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2019
04.18

大きな耳がみんなを救う。『ダンボ』感想。

Dumbo
Dumbo / 2019年 アメリカ / 監督:ティム・バートン

あらすじ
Fly, Little One.



サーカス団で生まれダンボと呼ばれるようになった子供のゾウ。生まれつき大きすぎる耳を持っており、母親とも引き離されてしまったダンボだったが、やがてその耳を使った誰にも真似できないことができるようになる。そうしてサーカスでも活躍するようになるが……。ディズニー・アニメ『ダンボ』を実写化したファンタジー・アドベンチャー。

1941年製作のディズニーアニメの古典『ダンボ』が78年(!)の時を経てまさかの実写化。これを機に未見だったオリジナル版を観たんですが、ディズニーらしいアニメーションの躍動感、表情の付け方、キャラの造形などに溢れており、ダンボの動く姿には予想以上の可愛さがあって驚きでした。それこそこれを実写化というのにはかなり不安が伴うほど。しかしこのたび実写となったリアルダンボは、瞳が青いとか若干のファンタジー寄りな表情の付け方などはあるものの、これまた予想以上にカワイイというアニメ版同様の意外性があります。そして思いの外アニメ版をガッツリなぞってます。まさかあのドラッギーなシーンまで再現するとは驚き(そして笑う)。元が64分しかないためどう膨らますのかと思ったら後半はほぼオリジナル展開、実写というのもあって人間側のドラマが占める割合がかなり増えてるんですが、思いきった舵切りがスケール感の増量となっていて意外にも良かったです。

監督は『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』『ビッグ・アイズ』のティム・バートン。ディズニー系の監督作品は『アリス・イン・ワンダーランド』以来ですかね。バートン的なマイノリティに向ける優しい視線は今作でもしっかり入ってます。ダンボの世話係となるサーカス団の元スター、ホルトを演じるのは『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』コリン・ファレルで、戦争で失ったものを取り戻そうともがいていきます。空中ブランコのスター、コレット役に『ミス・ペレグリンと奇妙なこどもたち』エヴァ・グリーン様。キツめな容貌にキツいだけじゃない本質、改めてホレます。また、彼らの属する移動サーカス団の団長役に『ツインズ』ダニー・デビート、ダンボに目をつける実業家V・A・ヴァンデバー役に『スパイダーマン ホームカミング』のマイケル・キートン、ってこの二人と監督バートンといえば1992年の『バットマン リターンズ』じゃないか!と気付いたときは燃えましたよ。

実質ダンボの世話をするのはホルトの子供たちであるミリーとジョーの姉弟なので、子供と動物という鉄板な感じはありますが、この子供たちの抱える寂しさと前を見据える感じがダンボとリンクしていくのが安定感あります。特にミリー役のニコ・パーカーは独特の存在感。また、耳がデカいからってそんなことが起こりえるのか?というのを、ありえると信じさせるだけの映像的な説得力があるのも見事なところ。アニメ版のラストで個人的に感じた疑問を解消するのもイイ。アニメ版に思い入れの強い人には余計なパートが増えた感はあるかもしれませんが、実写化するには結構無茶な題材を、作家性も残しつつアニメ版の要素を一通り入れた上でファミリー向けに仕上げた出来はなかなかのものじゃないでしょうか。

↓以下、ネタバレ含む。








『ダンボ』を実写化するとなったときに『ジャングル・ブック』のようにCGで動物主体の物語にするという手もあったろうと思うんですが、それよりはサーカスという舞台の雰囲気をより打ち出すのと、家族をなくした喪失感やマイノリティの疎外感を強めるために人間ドラマを増やしたということなんでしょう。アニメ版では人間の姿はほとんど描かれないためかなり印象は異なるし、ダンボたちが終始人間にいいように扱われるのがツラいですが、ホルトの失意やミリーの夢、コレットの不自由さなどに一応ダンボの存在を絡めて物語を推進するので、そこまで解離は感じなかったです。アニメ版の再現度にも結構気を使っいて、サーカス列車はかなりアニメ版に寄せているし、コウノトリも飛んで来る。ネズミのティモシーが本当にただのネズミだったり、重要な役割を果たすカラスたちも出てきませんが、そこを子供たちが代わりになるというのは妥当なアレンジでしょうね。とは言えカラスっぽい黒い羽がダンボの飛ぶきっかけになったり、消防士のピエロの出し物まであったりします。まさか「ピンクの象」までやるとは思わなかったですが、サーカスの出し物としてシャボンを使って実現するというところに頑張りが見られます。

ダンボが空を飛ぶ象のお話だというのは誰もが認識あるところでしょうが、アニメ版では実際に飛ぶのは本当に終わりの方だけなんですよ。飛ぶことによりそれまで短所と見なされていた耳の大きさを長所として活かすという、マイノリティとしての苦しみからの解放を示しているわけです(そういう意味では空を飛ぶというのはネタバレだと思うんですよ……一応前半では伏せましたが)。でも本作ではわりと序盤から飛ぶ兆候を見せるし、意外とすんなり飛ぶので、飛ぶことが即解放ということにはならないですね。むしろその特技に目をつけた人間たちによりさらにがんじがらめにされることになります。そのために人間サイドにも喪失や周囲とのなじめなさというものを付け加え、まとめて乗り越えようとするわけですね。その最たる位置付けがコリン・ファレル演じるホルトが片腕だということ、そして妻を亡くしたということ。戦争から戻れたものの曲乗り師としての活躍の場を与えられず、子供たちとも上手くコミュニケートできず、父さんも寂しいんだという苦しみが描かれ、最後にダンボを故郷に帰そうとすることで自分もやり直そうとする。ただホルトは思ったよりダンボと絡まないので(心配したりはするけど)そこはちょっと弱いですね。

むしろ子供たちが、母親を失った悲しみと父親を立ち直らせようという思い、母から引き離されたダンボへの愛情という点でメインになります。特に娘のミリーちゃんはサーカスにいながら「科学を学びたい」という志向を持っていて、現実とのギャップというのが描かれます。この理系女子という現代的な設定には若干取って付けた感がなくもないですが、ちゃんとメカに強い的なアプローチの展開もあるのでいいんじゃないでしょうか。最後にホルトが付けてるスゴい義手はミリーが作ったんだろうか?キリキリ言っててジョセフ・ジョースターみたいだぞ。ただ弟のジョーが姉の陰に隠れて少々目立たないというのは難ですかね。それにしても最近のディズニー映画は『メリー・ポピンズ リターンズ』といい『くるみ割り人形と秘密の王国』といい、母親死にすぎじゃなかろうか。またエヴァ・グリーン様のコレットは最初はキツい感じと思わせて実はヴァンデバーの言いなりというのがわかり、優しげな顔で子供たちやダンボに接するので印象がかなり変わります。空中ブランコをする姿は『グレイテスト・ショーマン』のゼンデイヤに劣らぬ美しさ。

印象が変わると言えばダニー・デビートの団長もそうですね。上手い言葉に乗せられお飾りの副社長になりダンボや団員をいいように持っていかれるの、買収された小企業の代表という感じで悲哀があります。それが最後にヴァンデバーを出し抜きサーカスを再建するというのは良い感じの締め方。なぜ最後に銀行家と仲良くなれたのかがよくわかりませんが……。この団長、ヴァンデバーに「兄弟いないのにメディチ・ブラザーズ・サーカスかよ」みたいに言われてツラそうな顔をするのが、彼もまた寂しかったのかなという感じでイイんですよ。団員たちとやり直す際に「メディチ・ファミリー・サーカス」に改名し、動物も檻に閉じ込めないとするのが、彼が大事なものを再認識できた証となっていて良いです。一方のヴァンデバーはマイケル・キートンの圧の強い憎々しさが最高。どこまでも利己主義で、話のわかるふりをしながら冷徹なところが実業家という感じです。ダンボに人を乗せて飛ぶという発想がブッ飛んでますが、これが自分の首を締めることになるのが皮肉。団長と二人で並んだときの元バットマンと元ペンギンという絵面がたまらんです。

ダンボが人を乗せてもわりとすぐ飛べるとか、売られたジャンボがたまたまヴァンデバーのところにいたとか、人間側のドラマが増えたぶんダンボの扱いが予定調和っぽいとか、都合のよさというのはどうしてもあるんですが、それはまあいいですよ。ファンタジーでもあるわけだし、テンポよくサクサク進むし、序盤でジャンボを暴れさせたサーカス団のイヤな奴は速攻死なすとかも潔いです。サーカスという非日常的な空間の華やかさと、その裏にある日常の苦しみや地味さという対比もなんかイイですよ。あとジャンボJr.がダンボに、ドリームランドがリームランドになったりという一文字変われば大違いという表裏一体さが、大きな耳という短所を最大の長所にするダンボとも繋がります。最後にダンボ親子を故郷に帰すのは出来すぎな気もしますが、個人的にアニメ版に感じた「ダンボにとってサーカスのスターであることは幸せなのか?」というもやもやを解消してくれたので満足です。

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