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2019
02.19

囚われの月世界。『ファースト・マン』感想。

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First Man / 2018年 アメリカ / 監督:デイミアン・チャゼル

あらすじ
やっぱり宇宙は大変。



ソ連との宇宙開発競争を繰り広げるアメリカ。NASAは人類初の月面着陸に挑むため、多くの犠牲を払いながらこのプロジェクトを進めていく。アポロ計画が軌道に乗り、いよいよ月面着陸が実現に向かって動き出すが……。宇宙飛行士ニール・アームストロングの半生を描くドラマ。

ジェームズ・R・ハンセンによるアームストロングの伝記『ファーストマン』を、『セッション』『ラ・ラ・ランド』のデイミアン・チャゼル監督により映画化した宇宙ドラマです。と言ってもSFと呼べるものではなく、お仕事ドラマとも少し違う。同じく月を目指す宇宙飛行士を描く『アポロ13』のような実録ものではありますが、より一人の人物に肉薄するような作りになっているのが特徴です。今見れば技術も拙い60年代、税金の無駄と言われ命の危険も高い宇宙飛行が、予想以上に綱渡りだったことに今さらながら驚かされます。そして偉業の裏にある知られざるドラマを、異様に近いカメラで没入感を高め、様々な音の使い方で臨場感を特盛にして描き出します。人類で初めて月面に足跡を残した男は、どのような経緯を経て歴史に名を残すに至ったのか。スゴく良かったです。

ニール・アームストロング役は『ラ・ラ・ランド』でもチャゼル監督と組んだ『ブレードランナー2049』ライアン・ゴズリング。寡黙にして理系!という合理的な面と、やるせない過去に心囚われる繊細な面を演じます。アームストロングの妻ジャネット役には『蜘蛛の巣を払う女』クレア・フォイ。残される者の葛藤とそれを追い払わんと言うべきことは言う強さがイイ。ほか、ニールの同僚エド・ホワイト役に『ターミネーター:新起動 ジェニシス』ジェイソン・クラーク、上司のディーク・スレイトン役に『マンチェスター・バイ・ザ・シー』カイル・チャンドラー、バズ・オルドリン役に『アントマン』コリー・ストールといったキャスティング。製作総指揮にはスピルバーグの名前もありますね。

音楽映画の印象が強いチャゼルですが、音へのこだわりという点、多くを失いながらも諦めない者の、希望というより固執という点で通じるものがあります。クライマックスがあの一歩であるのは予想がつきますが、そこに至るまでの知らなかったドラマ、とりわけ身近に続く死の恐怖が色濃く、それだけにアメリカの栄光として歴史に名を刻む以前に、父であり夫であり一人の人間であるという当たり前の事実がより際立ちます。『ドリーム』とも『ゼロ・グラビティ』とも異なる宇宙ドラマ。よく知っている「あの言葉」が違って聞こえます。

↓以下、ネタバレ含む。








■迫る近さと音

揺れる飛行機に乗ってるようだけどあまりにカメラが近くて何をやってるのかよくわからないという始まり、上昇して外が赤く燃えることから大気圏を出たというのがわかるという視界の狭さ、戻ろうとして弾き返されるという極限状態での言い知れぬ恐怖と、冒頭シーンだけで既に本作の語り方が示されています。引きの絵は滅多になく、ときにはピントがボケるくらい近付くときもあって、例えばピントの合わない書類のアップには中身が入ってこないニールの心情が感じられるし、ロケットの小窓からわずかにしか見えない外の様子には緊迫感が募ります。それだけ主観に近い映像であり、これが臨場感と没入感を高めるんですね。見える範囲が少ないぶん、高度の変化を示す数字の上下や、回転の速さを示すメーターなどによる見せ方も上手い。そして音の使い方がとにかく凄くて、周囲を包み込む騒音、ロケットエンジンの轟音、宇宙空間の無音などがさらに臨場感を増し、ときに音の切り替わりによってスリルが増します。

特にジェミニ8号の打ち上げミッションは凄い。ニールたちが乗り込んでからカウントダウンの間、そして飛んでからもカメラはずっと操縦席の中の映像、機体がギシギシ鳴る音は恐怖を煽り、窓から見えるわずかな青空を見てるとふとカモメが横切ったりします。機内を飛ぶハエの羽音が集中力を妨げ、しかしそれを叩き潰すことが不安を煽るというちょっとした演出の妙。宇宙に出てからは見失ったドッキング対象を計算と細かい操作で発見するまでの緊張と焦り、連結成功後に起こる謎の回転では止まらないアラームとどんどん加速するスピードの恐怖が凄まじい。これがほとんど操縦席の中だけで語られるので、高揚感と言うよりは死への恐怖の方が迫ってくる感覚。宇宙開発がどれだけ危険を伴うミッションかをわからせるようになっているんですね。


■何が月へと向かわせるのか

そんな命懸けの仕事に従事する宇宙飛行士や技術者らNASAの職員たち。彼らが成そうとしている月への道程は黒板を2枚またがって線を引くほどの遠さであり、そこには距離だけでなく技術や安全性の問題、ソ連との競争など試練が待ち構えます。飛行士の訓練は苛烈であり、グルグル回る訓練装置ではクールなニールでさえ吐き、エドも吐き、エリオットも胸元汚れてて吐いたのがバレバレという、なんかここだけ妙に可笑しいんですが、しかし彼らがどんな思いで宇宙を目指すのかというのは、飛行士に選ばれて喜んだり記者会見で話したりはするものの、実はほとんど描かれません。それはカメラがニールに寄っているからで、そのニールは冷静であまり感情を出さないため月への情熱がどの程度あるのかはよくわからないですね。面接の際に「単なる探索であってはならない、知らない世界を知ることであるべき」と言うように科学的好奇心がその中心にあるのだろうし、ニールが月を見るシーンの多さからもそこに情熱がないわけではないのでしょう。

しかしそれ以上に、ニールがこの危険な任務に臨むのは、死に囚われているからのようにも見えます。飛行訓練で墜落したエリオット、シミュレーション内の火災で死んだエド、過去に死んだ同僚のパイロット4名。そして幼くして亡くなった娘カレン。ニールの周囲にはびこる死の影は彼を苦しめ、エリオットやエドの死は自分の代わりに選ばれたせいだという負い目に、あるいはぶつけようのない怒りや憎しみに変わり、娘の喪失は癒されない痛みとして残り続けます。だからニールはそんな理不尽な「死」に対して挑んでいっている、ようにも見えます。ポールの「犠牲を払ってもか」に「その質問は遅すぎる」と言うのもそうだし、少なくとも国のためとか栄誉のためなどではない、という描き方なんですね。

そしてそれはとてもパーソナルな思いであり、彼が孤独な時間を求めるのもそんな思いと向き合うためなのでしょう。人に言うべきことでもないから記者会見でも口が達者なオルドリンとは逆に「満足です」としか答えない。戻れない可能性を知りながら息子たちと話そうとしないのも、それが打ち負かすべき試練という思いが強いからなのかもしれません。「必ず戻る」とか言えばいいのに、でも嘘は付けないということなんでしょうね。それを理解してか上の息子がハグではなく握手、というのが泣かせます。


■最初の男の帰る場所

いよいよアポロ11号の打ち上げとなってもカウントダウンやリフトオフの声はなく、ずっと窓から向かうべき月を見続けるニール。ロケットが飛ぶ姿こそ引きの絵ですが、人類の偉業ではなく一人の男の死への旅路という感が強く、エンジンの轟音が途切れて静寂のなか進むアポロに、どうなるかは知っているのにハラハラします。ついに月へと到着してアポロからイーグルが切り離されても、今度は無事に着陸できるかのスリルが続きます。そしてとうとう着陸し、ドアを開けて空気の吸いだされる音に続く恐ろしいほどの無音、そして見渡す限りに拡がる月の平原には、来るところまで来てしまった感が凄まじい。地球から見上げた月の小ささが、今度は月から見る地球の小ささに変わり、嫌でも遠さを実感します。

ついに月の大地へと一歩を下ろしていうあまりにも勇名な言葉「一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類には大いなる飛躍である」は、死への挑戦に打ち勝った男の言葉としてとても似つかわしいとさえ思えます。多くの犠牲を払い命懸けの工程を経て辿り着いた、人類の誰も見たことのない景色。はしゃぐオルドリンをよそに、ニールは死んだカレンの遺品のブレスレットを月に捧げます。これが事実かどうかはわかりませんが、ニールが娘の死を決して忘れていなかったことをここで語るわけです。アメリカ国旗を掲げるシーンではなくこのアクションを描いたことが本作の肝であり、偉業というマクロな視点から個人の想いというミクロな視点への転換という離れ技を見せてくれるのです。ニールは死の危険を乗り越えて辿り着いた生のない星で、かつて生きていた者を想い死の呪いから解放されたと言えるでしょう。

人類初の月への上陸は世界中でフィーバーとなります。日本の様子も映されますね(思わず『20世紀少年』を思い出す)。しかしラストはそんな喧騒ではなく、帰還したニールが妻ジャネットと言葉なくガラス越しに手を合わせて終わります。宇宙船の壁一枚隔てた無重力の冷たさに比べて、そこにあるのは温もりであり帰るべき場所。最初に月に降りた男の話という実話を元にしながら、英雄ではなく一人の家庭人に戻して終わることで、華やかさの裏に隠れた人間の生きざまが見えてきます。

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