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2019
04.07

車になって舞い、黄色い蜂のように刺す!『バンブルビー』感想。

Bumblebee
Bumblebee / 2018年 アメリカ / 監督:トラヴィス・ナイト

あらすじ
本名:B-127。



父親を亡くした悲しみが癒えないままの少女チャーリーは、18歳の誕生日にスクラップ置き場で廃車寸前の黄色い車を見つけてもらい受ける。しかしその車は突然人型のロボット生命体へと変形。チャーリーは彼を「バンブルビー」と名付けてガレージに匿うが……。SFアクション『トランスフォーマー』シリーズの人気キャラ、バンブルビーを主人公としたシリーズ初のスピンオフ。

シリーズの言わずと知れた人気者バンブルビーを、『トランスフォーマー』1作目以前の1980年代を舞台に描くスピンオフ作品。このシリーズは1作目から5作目の『トランスフォーマー 最後の騎士王』までずっと爆発破壊王マイケル・ベイが監督でしたが、ベイは製作に回りこのたび初めて他の監督がメガホンを取る、しかもそれが『KUBO クボ 二本の弦の秘密』のトラヴィス・ナイトでこれが初の実写映画、ということでどうなることかと思ったんですが、いやいや素晴らしく良いです!スピンオフらしくちょっとこじんまりとした話(あくまでシリーズとしては)ではあるんですが、そこにチャーリーという少女との友情がクローズアップされるのがかなり異なるテイスト。でもトランスフォーマーと青春物語という食い合わせ悪そうな話を、ビーことバンブルビーのキュートさと、80's音楽と、チャーリーへの親近感とによって、予想を越える爽やかさになってるのがスゴい。火薬量とマッチョ度と驚きは減ですが、それでもとにかく楽しくて気持ちがいいです。

チャーリー役は『ピッチ・パーフェクト ラストステージ』ヘイリー・スタインフェルド。周囲に同調せず好きなメカニックに夢中だったりするんだけど、実は亡き父を忘れられず、母親が再婚した男とその連れ子にもなじめない、そんな居場所のない彼女ですが、飾らなさと真っ直ぐさが魅力的でとてもイイ。そしてチャーリーが出会うのが、故郷の星から一人地球へとやってきたオートボットのバンブルビー。元々可愛らしさもある造形ではあったんだけど今作ではそれが爆裂、デカい体でビビったりおどけたりと魅せまくり。車種がいつものカマロではなくビートルというのもキュートさに輪をかけてます。最高です。声を当てるのは『メイズ・ランナー』のディラン・オブライエン(と言ってもビーはほとんど喋らないですが)。そんなはぐれ者二人が仲良くなって、でもオートボットであるがゆえに戦わざるをえない、というのには名作『アイアン・ジャイアント』の実写版という趣がちょっとありますよ。

歴戦の勇士というのを忘れるほどひたすらビーがカワイイんですが、変形の面白い見せ方もちゃんと入っているのが上手い。他シリーズ作と違って登場するメカの数を絞っているのでキャラクター性が増しているというのも効果的。ガレージに隠した秘密というのが何とも言えない心地よさだったりもします。あとオプティマス・プライムが初期のアニメ版と同じデザインなんですよ。つまりコンボイなんですよ!これには感涙!シリーズファンへの目配せもしっかりありながら、シリーズ未見でも問題なく楽しめる見事なバランス。良い意味での小粒感が上手くハマっていて面白いです。

↓以下、ネタバレ含む。








冒頭がシリーズ作でも言及されていたサイバトロン星でのオートボットとディセプティコンの大戦争から始まるんですが、これがド迫力でたまりません。しかもオプティマスがコンボイなだけでなく、サウンドウェーブやショックウェーブなども初期アニメまんまの姿で出てきた日にゃあクハーッ!となりますよ。アイアンハイドやラチェット、スタースクリームなども出ていたようです(ちょっと見分けがつかなかったけど)。バンブルビーを脱出させ一人残って戦うコンボイには「し、司令官んんーッ」ですよ。ディセプティコンの容赦のなさはクリフジャンパーを真っ二つにしたりするのからも見て取れるし、ビーがブリッツウィングにより声を奪われたという経緯も描かれたりします。で、地球ではビーが一人で二人のディセプティコンを相手取るわけですが、プリムスとハリアーに変形する女性のシャッターと、ジャヴェベリンとスーパーコブラに変形する野郎のドロップキックという、車とジェットやヘリのハイブリッド変形が相手なので、見つかったらヤバいというスリル、加えてビーが記憶を失っているという心許なさが不安を煽ります。

一方のチャーリーは、父を亡くし母は再婚、継父ロンは悪い人ではないけども、チャーリーの心情までは察することができず笑顔をなかば強要、カラテを習う義理の弟とも馴染む気になれず、一人だけ浮いているという複雑な家庭環境。かつては飛び込みの選手として優勝したこともあるのに、今はガレージで父の残した車の修理、バイト先の遊園地ではすっとんきょうな衣装でポップコーンを作り、着飾った友人女性にバカにされる日々。チャーリーにしてみれば世界のすべてだった父の不在が大きく影を落としているわけです。死後どれくらい経ってるのかよくわかりませんが、その喪失感により得意だった飛び込みさえもできなくなるほど。そんな世間との壁を作って生きるチャーリーと、記憶をなくし見知らぬ人類のなかで怯えるバンブルビーが邂逅し、互いに探りながらも徐々に打ち解けていくのは暖かいものがあります。傷の舐め合いとは違う互いを気にかけ合う存在、種族を越えた友人になっていくというのが「一緒に音楽を聴く」「お気に入りの映画を観せる」「ビーに乗ってドライブする」という本当に友人同士で行うようなエピソードによってごく自然に紡がれるんですね。

ビーの可愛さ描写にはあざといなあとは思いつつもやられちゃいます。隠れろと言われて咄嗟に変形できず丸まるとか、動くたびに部屋中がメチャクチャになっちゃうとか、いじわる女性の車を調子こいてぺちゃんこにしちゃうとか。ビートルの線の丸さも柔らかい印象を与えます。人を乗せて走りながらの変形は過去にもありましたが、車形態で後ろから腕だけ出すというのは造形的にも面白いし、変形時のアングルも工夫が凝らされてて愉快。車体の下に潜ると顔があるというのは玩具の持つ変形機構っぽさがありますね。その後のシリーズに繋がるような設定も描いているのがニクいところで、「黄色い蜂」というのはチャーリーが名付け親であるとか、ラジオの曲を使って話すという技もこのとき身に付けたんですね(曲の好みは激しいですが)。記憶をなくしてるから勝手に装着された戦闘用のマスクに戸惑ったり、装着時のモニタがハニカム型というのも新鮮。ジョン・ヒューズへのオマージュは近年いろんな作品で見られますが、散々ビーを追い回したバーンズさんが誤解に気付いて最後にビーを「ソルジャー」と呼び敬礼したときに、ビーがお気に入りの『ブレックファスト・クラブ』のラストよろしく拳を突き上げる、という取り込み方は熱いです。

そんなビーが捕まってしまったとき、チャーリーは後先考えずビーを救いに行こうとします。宇宙をまたにかけた戦争だとか政府や軍が絡んでいるとかは関係なく、ただ友人を救おうとするわけです。出掛ける際に装備を準備していくシーンは『ランボー 怒りの脱出』のような熱いテンション。義理の弟が協力してくれたり、初めは軍の説明を鵜呑みにしてチャーリーの言葉を聞こうとしなかった母とロンもチャーリーを追う軍の車を妨害したりと、家族を救おうとする姿が(多少の性急さはあるものの)描かれます。家族カーチェイス、ぶつかりそうになってぶつからないx3の奇跡は愉快。一方でチャーリーと行動を共にするメモ、彼はチャーリーを地球での日常に繋ぎ止める役割でしょう。シャツを貸して吹き飛ばされても笑うしかないホレた弱み。上半身裸でいても特にドキドキされることもない眼中のなさではありますが、少しずつ打ち解けて友人関係にまではなるし、その先を期待するメモの気持ちはよくわかるものの、それはまだ早いというのを最後に入れるのがまた青春じゃあないですか。そしてチャーリーはビーのピンチの際に、父の思い出が重なりできなくなっていた高飛び込みを決めることで一歩進むことができるのです。

それほど驚く展開があるわけじゃないけど、物語のスケール的にトランスフォーマーたちの数を絞ったことで今までのシリーズにないほどまとまりがあり、それがいい塩梅で気持ちいい。ちょっとくどいところや会話が思ったよりもたつくシーンもありますが、それでも全体的にはさっぱりしていてキレもイイ。ザ・スミスやボン・ジョヴィなど80年代音楽もふんだんに盛り込んで時代感を出しつつそれをビーからチャーリーへのアンサーに使ったりするし、アクションはトランスフォーマー的メカバトルも予想以上に入れながら結構見やすいです。何より普遍的な友情&青春ものに仕上げてきたのが驚きですよ。と言うか『トランスフォーマー』1作目ってわりとそういう視点あったなあと思い返すきっかけにもなりました。ラストのビーとチャーリーの別れは、寂しくも清々しい。1作目で主人公サムとビーが馴染むのもチャーリーとの出会いがあったためと納得できるし、最後でおなじみのカマロに変形してコンボイと去って行く、という大袈裟にしないレベルでのシリーズとのリンクもちょうどいい。いつもの濃い味とはまた違った爽やかテイストなトランスフォーマー、意外性と堅実さのマッチが良かったです。

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