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2019
04.30

時をかける雀師(と五筒)。『麻雀放浪記2020』感想。

mahjong_hourouki_2020
2019年 日本 / 監督:白石和彌

あらすじ
九蓮宝燈は萬子じゃなくてもよい(知らなかった……)。



1945年の戦後復興期、賭け麻雀を生業とする男・坊や哲は、突如自分の時代からタイムスリップしてしまう。彼が目覚めたのは今とは異なる世界線の2020年の東京。そこでは東京オリンピックが中止となり、AIの進化で失業者があふれていた。そんななかで哲は麻雀での死闘を繰り広げることに……というSFギャンブル映画。

阿佐田哲也の小説『麻雀放浪記』を原案として、そこに独自の設定を加えてアレンジした麻雀ムービー。原作は1984年に和田誠監督で映画化されてますが、そちらは未見。ただし明らかに違うのが突拍子もないSF設定です。大戦の傷も残った戦後日本で賭け麻雀を打つ坊や哲が、なんといきなり1945年から2020年にタイムスリップ、しかもそこは我々が知るのとは別の、新たな大戦が勃発して再び敗戦国となった荒廃した東京。人々はAIに仕事を奪われ、オリンピックは中止となり、代わりに麻雀オリンピックが開催されるという東京で、哲は75年の時を越えて因縁の対決に挑むことになります。って、いやちょっと待って、なんだこれは……博打への情熱とか命懸けの勝負とかの任侠でノワールな世界かと思ってたんですが、半端なSF設定がシュールすぎる上にゲスい笑いが満載のコメディでした。どうかしてる展開の嵐だし、SFと麻雀の食い合わせの悪さも相当なものですが、そんなことはものともせずに突き進む勢いが凄い。

監督は『凶悪』『孤狼の血』の白石和彌ですが、暴力描写は少なめ、エロとグロはあるけど抑えめ。しかし今作では画面の色使いや登場するキャラに、そこはかとないポップさがあります。なんと全編iPhoneで撮影したんだそうで、それも影響してるかも。坊や哲役は『去年の冬、きみと別れ』斎藤工で、ふんどし姿がチャレンジングだしかなり振り切ってて愉快。他のキャスティングがえらい独特で、八代ゆきとAIのユキの二役にアンドロイドっぽさ半端ないベッキー、哲の麻雀ライバルであるドサ健役に睨みの表情が久々に鋭い的場浩司、同じく麻雀打ちの出目徳役に曲者臭が強い小松政夫、哲と行動を共にすることになるクソ丸役にひたすらウザい竹中直人など、皆ハマってはいるけどクセが凄い。そして哲の面倒を見る麻雀アイドルのドテ子役であるももがとても良いです。「チャラン・ポ・ランタン」という姉妹音楽ユニットのボーカルなんですね(音楽性も独特で面白い)。このももがどんどん愛しくなってくるのが秀逸。アイドルオタ役の岡崎体育の気持ち悪さも見事です。

戦争やオリンピックへの批判性がありそうでいてさほどないし、昭和の男が現代にやってきたことで浮かぶシニカルさというのもありそうでそんなにないんですが、底辺の男女が互いを知っていくことで得る成長というものはあるかも。公開直前にピエール瀧逮捕という事件が起こりましたがそもそもチョイ役だし、というか瀧が云々とかどうでもよくなる珍作です。ある意味意欲作。正直麻雀の印象があまり残らないんですが、それでも久々に麻雀やりたくなりましたよ。

↓以下、ネタバレ含む。








哲がやってくる2020年は新たな戦後であり、人々はドヤ街で身を寄せ合って暮らす貧しさ、という設定のようなんですが、普通のビル街などもあるので今一つ戦後感は薄いです。どういう戦争だったかが全く語られないのでどう敗戦してどう復興しているのかもわからないんですが、とりあえず哲がいた時代と状況は似ているということなんでしょう。ただし文化レベルはかなり違うので悲壮感は薄めで、特に科学技術の進歩は現実以上に進んでいます。スカウター的な解析デバイスを子供まで付けていたり、AIが家庭向けに売られていたり、首相(瀧のすだれハゲがインパクト大)など政府の人々は足だけのセグウェイで移動したりします。何度もAIという言葉が出てきますが、むしろ人間そっくりのアンドロイドを作る技術のほうがスゴいのでは……。貧しいというわりには意外とVRが浸透してるし。設定が一貫性に欠けるので、時代性とか社会背景などがどうにも把握しづらいんですが、ともかく哲は自分の時代と似て非なるところに一人放り込まれるわけです。

でも哲は全然めげないと言うかわかってないと言うか、大体目の前のことに引っ張られて流されていきます。帰りたいとはこぼすもののタイムスリップ自体には大して驚くとかでもなく、とりあえずメイドと麻雀やって説教するし、ドテ子に拾われた後はとりあえず色々吠えたり、素手でしゃぶしゃぶ肉を食らったり(なんでだ)、なぜか麻雀番組にデビューして人気者になるしでもうメチャクチャです。この破天荒さが戦後で覇気を失った人々に新鮮に映り、既存の概念を打ち壊していくというのがポイントだとは言えるでしょう。特にふんどし哲は最高。こんな麻雀やってられるかと言いながらも挨拶するスタッフには「お疲れ様でしたー」と答えてしまう現場慣れが悲しい昭和哲(爆笑)。でも笑えそうでそうでもないシーンも多くて、特に竹中直人のウザさはこれ以上ないほどウザくて、ふんどししゃぶしゃぶとかドン引きます。キャスティングも外し気味で、正直ユキ役のベッキーもいまいちピンとこないし、舛添要一というのも面白くはないし。最後の目と目の会話だけでピンズ積み込みってわかるのも、ギャグなんだろうけどどうもなあ……。

せめて麻雀勝負はもっとスリリングにした方が面白かったんじゃないかなあと思うんですが、麻雀としてのスリルは皆無。と言うか積み込み主体になってくると役満出まくりだし、九蓮宝燈なんてそんな何度も出てたまるかという気がするんですが、そもそも国家を挙げての麻雀五輪がテレビの麻雀番組と変わらないスケールだったり、なんでそこにAIと言うかアンドロイドが出場するのかもよくわかりません。博士がユキの腹の中開けて何か話し掛けるのはなんなの?宇宙人でも入ってるの?AIユキが出る時点で麻雀五輪の面子はまたあいつらなのでは、と思ったら本当にそうだし。でもそこは、時を越えても切り離せない過去の因縁にケリをつけるということで必然なのでしょう。哲が麻雀アプリで廃人プレイにのめり込むとか、アプリで常勝のミスターKが実際に顔を合わせると意外と勝てないとか、停電したことで積み込みが可能になるとか、ちょっとしたテクノロジー批判もあるんですかね。あとママが哲の恋の相手ではなく越えるべき相手であった、と明確になる意味合いもあるのかも。

本作一番のキモはドテ子の存在でしょう。とても優しくてイイ子なのに、断れないがために男どもにいいように扱われ、それでも夢のために進もうとする。あまりに不憫で、それが他の笑いどころまでも笑いにくくしてる感がなくはないです。緑のゲロ吐いたりシマウマとまぐわったりとおよそヒロインらしくない扱いだし。でも最初は地味な存在だったのが徐々に惹かれていく感覚があって、そこが哲のドテ子に対する気持ちとリンクしていくんですよ。あまりドテ子に興味を示さない哲が、賭け麻雀で捕まったあとドテ子のためにプライドを捨て謝罪したりもします。童貞と異常性癖というまともに異性と付き合ってこなかった男女というのが、プラトニックのもどかしさと互いを思うゆえの大切さというのに繋がってますね。ドテ子はゲロ吐かずにキスができるようになった、くらいしか変化がなく終わるのがかわいそうなんですが……。

そんな少しせつない恋話も、九蓮宝燈により哲が再び時空を越えることで終わりを告げます。廃墟のなかに立つ建物へかつての決着をつけるために向かう哲。しかしエンドロール後にアンドロイド・ベッキーが映るというオチで全てブッ飛びます。何月何日かと聞いて何年かを聞かない時点で予想はつくんですが、このラストシーンが一番SFなのがスゴい。ということで、観てる間はなかなかキツいものがありましたが、思い返せばウーピンをオリンピックのマークに重ねてたり、ギャンブルに命を懸ける老人が自らの目を抉るという凄みがあったり、武蔵と小次郎になって戦ったりと色々工夫があって、とんでもない珍作ではあるもののそれが味だったのだな、と思うのです。

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