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2019
02.28

火花散らす女たちの喪失。『女王陛下のお気に入り』感想。

the_favourite
The Favourite / 2018年 アイルランド、イギリス、アメリカ / 監督:ヨルゴス・ランティモス

あらすじ
見なさい!なに見てんの!



18世紀初頭、フランスとの戦争下にあるイングランドでは、女王アンの幼なじみであるレディ・サラが、病気がちで気まぐれな女王の後ろ楯として国を動かしていた。ある日サラの従妹であるアビゲイルがサラを頼って宮廷に現れ女王の侍女として働くことになるが……。女王を巡る二人の侍女の愛憎劇を描く宮廷ドラマ。第91回アカデミー賞では作品賞を含む9部門10ノミネート、主演女優賞を受賞。

18世紀のイギリスの宮廷を舞台に、女王を挟んで二人の侍女が対峙する人間ドラマです。女王アンの信頼厚い公爵夫人で侍女のサラは実質イギリスを動かすパワフルな女性。一方没落した貴族の出でサラの従妹である若きアビゲイルは、女王のお付きになったことで貴族に返り咲く機会を狙います。果たして女王のお気に入りの座を射止めるのはどちらか、というお話。監督は『ロブスター』『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』の脚本・監督であるヨルゴス・ランティモス。その独特な作風の癖が強いランティモスが今作では演出に専念、その結果、物語のシュールさは減ったものの、そのぶん意外にも人間くささが際立つことに。女王の信頼を巡り火花を散らす侍女二人の争いは不穏さと滑稽さが融合し、なおかつせつなさまで加わるというとても多面的な出来になっています。ゴージャスな美術や衣装も素晴らしく、それでいてトリッキーなカメラワークも活かされていて、いやあこれは面白い。

女王アン役は『オリエント急行殺人事件』のオリヴィア・コールマン。気まぐれで病弱でそれでも女王であろうとする毅然とした姿もあってとても良いです。そんな女王を巡る二人、アビゲイル役は『ラ・ラ・ランド』エマ・ストーン、レディ・サラ役は『ロブスター』レイチェル・ワイズ。激しい気性、歯に衣着せぬ攻撃的な口調のサラに対し、明るい笑顔とこずるさで成り上がっていくアビゲイル、この対決がスリリング。二人揃ってアカデミー助演女優賞ノミニーなのも納得の演技合戦です。サラと張り合うハーリー卿には『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ニコラス・ホルト、弁舌とクズっぷりが面白い。ほかアビゲイルに惹かれるマシャム役にジョー・アルウィン、サラの旦那に『SHERLOCK シャーロック』シリーズのマイクロフトことマーク・ゲイティス。

序盤と終盤とでアビゲイルとサラそれぞれの印象がガラッと変わる、しかもいつの間にかそうなってるというのが凄い。その狭間で王女が見せる揺れ動く心、愛情とプライドのせめぎあいも繊細。着飾る男たちと体を張る女たちという対比もあったりして、エロさとエグさと美しさの宮殿絵巻が展開します。最初から最後まで面白かったです。

↓以下、ネタバレ含む。








■奇妙な味わい

歴史を感じる宮殿の自然光に満ちた威厳ある趣き、夜はロウソクの炎とそれを囲む闇、並び立つ侍女たちや厨房で動き回る女中に至るまで、絵画のように絵になるショットが目白押し。主張せずとも豪奢な宮殿は上品で、女性たちのドレスも派手さを抑えつつも見目麗しいです。こういった美術や衣装のデザインの良さが世界観を確固たるものにします。章のタイトルやエンドクレジットなどのフォントも配置やデザインが凝ってますね。一方でそんな背景を余さず映そうとするかのようなカメラワークが独特。手前と奥を結構なスピードで直線的に動いたり、広角レンズで左右の端から端までグルリとパンしたり、俯瞰的な頭上からのショットがあったりして、時代ものとしてはちょっと変わった映像も同時に入っているのがランティモス監督らしい。

この辺りの撮り方もあって、ドロドロの愛憎劇と言うよりはもっとカラッとしてると言うか、いやそんなドライな感じでは全然ないんだけど、そこまで前面にウェットさを押し出してないという感じ。これがどこか奇妙な話である本作にはいい塩梅だし、一方で役者陣の細かい表情などの演技から色々汲み取れる、というバランスの良さになっているんじゃないでしょうか。台詞から付けられた全8章のタイトルも何か変ですよね。「ここの土は臭い」とか、ああアビゲイルがやってきた章だなと後からわかるけど変です。あとあのダンスも変すぎて可笑しいです。ランティモス監督らしいどこか奇妙な味わいというのはしっかり残っていて、でもそれがシュール一歩手前なところが観る者を引き込んでいくように思えます。


■二人の侍女

登場人物や背景にある戦争の状況などは一応史実が元になっているようです。サラは女王アンとは幼なじみ、女王をモーリー夫人と呼び、女王はサラの意見なしでは決めごともしないというほどの信頼度。天下の女王陛下に「アナグマみたい」と言うのがスゴいですが、ズバズバ言うのは元からの性格なのでしょう。「肥満の醜女と言われた」と被害妄想に嘆くアン女王に「それを言っていいのは私だけ」と否定しないのも容赦ないし、銃を撃つとき空砲でアビゲイルを脅すのも怖い。彼女は子供の頃いじめられているアンを救ったこともあって精神的な繋がりが深く、後にアビゲイルが見てしまうように肉体的にも繋がりがあるわけですね(現場に出くわしたアビゲイルの緊張感!)。そんなこともあって、サラは最初は女王を操って権力を欲しいままにしている、ように見えます。強気のレイチェル・ワイズはたまらんですよ。

そんな女王とサラの間に割って入ることになるアビゲイル、自慰男に馬車から落とされたり女中ににこやかにイビられたり最初は気の毒で怯えてるようにさえ見えるし、女王の痛風のために薬草を取りに行くのも優しさからだと思えるので、ああイイ娘なんだなーなんて油断していると、いつしか逞しくしたたかな顔を見せてくるのが秀逸。サラが政治で忙しいのをチャンスと、サラが忌避するウサギを取っ掛かりに女王の心をつかんでしまうんですね。マシャムとの森での追いかけっこでビンタしまくって夢中にさせるのには本性を垣間見れます。ハーリーからスパイのスカウトをされたことをサラに話したときに「誇りは捨てない」というのは恐らく本心で、それは人としてと言うよりは、没落し父親に賭けの代償として差し出された過去から何とか這い上がろうとする、上流階級としての誇りでしょう。それでもサラには敵わないと思ってたのに、ついには肉体的にも女王を虜に。「舌でしてくれる」は強烈です。エマ・ストーンの乳見せってたぶん初めてだと思うんですけど、不意討ちすぎて驚き。そして美しかった。感謝です!


■お気に入りの行方

そんな二人に挟まれるアン女王は気まぐれで病弱、癇癪起こして勝手に歩き回ったあげく「ここどこ」とか「どこ行ってたの」とか騒ぎます。「見ろ」と言われて見たら「見るな」はね、理不尽すぎてあの少年が気の毒。わがままな王族でしかないのかと思いきや、民のことを一番に気にかけてハーリーの進言を聞いたりと、時折見せる威厳が女王らしい。それでも「サラがいないと無だ」と言ってしまうほどサラに頼ってしまうのは、自分への自信のなさと寂しさのせいでしょう。17人もの子供を亡くし、その代わりに17羽のウサギを飼っているというのが何とも不憫。だからその奥底にあるものを同情ではなくさりげない優しさで汲み取ってくれる(ように見える)アビゲイルを気に入ってしまう。でも別にアビゲイルを選んだというわけではなくて、もっとサラに構ってほしくて嫉妬させようとする子供っぽさも込みなんですよね。

サラの方も権力を振りかざしていると言うよりは真剣に国政を取り仕切っていると言う方が近いとわかってくるし、アンのことを「彼女を見くびらないこと」と言うように決して軽くは見ていないのです。「女王には嘘はつかない」とも言うし、女王も「サラは横領などしない」と言い切るし、二人の関係は真に信頼に基づいていることがわかります。でも女王の心の隙を巧みに突くアビゲイルに立場を奪われ、アビゲイルに毒を盛られて馬に引きずられた結果頬に醜い傷が付いてしまうサラ。彼女自身はさほど傷は気にしてないのに、女王は自分にはないサラの美しさも愛していたのでしょう、ショックで一時的にサラを遠ざけてしまいます。逆にアビゲイルは「国には興味ない」「私はいつでも私の味方」と自分中心であるのがサラとの大きな違い。旦那に対してはその貴族の地位が欲しかっただけで、手だけ動かしてフィニッシュさせるという愛情の希薄さ。やがて腹黒さも見えてきて、サラのいない間に貫禄まで漂わせるのが凄いです。クフ!とかヘッ!とか笑う顔が印象深い。こうして二人の立ち位置と印象はいつの間にか、でも劇的に変わっていくのです。それでもサラの手紙に自分にはない決定的な何かを見て涙するアビゲイルは、本質的にはサラには勝てなかったと言えるでしょう。


■失われた信頼

エマ・ストーンのコメディエンヌなキュートさから一転しての堕落、レイチェル・ワイズのクールでいて情熱家な姿、オリヴィア・コールマンの弱さと毅然さ、三人とも素晴らしい。ランティモス監督作では『ロブスター』で男女間の緊張、『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』で家族間の緊張ときて、本作では女性間の緊張を描いているということですね。一方で男たちはと言えば女性たちの言葉に踊らされる脇役であり、マシャムのように手玉に取られたり、ハーリーがアビゲイルをしれっと突き倒すように力の行使でしか優位性を示せません。化粧をしてヅラをかぶって着飾るのは男の方で、女は体を張って傷も省みず肉欲的にも頑張るという、とても現代的な面もあります。しかし本作の根底にはさらに時代を超えた人間らしさ、特に愛情だけでは図れない人の欲望と、そして喪失により知る愛情というのがあるのでしょう。

アン女王は結局アビゲイルの口車に乗りサラを追放しますが、以降明らかに心ここにあらずで、最後は顔の左半分が垂れ落ち(たように見え)、左半身が麻痺したかのように肉体的にも影響が出てきます。そしてウサギを足蹴にするアビゲイルを見て、ようやく自分がまた大切な者を失ったことに気付きます。調子づいたアビゲイルに女王の権威を教え込むように頭を押さえ込み足をもませる。それはもう信頼ではなく単なる主従関係。もういないサラを探すかのように涙目で見回す女王が悲しく、そこに喪失の象徴としてのウサギが重なるのです。

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