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2019
04.10

憎しみを断つための怒り。『ブラック・クランズマン』感想。

BlacKkKlansman
BlacKkKlansman / 2018年 アメリカ / 監督:スパイク・リー

あらすじ
差別主義者を騙して捕らえろ!



1979年のコロラド州、コロラドスプリングス警察署初の黒人刑事となったロンは、新聞広告のKKKメンバー募集に電話、黒人差別者のふりをして入団の面接に漕ぎ着ける。ロンは同僚の白人刑事フリップに代わりに現場に行ってもらいながら、KKKの潜入捜査を進めていくが……。ロン・ストールワースの自伝『Black Klansman』を元にしたドラマ。

白人至上主義団体「KKK(クー・クラックス・クラン)」に黒人でありながら潜入捜査を敢行した刑事のノンフィクション小説を映画化。コロラドスプリングス警察署初の黒人刑事となったロン・ストールワースが黒人でありながらKKKに潜入するという、一体どうやって?というツッコミから始まるわけですが、その発想がまず愉快(って実話だけど)。そして警察署内の一部の白人刑事からも冷遇されながらも、潜入捜査という変化球を使いながら人種差別に直球で立ち向かう刑事ロンの物語が抜群に面白いです。基本コメディ的ではあるので笑いどころも随所にあるのに、潜入捜査ならではのバレやしないかというスリルも山盛り。そのなかで不意にブチ込まれる人種差別の恐ろしさ。単に差別する側のヤバさだけでなく、差別される側も狂気的な空気を纏っていくところも描くのが凄い。スパイク・リー監督作で観たのは『オールド・ボーイ』のリメイクくらいで『ドゥ・ザ・ライト・シング』も『マルコムX』も観れてないんですが、強烈なメッセージ性がありながらもしっかり面白くて、第91回アカデミー賞で作品、監督など6部門にノミネートされて脚色賞受賞も納得。

主人公ロン・ストールワース役はジョン・デヴィッド・ワシントン。飄々としながらシリアスさも見せる、本作にピッタリのバランス感覚。なんとデンゼル・ワシントンの息子なんですね。『イコライザー』の過去編とかやったら若きマッコール役をやってほしいところ。ロンの相棒となるフリップ・ジマーマン役は『スター・ウォーズ 最後のジェダイ』『パターソン』のアダム・ドライバー。潜入捜査でヤバい目にあっても全く動じない冷静さ、いるだけで味がある存在感が最高です。活動家の女性パトリス・デュマス役の『スパイダーマン ホームカミング』ローラ・ハリアーのアフロメガネ美人っぷりも素敵です。KKK側はライアン・エッゴールド演じるウォルターの紳士ぶった腹黒さが霞むほど、ヤスペル・ペーコネン演じる過激派フェリックスのクズっぷりがスゴい。あと『アイ,トーニャ 史上最大のスキャンダル』でバカを演じたポール・ウォルター・ハウザーがアイヴァンホー役でさらなるバカっぷりを披露。他、デビッド・デューク役に『アンダー・ザ・シルバーレイク』トファー・グレイス、クワメ・トゥーレ役に『ストレイト・アウタ・コンプトン』コーリー・ホーキンズ、マイケル・ジョセフ・ブシェミ(スティーヴ・ブシェミの弟!)など。

タイトルの「クランズマン」というのはKKKの団員のことなんですね。原題にKKKの文字が入っているのが面白い。音楽もよかったし思ったより娯楽作として観れますが、娯楽だけでは終わらせない凄みがあって、『グリーンブック』『ビール・ストリートの恋人たち』とはまた異なる形での差別を描きます。どこを見せるべきかが恐ろしく巧みですよスパイク・リー。痛快なのに悲痛でもあり、かつ最後にブン殴られる怒りの強さが強烈。憎しみの連鎖に震えつつもしっかり面白いです。

↓以下、ネタバレ含む。








序盤のアレック・ボールドウィンが「あー!」とか「がー!」とか騒ぎまくるのが笑えるんですが、言ってることはとんでもない差別意識の極論なのがそら恐ろしい。バックに映るのは『國民の創生』という様々な映画技法を生み出しながらもKKKを英雄視する作品とのこと。冒頭に流れる『風と共に去りぬ』も南北戦争を描いているし、過去の名作の裏に潜む差別というものにまで言及しているかのよう。そんななか警官となるロンは署内でも差別的な扱いを受けます。面接の時点でそんな差別に耐えられるかと聞かれるほど。実際には差別的なのはごく一部の警官だけですが、黒人をカエルと呼んだりして気分悪いです。でもそんなロンがたまたま新聞で見かけたKKKの番号に電話した辺りから痛快度が増加。白人至上主義者が言う人種ごとの喋り方という偏見を逆手に取って白人のふりをするときの周囲の「マジか」という顔が愉快。ロンは発想の柔軟さ、芸の細かさ、行動の大胆さなどが見ていて気持ちいい。捜査中に知り合ったパトリスとも仲良くなるのにはちゃっかりしてんな!とは思いますが、その軽やかさも含めてジョン・デヴィッド・ワシントン、良いです。アフロもキマってます。

当然黒人が出向くわけにはいかないので、実際の潜入はアダム・ドライバーのフリップがこなすわけですが、これが常に冷静で、フェリックスに潜入捜査かと鎌をかけられてもユダヤ人だと執拗に疑われても動じず白人至上主義を演じる見事さ。ダビデの星や嘘発見器などのくだりでは観てるこっちがビビるほどです。デュークの警護にロンが派遣されたときはさすがにギョッとしてましたが。このフリップがいまにも正体バレるんじゃないかというスリルもかなりのもの。一方でウォルターたちと射撃をするときの的が黒人を模したものであったり、口を揃えて黒人を罵ったりしなければいけなかったりと、コミカルさの裏にあるどうにもやりきれない思いをその無表情に読み取れてしまうんですね。フリップがボソリと「今まではユダヤ人である意識はなかった、でも今は違う」と言うのが、今まで知らなかった事態の恐ろしさというのを物語っています。

基本的には潜入ものとしてのスリル、作戦が上手くハマっていく心地よさ、騙されてる者の滑稽さなどで面白く観れるんですが、そうしているといつの間にかコンゲームのそれとは異なる緊張感を孕んでいるこシーンになっていたりするのが凄い。クワメ・トゥーレが学生たちにブラック・パワーを説く演説、あの長尺を全て流し、演説を聞いて影響を受けていく人たちの顔が闇に浮かぶのには、アジテートの恐ろしさを目の当たりにします。また白人至上主義者たちと黒人解放団体の人たちが、黒人側は過去の悲劇(本当に酷い)を語り、白人側は種の優勢を謳うというそれぞれのシーンを交互に映しながら、しかし最後はそれぞれがブラック・パワー、ホワイト・パワーを声高に叫ぶという同じ結論に至るカットバックなどは、憎しみが憎しみを呼ぶ地獄のような構図を映し出します。

そんな社会情勢のなかロンがそれまでいなかった黒人警官になぜなったのかと言えば、それは警官に憧れていたからだと彼は述べます。それはどちらが優れているかというような憎しみではなく、等しく法の元での平等を求めたからかもしれません。パトリスが「叫ばなければ変わらない」と言うのに対し「中から変えるという方法もある」というのがロンのスタンスだったのでしょう。

フリップの正体がフェリックスたちにバレるのと、彼らがパトリスの家に爆弾を仕掛けようとするのを同時に描いていくクライマックスは怒濤のサスペンスで手に汗。フェリックスの妻コニーを取り押さえて危機一髪回避かと思いきや、警官たちが爆弾犯ではなく黒人であるロンを捕らえるところには歯噛みですよ。結果的には妻コニーが車に仕掛けた爆弾にフェリックスたちが巻き込まれるというギリギリの勝利にエキサイトしつつもなかば呆然。そして差別警官を盗聴で逮捕、KKKの代表であるデュークに真実を明かして皆で電話で大爆笑、パトリスが最後に"黒人に"ではなく「"人々に"パワーを」と笑う、という畳み掛けるような大団円です。

正直ここで終わっていたら気持ちよく帰れただろうとは思うんですが、そうはしないのがスパイク・リーということなのでしょう。やはり敵同士だと言い出すパトリスとそれを否定するロンの口論、そんな二人が銃を構えて見た先では変わらず十字架が燃やされている。KKK側が口にした言葉「アメリカ・ファースト」はいまや国のトップが使っている。そして差別が生み出す悲劇は今も憎しみを広げている。痛快さを楽しんだところで最後に差別に絡む実際の映像を流して、本作で描かれた重要なことを「忘れるな」と釘を刺すわけです。自分が差別される側だったらどう思うか、というのを娯楽作のなかで描ききった見事さにやられます。

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