FC2ブログ
2019
03.14

肌の色より大事な関係。『グリーンブック』感想。

Green_Book
Green Book / 2018年 アメリカ / 監督:ピーター・ファレリー

あらすじ
フライドチキンもぐもぐ。



1962年、ニューヨークの高級クラブで用心棒をしていたトニー・リップは、黒人ピアニストのドクター・シャーリーに運転手として雇われ、黒人差別が色濃く残る南部へツアーに行くことに。万事がキッチリしているシャーリーと粗野なトニーは、価値観も性格も真逆なだけにぶつかり合うが……。第91回アカデミー賞で作品賞を受賞した、実話を元にしたヒューマン・ドラマ。

人種差別が根強く残る60年代のアメリカ南部を舞台に、黒人ピアニストとイタリア系白人ドライバーの二人が旅をし、やがて友情を深めていくというドラマです。雑で無教養だが腕っぷしは強く口も達者というトニーは、務めていたクラブの閉鎖に伴い職探し。そんな彼を雇ったのは、黒人ピアニストでありながら黒人差別の酷い南部へのコンサートツアーに臨もうとするドクター・シャーリー。相反する性格の二人は、ツアーを進めるにつれ互いの美点と人間的な魅力に気付いていきます。これが予想外に非常に楽しい一作。ロードムービーの趣にワクワクとスリルが同居し、名ピアニストであるドクの演奏を始めとした音楽映画としての高揚があり、バディものとしても文句なし。人種差別を描くというよりはそれに負けまいとする高潔さの方が比重が大きいため、ドクが受ける屈辱に歯噛みするシーンもあるものの、とても爽やかで暖かい。小難しくはなくコミカルさも豊富です。

トニー・リップことトニー・バレロンガ役は『ロード・オブ・ザ・リング』『はじまりへの旅』のヴィゴ・モーテンセン。ちょっと腹が出てスマートさはないものの、ガサツながら気のいいイタリア男を演じます。ドクター・ドン・シャーリー役は『ムーンライト』『アリータ:バトル・エンジェル』のマハーシャラ・アリ。品位を重んじ孤独に耐える紳士的な姿が、ときに寂しくときにキュート。この主演二人がとにかく魅力的で、一緒に旅してるように思えてくるので「我慢して!」とか「なんで一人で行くの!」とか思っちゃうのが楽しい。ヴィゴ・モーテンセンはアカデミー主演男優賞にノミネート、マハーシャラ・アリは助演男優賞を受賞してます。製作・脚本を手がけたのは実在したトニーの実の息子ニック・バレロンガなんですね。アカデミー脚本賞、編集賞も受賞です。

タイトルの「グリーンブック」とは黒人が安全に泊まれる宿を載せた旅行ガイド。そんなものが必要なほど差別がまかり通っているなか、あえて南部に行くドクの覚悟とそれを守るトニーの男気が染みます。監督のピーター・ファレリーは『メリーに首ったけ』などコメディ作品が多いのでその資質を活かした面白さもしっかり。観た後はケンタッキーのフライドチキンをバケツで食べたくなるし、ピザを畳んで食べたくなります。

↓以下、ネタバレ含む。








黒人と白人のコンビを描く作品は他にも多くありますが、本作は特にトニーとドクのキャラクターがとても面白い。トニーは冒頭から帽子パクって礼金せしめるというちゃっかりした面を見せますが、そこからもわかるように口が上手いです。学はないけど頭の回転が早いから飲み込みも早い。腕っぷしが強く、ホットドッグ26個をたいらげるフードファイターなみの食欲で、両手を挙げる仕草がイタリア男っぽい陽気な人物。ただし黒人への差別意識はあって、黒人の修理屋が使ったグラスをごみ箱に捨てたりする。親戚たちの差別的な発言に慣れてそれが普通という感覚なのか、悪気はないけど深くは考えていないように見受けられます。それはトニーが特にドクが黒人だからと嫌がる風でもないからなんですが(南部に行くのは嫌そうだけど)、この「まわりがそうだから」というのは差別や偏見、あるいはいじめなどでも非常にありがちな構図だと思うんですよ。白人至上主義者ではないけど「そういうものだから」という立ち位置。それは彼らを黒人という括りで見て一人一人の人間としては見ていないということです。最後の演奏会でホテルの支配人が「しきたりなので」とレストランに入れないのも同様です。

そんなトニーが雇われたのが黒人ピアニストのドクター・シャーリーで、こちらは豪邸に住み正しさを重んじる優雅な紳士であり、トニーとは全く異なる人物。ドクと二人きりで行動することで、トニーはシャーリーという一人の人間と対峙することになります。最初は雇用上の関係として、指定メーカーのピアノをパンチ一発で用意させたり(痛快!)と、ガサツながらも仕事はちゃんとやるトニー。しかし長い旅路でやがてトニーはドクがどれだけ品位を持って振る舞っているか、どれだけ誇り高く、そして孤独であるかを知っていきます。「暴力は負けだ、品位を持つのだ」と口うるさいドクの言葉は負い目を作らないということだし、ドクがあえて南部を回る理由は「才能だけではダメだ、勇気が必要だ」という強い意思によるもの。農作業する黒人たちから恨みがましい目で見られるドクが「自分は白人でも黒人でも人間でもない」と言うのには、彼が一人で耐えてきた人生の孤独があります。家族を持たないのは彼がゲイだからでしょうが、それを隠そうとしたところにドクのさらなる苦悩も。そしてどれだけ黒人が差別を受けているか、それが「そういうものだから」では済まされない愚挙であることを、トニーは身を持って知っていくのです。

そうして人と人が付き合うからこそのドラマが生まれるていくんですが、気安いトニーと真面目なドクのやり取りがいちいち面白く、それでいてちょっとじんわりもさせるのが良いですね。「何が言いたいんだ」という手紙を書くトニーにむっちゃ詩的で情熱的な文面を考えてやるドクには笑うし、それが奥様たちをメロメロにするのも可笑しい。妻のドロレスはちゃんと気付いてたわけですが(そりゃそうだ)、でもあの奥さんなら最後はトニー自身が書いたのも気付いたかもしれないですね。トニーはわりと素直にドクの言うこと聞くんだけど、落ちてたのを拾っただけの翡翠は戻したふりしてちゃっかり持ってきてるし、でもドクもこれはお見通しだったりするし。この「お守り」が後に効果的に映るのも上手い。「バレロンガ」という名前は毎回間違えられてその都度酷い間違われ方になっていくし、ピッツバーグを「ティッツ(巨乳)バーグ」というお下劣ネタをかましたと思ったら「ティッツいなかったな」とちゃんとフォローするし(フォローじゃない)、と笑わせてくれます。

そして誰もが観たあと食べたくなるであろうケンタッキー・フライドチキン1号店、「黒人なのに食べたことないのか」というのがどういう偏見なのかよくわかりませんが、とにかく美味いから食えと言って食わせるトニーとまんざらでもないドクの表情、窓から骨を捨てるというちょっとだけ悪いことをするのが楽しそうなドクと、調子乗ってドリンクカップまで捨てて取りに戻らされるトニー、などなど最高のシーケンス。ドクが南部のバーに一人で行っちゃったり、バーで金をかぞえて狙われたりするのには若干世間知らずというか危機感の薄さがありますが、そんなときはトニーが銃を持ってるように機転を利かせてしっかりカバー。と思ったら本当に銃を持っていたというのを最後になって明かすというのも面白い。男娼と一緒のところを警察に捕らわれたドクをトニーが買収して解放したり、かと思えば留置場の二人に助け船を出すのが時のアメリカ合衆国司法長官ロバート・ケネディだったり(すげーな)、互いに助け合うのがフェアですね。終盤にはクリスマスイブに間に合わせるためドク自ら運転するという、もはや雇用関係とかじゃなく困ってるから助けるというダチの関係です。また、すぐ後ろを向いて話しかけるトニーにドクが「前を向け」と言う繰り返しが、前を見据えようと気張るドクと背後も守ろうとするトニーを象徴してるかのように思えてきます。

ドクのピアノを聴いて惚れ惚れするトニー。ピアノはマハーシャラ・アリが本当に弾いていて驚きます。ホールでのコンサートもいいですが、終盤に入ったバーで地元のジャズメンとセッションするドクはノリノリで楽しそう。トリオとは言えドクとしては孤独な挑戦として臨んだ南部ツアーなだけに、とても暖かいシーンです。ただそうした経験や、何よりトニーとの関係が、ドクが孤独であることを強く意識させてしまうんですね。トニーが知人に仕事の紹介をされそうになったときに辞めてほしくないというのを素直に言えず報酬の話をするのも寂しさから。そして帰宅した城での一人きりのクリスマスイブ。でもトニーの「寂しいときは自分から行くんだ」という言葉通り自らトニーの家に行く、というのが、この旅がドクに変化をもたらした旅であったことを表しています(質屋の夫婦で一旦ハズすのもニクい)。もちろんトニーにも変化をもたらした旅であるのは「ニガーと呼ぶのはやめろ」という言葉で十分伝わります。嬉しそうな妻ドロレス、そして和気あいあいのラスト。差別を描くという点ではヌルさはあるのかもしれませんが、その根底に必要な「互いを理解しようとすること」の大切さを描いているのがとても良いのです。グリーンブックは必要ないと誰もが言える世界のために。

スポンサーサイト



トラックバックURL
http://cinemaisland.blog77.fc2.com/tb.php/1513-29151725
トラックバック
back-to-top