FC2ブログ
2019
04.20

求めた権力と、歪められた国。『バイス』感想。

vice
Vice / 2018年 アメリカ / 監督:アダム・マッケイ

あらすじ
大統領よりヤバい人。



1960年代、酒癖が悪く恋人のリンに愛想を尽かされそうになった青年チェイニーは、一念発起して政界へと進み、下院議員ラムズフェルドの下で政治を学んでいく。やがて頭角を現したチェイニーは、ジョージ・W・ブッシュ政権で副大統領の座に就くが……。実在した政治家を描く社会派娯楽作。

アメリカ史上最も権力を持ち、アメリカをイラク戦争へ向かわせたと言われる副大統領、ディック・チェイニーを描いたドラマです。イェール大学を中退、酔ってケンカして警察にとっ捕まるような若者だったディックが、型破りな政治家ドナルド・ラムズフェルドの秘書として頭角を現し、やがて大統領首席補佐官、国務長官を歴任し、ついには副大統領になり権力を振るっていく姿を、歴史的背景と共にときにポップに、ときにシリアスに映し出します。最強最悪な副大統領を描きながら一人の男を通して見るアメリカ史となっているんですが、これがテンポもよく驚くほど面白くて、その特異な演出に全く飽きることがありません。平凡さが権力へと変わり一国を変えていく様を、ユーモアさえ感じるシニカルな描写や工夫を凝らした演出、時折挟む実映像の緊張感、音楽での過剰な盛り上げなどで魅せまくり。

ディック・チェイニー役は『ダークナイト』クリスチャン・ベール、以前から『アメリカン・ハッスル』など肉体改造によるカメレオンっぷりは常軌を逸していましたが、今作では体重から頭髪まで本人への寄せ方が究極すぎて、目と口元以外はもはや別人です。やりすぎです。それだけにチェイニーがそこにいるという説得力が凄い。第91回アカデミー賞では作品賞ほか8部門にノミネートされましたが、メイクアップ&ヘアスタイリング賞だけはしっかり受賞したというのも納得。チェイニーの妻リン役には『アメリカン・ハッスル』でもベールと共演した『メッセージ』エイミー・アダムスで、このリンという奥さんがまた色々スゴいんですよ。そしてラムズフェルド役の『フォックスキャッチャー』スティーヴ・カレルは軽快な押しの強さがヤバいし、ブッシュ役の『スリー・ビルボード』サム・ロックウェルは笑っちゃうほどブッシュに似すぎててヤバいです。

監督・脚本は『マネー・ショート 華麗なる大逆転』のアダム・マッケイ。コメディ出身らしいウィットにより社会派な題材なのに軽やかで、でも恐ろしさもあるという絶妙なバランス。劇中で言及される「一元的執政府論」の怖さをサラッと、でも取り返しのつかなさとして描きながら、ラストの一言が現実というのが皮肉でもあります。原題の『Vice』は「副大統領=Vice President」を示しますが、同時に「悪徳」とか「不道徳」、「組織や制度の欠陥」という意味もあるようで、果たして何がアメリカにとっての欠陥だったのか、という痛烈さまで含んでいるんですね。しかしこんなお堅そうなテーマを娯楽作として作っちゃうアメリカはスゴいな。なんたって、チェイニーもラムズフェルドも子ブッシュもまだ存命ですからね。

↓以下、ネタバレ含む。








最初は電線工事やりながら酒に溺れて警察に捕まったりするようなちょっとダメそうな青年、まあ平凡な感じなんですが、それがいきなり政治の世界に入っていくというのは驚くんですよ。むしろ恋人のリンの方が出世欲が強いんですが、女性だからそれができないと嘆くところに時代性を感じます。なので彼女が後に様々な要職に就くのも納得なんですが、そんな彼女がディックを見捨てなかったことが後のチェイニー副大統領に繋がるんだから人生わからないものです。いきなりドンことラムズフェルドという大物の下に就くことで政治の裏も表も学び、ドンの更迭と共に自ら政界の中心へと進んでいくディック。頃合いを見計らってドンを呼び戻すような機の見方にも優れており、徐々に権力に目覚めて当初の青臭い理想から冷徹な現実主義者になっていく姿は、怪物の誕生のようにも見えます。でも日本人としてはラムズフェルドやライスの名は知っていてもチェイニーの名はそんなに馴染みがないんじゃないでしょうか。これだけ政界の中枢に長いこといながらあまり表立たないというのが、結果論だとしてもしたたかさを感じます。

かなりのリサーチを重ねた上での事実に基づいたストーリーということなんですが、それなりに脚色(と想像)も入ってはいるでしょう。でも最も肝心なディックが重要な局面で何を思って決断したか、というのはボカしてはいるんですね。目に見えるところでこの人物を読み解こうとしている、というのが映画的で面白いところだなあと思います。相続税を死亡税と言い換えてふいにしたり、一元的執政府論で大統領権限を拡大したり、非常時を口実に法律さえも書き換える。エネルギー企業CEOの立場なので金にも困らないし、それまでお飾りだった副大統領の権力を大幅に刷新していく。どんどん権力を手にしていくわけですが、一方で共和党が負けたときは失職もするし、知人を謝って猟銃で撃っちゃったりというミスも犯す。娘が同性愛者であることを知って大統領の道を諦めるというシーンもあったりして、単に断罪するわけではなく、いかにしてそうなったか、歴史に筋道を立てようとする試みが面白いです。何度も映される釣りのシーンには、今を耐えながらそれでも大物を狙おうとするディックの思いが重なります。

それもこれもディックの存在感ですよねえ。クリスチャン・ベールはなんか段階的に太ってハゲていってない?肉体改造もさることながら特殊メイクもスゴくて、顔のシワとかはもちろんなんですが、手にシミがあるところまで作り込んでいるのには唸りました。決して声を荒げたりしないのに威圧的なところはさすがの演技で、いつの間にかドンを越えた立場にまで上り詰めるのが貫禄あるんですよね。サム・ロックウェルのブッシュも最初は似てるというのが可笑しいのに、チキン食った指を拭いながらデカいことを言い出すところに軽妙な危うさがあったりして最高です。あとチョイ役でドックオクことアルフレッド・モリーナやナオミ・ワッツまで出てるのには驚き。また、獲物を襲うライオンの映像を挟んだり、主要職に駒を置いていくことで陣営を固める経緯にスピード感を出したり、9・11やイラクの実際の映像で急に現実に引き戻されたりと、映像的な工夫や巧みな演出により面白さが増幅されます。某企業のトップには顔にボカシとか、その他何だかよくわからない映像もあったりして、スリリングだったりコミカルだったり。ここで高揚感高めるんかいという音楽の盛り上げ方もちょっとふざけていて可笑しいです。あと中盤でなんだかいい話っぽく終わりそうな展開だな、と思ったら本当にエンドロールが流れてきたのには爆笑。

彼にも家族があり、愛国心もある。でもそれが善人であることとイコールではなく、むしろ独善的になっていくというのは随所に見られます。それを最も象徴的に表すのが、ナレーション役である『バトルシップ』のジェシー・プレモンス。この普通の家庭持ちで特に政界とも関係なさそうな一労働者は何者なのかと言えば、彼こそが肉体的にディックを生かしている人そのものであり、その彼だから言える「"誰かの心臓"ではなく"新しい心臓"」という言葉への疑問ですね。誰かの命の上に今の自分がいるということを忘れるな、ということです。戦争だってそうで、貧乏揺すりをする足の震えと攻撃の恐怖に耐える人の震えのカットバックなどにもそれは見られます。そして忘れた頃に再び映し出される積み上げたティーカップや、木に彫ったリンとの二人の名前など、繰り返すシーンによって越えた一線や取り戻せない純粋さをも映し出す。それでも「私は謝らない」と言い張るディックの姿を見て、アメリカ国民ならどう感じるんでしょうね。実際、ラストでリベラルかどうかを言い合ってる人を見ながら「今夜の『ワイルド・スピード』楽しみ」と言う女性のような人の方が多いのかもしれない。このシニカルな締め方にシビれます。

スポンサーサイト



トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1524-71d277e8
トラックバック
back-to-top