って車で走り去るバンドマンたちがいたり、ハルレオの存在が二人の知らないところで影響を与えていたことがわかります。

シマは登場時のドバイで云々言ってるウザさからは信じられないほど意外と真面目で、「kill himself」のジャケ裏にあるギターの写真がシマのギターと同じなのを見て「あっ」となるんですが、音楽への情熱というのが人一倍強いんですね。だからこそハルレオのステージを大事に思い、自身は黒子に徹するシマ。ハルと楽屋で二人のときに思わず本心に従ってしまうものの、湖でバラバラになったと思ったら結局みんな集まるように、三人での時間が愛しかったんじゃないですかね。解散したら他人だと必要以上にドライに振る舞うのもその裏返しに思われてきます。突然ハルレオ二人だけで函館に行くことになるのはスリリングなんですが、戻ってきたシマは死んだ一番の親友が「音楽だけはやるな」と言ったのを否定してまで、音楽を肯定するんですね。それはハッキリとハルレオの肯定でもあります。そしてラストの「さよならくちびる」。ありがとう、さよなら、と別れを告げる歌で三人の旅は終わります。

シマの車の前で「目指せ武道館」と笑い合った高架下、そこから始まった三人は、同じ高架下の道であっけなく終わります。別れの言葉さえなく別方向に歩いていくハルとレオ。ああ、本当に終わったんだな……と思いきや、ですよ。そりゃシマだってね、解散詐欺で儲けようとしたと言われないか心配にもなりますよ。感動のステージ台無しですよ。でも湖のときと同じように再び車に戻ってきた二人は、そこが自分の居場所だということを無視できなかったのでしょう。ひょっとしたら解散という名目で互いに依存することから一旦完全に離れたかったのかもしれません。まず何か食べようという、そこには今までの涙に暮れる食事とは違う生きることへの渇望さえ感じられます。旅立ちの歌を車内で歌うハルとレオ、そして微笑むシマの、新たなツアーの始まりが爽やかです。

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