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2019
05.21

動かぬ体と走り出す心。『ドント・ウォーリー』感想。

Dont_Worry
Don't Worry, He Won't Get Far on Foot / 2018年 アメリカ / 監督:ガス・ヴァン・サント

あらすじ
酒は飲んでも飲まれるな。



酒に溺れて起こした自動車事故により胸から下が麻痺して車椅子生活となったキャラハン。周囲に当たり散らす日々だったが、あることを機に断酒会に入り、やがて独自のユーモアを活かした風刺漫画家として新たな人生をスタートさせる。実在した漫画家ジョン・キャラハンの自伝を元にしたドラマ。

故ロビン・ウィリアムズが自らの主演で映画化を構想していたという風刺漫画家ジョン・キャラハンの半生を、『プロミスト・ランド』のガス・ヴァン・サント監督がロビンの遺志を継いで形にしたという実話ベースのドラマです。1972年のオレゴン州ポートランド、酒浸りのジョン・キャラハンは自動車事故で胸から下が麻痺、腕も上手く動かせず車椅子での生活を余儀なくされ、障害者となった自分を憐れみさらに酒に溺れていきます。しかし様々な人と接するうちに変わっていくキャラハン。自己憐憫による怒りと自暴自棄による苛立ちが、自分と向き合い他人を許すことで癒されていきます。時系列を細かく入れ替えることで徐々に核心に迫る作りが面白い。地味で重い話なのに軽快さを損なわず、現実の厳しさやそれへの対処が徐々に染み渡ってくる感覚がスリリングであり、受け入れて前へ進むがゆえの爽やかさもあって引き込まれます。

ジョン・キャラハン役は『ビューティフル・デイ』『インヒアレント・ヴァイス』ホアキン・フェニックス。キャラハンに関するリサーチを重ねて挑んだホアキンは、厭世的な前半から気力をみなぎらせていく後半まで、微妙な表情の作り方などの表現力がさすが。暴走車椅子でカッ飛ばします。キャラハンと恋仲になるアヌー役は『A GHOST STORY ア・ゴースト・ストーリー』ルーニー・マーラで、とにかくもう微笑みの天使という感じで拝みたくなる神々しさ。断酒会を主催するドニー役には『ウルフ・オブ・ウォールストリート』ジョナ・ヒルなんですが、不覚にも最後までジョナ・ヒルだと気付かなくてエンドロールで驚きましたよ。重要なポイントとなるデクスター役は『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』ジャック・ブラックで、この人やっぱ上手いなあというのを改めて感じます。

障害者の受ける差別や性事情、一見スピリチュアルな思考や現実での対処など、色んな見せ方があって飽きさせません。人生に絶望し、体も自由に動かせず腐る一方だったキャラハンが、やがて自分を見つめ直し風刺漫画で問いかけるもの。不幸や偏見を笑い飛ばすことで人生の輝きを取り戻す、希望ある物語となっています。

↓以下、ネタバレ含む。








キャラハンは昼間から酒買って我慢できずに道端で飲んじゃうどうしようもない飲んだくれ、というか手も震えてるので完全にアル中なんですが、半身不随になってもやめるどころかますますエスカレート。そもそも車椅子になったのも、たまたまパーティで出会ったデクスターと意気投合してベロベロになった末の酔っぱらい運転が原因なのに、それでもやめられない。むしろそうなるに至った自己嫌悪と、誰かに頼らないと生きられない自己憐憫、棚の上の酒瓶に手が届かないというストレスのために余計に酒に逃げてしまうわけですね。様々な思いや過去が交錯するため、彼の何が問題なのかというのはなかなか描くのが難しいと思うんですよ。そこをあえて時系列を細かく入れ替えた構成にすることで、徐々に核心に迫っていくわけです。障害者であること、アル中であること、厭世的であること、と遡り、母親に捨てられた孤児であることがわかっていく。これにより克服すべき問題の順番を示していくわけです。

孤児であることはキャラハンから活力を奪う要因でもあったでしょう。世を儚むのも自分だけが不幸であるという思いが拭えないから。そうして酒に逃げて、挙げ句事故ってしまう。そこをあえて同情を誘うのではなくクズとして描くことで突き放し、自分と向き合わざるを得なくなるような構造になっています。それは誰もが陥るかもしれない苦さでもあるんですね。でも突然、肩に手を置く母親の幻影を見たことで断酒会へ行くことを決意します。この幻影がスゴく安っぽいんですけど、そこはあえてなのでしょう。顔も知らない母親が謝っている、じゃあ頑張ろうという傍から見ればちょっとした、でも本人としては根本に関わる大きなきっかけ。それから様々な人に出会い、様々な事情があることを知っていきます。同じ車椅子の女性は当たり前のように明るい顔で公園で踊るし、断酒会の太い女性は自分は心臓ガンだと言いながら憐れみを笑い飛ばします。障害者の顔にまたがる看護師もいれば、裕福さに倦怠を感じるマダムや女性蔑視に歪んだ男もいるのです。

特に独特なのが断酒会主催のドニーです。やたら金持ちで胡散臭いのに、アル中を集めて意識高いというか少々スピリチュアルなことも言ったりします。なぜこんなセラピーを行うのかと言えば、実はエイズである自身に罪の意識があり、他のアル中を助けることで自分も救われようとしていたことが語られます。神を「チャッキー」と呼ぶのは、神を信じろと言いながら自分を殺そうとしている存在とも思っているのかもしれません。またアヌーも不思議な存在です。ベッドに固定されたキャラハンに「ハンサムね」と言うのからして惚れますが、常に微笑をたたえた表情には全てを許してくれるような、悲観することがバカらしくなるような力があります。最初に病院に来たのは患者と会話をするボランティアということなんですかね。実はCAだったというのはさにはブッ飛びます。かつては雨のなか暴走し、壊れた車椅子のことで電話したケースワーカーに見捨てられたキャラハンですが、車椅子にアヌーを乗せて走る姿は心底楽しそう。

元々皮肉屋ではあったキャラハンが風刺漫画を描くことはなんともしっくりきます。一見彼の漫画には黒人への人種差別やレズビアンへの性差別的なニュアンスがありますが、面と向かって不愉快さを訴えるお婆さんに期待どおりの反応だと言うし、女性を恐れる男の本質を言い当てた男には酒をおごったりするように、あえてそれを表面に出すことで問題提起をしているんですね。それは動かない体に苛立っていた頃に比べとても自由な精神だと言えます。彼の漫画がアニメとなって動き出すような、飼っていたネズミがケースから逃げて得たような自由。天国からの誘いが体操選手の姿で見えるというのはユニークですが、あれも自由に動けることの象徴なんですかね。でもその体操選手はやがてドニーにも見えてしまう。彼の病気を知るほどに親しくなっていたキャラハンは逆に彼を勇気付けようとまでします。周囲から受けた諸々を返していこうとするんですね。

そして関わった人々のところへ「許す」ために会いに行くキャラハン。養父母やケースワーカー、そしてついに事故を起こしたデクスターにも会いに行きます。デクスターが全く出てこないのは薄情すぎないかと気になってましたが、顔を見せないのは罪悪感にビビってたからで、彼は救われないまま苦しんで生きていたことがわかるのです。泣きそうになりながらハグをするジャック・ブラックには涙ですよ。そして自分を捨てた母親も許し、最後は自分自身をも許すキャラハン。漫画で賞を獲った受賞後の講演に、関わった人々皆が客席にいるのが泣けます。

企画から約20年の時を経て完成させたという本作、もしロビン・ウィリアムズが主演だったらまた違った雰囲気になっていたかもしれませんが、暴走ぶりにシニカルさに達観してからの変化まで、ホアキンの演技はとても良かったですよ。そしてラストがイイ。キャラハンが漫画を見せた子供たちは同情でも何でもなく、ごく自然に彼をスケボーに誘います。そしてジャンプで転べばしょうがないなと起こしてくれる。バリアフリーというのは心のあり方から始まるのかもなあ、と思うのです。

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