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2019
02.18

燻る情念の炎。『バーニング 劇場版』感想。

burning
Burning / 2018年 韓国 / 監督:イ・チャンドン

あらすじ
彼女はどこへ消えたのか。



小説家志望の青年ジョンスは偶然再会した幼なじみの女性ヘミに頼まれ、彼女の旅行中に飼い猫の世話を頼まれる。ヘミに惹かれるジョンスだったが、彼女がアフリカで知り合ったベンという謎の男を紹介され、やがてヘミが忽然と姿を消す……。村上春樹の短編小説を映画化したミステリー・ドラマ。

村上春樹の1983年発表の短編小説『納屋を焼く』を『シークレット・サンシャイン』『オアシス』のイ・チャンドンが8年ぶりの監督作として映画化。原作は未読ですがかなりのアレンジを加えて再構築しているようです。バイトをしながら小説家を目指す青年ジョンスと、彼が偶然再会した幼なじみの女性ヘミ、そして彼女がアフリカ旅行で知り合ったという男ベン。この三人の微妙な三角関係の話かと思いきや、やがてヘミが行方をくらましジョンスは必死で探し回ることに。イ・チャンドン監督作はこれが初鑑賞なんですが、いや凄かった。再会した同郷のヘミに惹かれながら、謎の金持ち男「ギャツビー」なベンに惑わされるジョンス。印象的なショットに心惹かれながらもひたすら淡々と続く不穏さ、「時々ビニールハウスを燃やしている」と打ち明けるベンの不吉さ。やがて押し殺していたジョンスの魂が叫びを上げるのです。

イ・ジョンス役のユ・アインは『ベテラン』で演じたキレキレの悪役とは別人のような、常に口半開きでぼんやりした雰囲気に変わってるのが凄い。小説家志望と言いながら作品を書かないジョンスの姿は実に心許なくて、それだけに彼の同行が気になっていきます。ベン役は『ウォーキング・デッド』のスティーヴン・ユァン、爽やかそうでいて怪しさもある油断のならない存在感が良いですよ。余裕こいた大人っぽさはジョンスと真逆ですが、胡散臭さが拭えないところがスリリング。村上春樹作品の登場人物っぽいです。ヘミ役はこれが長編デビューとなるチョン・ジョンソ。アクティブさと同時に何とも言えない掴み所のなさが魅力的。自由なはずなのにどこか危うさを感じさせるのでどぎまぎさせられます。

ジョンスとヘミとベン、三者の微妙な関係を繊細な積み重ねと心の機微の描写によって紡ぎ、結果思いがけない方向へ向かうのが凄いです。燃やされるビニールハウスへの焦燥に振り回されつつ、パントマイムではない現実感を求めたジョンスが、全てをさらけ出す結末が苦くてかつ解放的。様々な伏線によるミステリー的な作りもさることながら、真実を観る者に問うような余韻の凄まじさがあとを引きます。元々NHKが出資して作られていて劇場版より短いテレビドラマ版もあるそうで、機会があればそちらも観てみたいところです。

↓以下、ネタバレ含む。








■再会は出会い

ジョンスが街中で再会したヘミ。整形してるということもあってか最初はジョンスも気付かない、と言うかヘミだと明かされても何だか記憶がおぼろげな感じですが、グイグイくるヘミに引きずられるようにアフリカ旅行中の猫の世話を頼まれてしまいます。店頭のくじで当たった時計であるとか、姿を見せない猫であるとか、序盤から張られた伏線が終盤に重要な役割を果たすのが上手い。ヘミの「いないと思わない、あると思ってればあるのだ」というパントマイムに関する言葉は、後にヘミが失踪したときに、本当にヘミという女性は存在したのか?という疑心暗鬼まで引き起こされて、思わずいなかった可能性を考えちゃいましたよ。またヘミの話に出てくるリトルハンガーとグレートハンガー、食べ物に飢えた者と人生に飢えた者という概念と考えると、これはヘミがグレートハンガーで、ベンは同じと見せかけてリトルハンガーなのでしょうね。ではジョンスはと言えば、リトルからグレートへと変わっていくわけです。

ジョンスは小説家志望と言いながら小説を書く様子が見られません。小説を書く環境のためにと戻った実家生活では、牛が一頭いるので世話をしなければならないし(一頭だけというのがまた半端)、北朝鮮の対南放送が鳴り響くしと決して良い環境ではなく、父親が留置場にいるので仕方なくなんですね。そんな鬱屈した環境のなかで、でも本人はそれに対して焦っているふうでもなく、言ってしまえば人生浪費してる感じです。そんなくすんだ日々に突如現れ、強引に猫の世話を決めてしまうヘミは、ジョンスにとってまずは刺激のある存在としてのインパクトがあったでしょう。繋がりのなかった男に留守を任せるヘミは冷静に見ればちょっと危ないんですが、ジョンスが悪人ではないという勘とノリだったのか、或いは他に友人がいなかったのか。体を合わせるのも自らゴムを出してきたりして、ヘミにとっては手慣れた感があるし、猫を預かってもらうお礼くらいの行為なのかもしれませんが、ジョンスとしては自分は特別な存在だと思いますよね。


■奇妙な三角関係

それだけに空港でベンを連れてきたヘミに呆然とするジョンスには同情しかないですよ。鍋の店でベンがヘミに向ける興味深そうな視線に居心地悪さを感じ、わざわざ後輩にポルシェでついてこさせる人脈と金持ちらしさに気後れして、帰りもベンに送ってもらえばと思わず言ってしまう。勝負する前に勝敗が決まってるかのように思えます。でもベンのホームパーティーにジョンスも連れてこられたり、ジョンスの家にベンとヘミが二人でやってきたり、奇妙な関係が続きます。ジョンスの家で上半身裸になったヘミがパントマイムで鳥を飛ばしながら踊る様は夕陽に浮かぶ影が美しく、夕焼けから暗くなるまでずっとヘミを撮り続けるカメラが彼女の唯一の存在であることを印象付けます。ジョンスがベンに「ヘミを愛しています」と言うのは彼なりの宣戦布告かもしれませんが、ヘミには「なぜベンが近寄るのか考えてみろ」と言ったり「なぜ他の男の前で脱ぐのか、脱ぐのは娼婦だ」と心ない言葉を投げてしまいます。そしてこの日を最後にヘミは姿を消すのです。

ベンが「泣いたことがない」と言うのには笑みを湛えた表情とは裏腹に感情の欠落が見られるし、ヘミがアフリカの日の入りを見て自分の寂しさを思い泣いた、というのとは反対の無機質さがあります。ヘミのアフリカの躍りのさなかもあくびしたりして、どこまでヘミに思いがあるのかもよくわかりません。それだけに「ビニールハウスを燃やす」という告白は彼の歪んだ人物像を端的に表したものだと思うんですね。ヘミが消えた原因がベンにあると思ったジョンスはベンを見張ることにしますが、後を付けたらいつの間にか後ろを取られてたり、普通に湖を見に行ってたり。ここのジョンス視点の尾行シーンはとんでもなくスリリング。また湖の気色が美しいだけに、佇むベンとそれを見るジョンスの対比が滑稽にみえるほど。燃やされたビニールハウスがないか毎日見回ったり、バイトの面接も途中で帰ってしまったりしながら何も起こらない日々に、ヘミが実在したのかさえおぼろげになっていきます。


■燃やすのは誰か

十数年ぶりにあった母親が借金の話をするなかで、ジョンスはヘミの両親までも否定した井戸が本当にあったと知ることができます。こどもの頃に井戸に落ちたヘミを救いだしたのが自分だったことを確信するジョンス。そしてヘミがジョンスのことを「特別だ、いつでも味方でいる」と言うのを聞いて嫉妬したと言うベン。嫉妬なんかしたことがないのに、と。それらの事実や言葉はジョンスを動かします。そしてベンの家に再び行ったジョンスがトイレの引き出しに見つけた、ヘミにあげた時計。それは今までベンの家に来た女たちの単なる忘れ物なのか?ベンの家から逃げ出した猫は「ボイル」というヘミの猫の名前で呼ぶとやってきます。アパートでは一度も顔を見せなかったのがこの猫なのか?ヘミは幻だったのかという迷いは次々に実体を伴っていきます。ベンの趣味は本当にビニールハウスを燃やすことなのか?燃やされたビニールハウスはなかったのにベンは燃やしたと言います。本当に燃やしたのはヘミに対する暗い情熱ではないのか?あの時計は遺品なのか?何度もかかってくる無言電話は何だったのか?

ジョンスはヘミの部屋で彼女を思い、夢を見て、そこで何かをノートPCに打ち始めます。小説を書き始めたのかと思いきや、ジョンスがベンを呼び出して行う思いがけない凶行に度肝を抜かれることに。こうしてヘミの死を確信したジョンスによるバーニングで物語は幕を閉じます。しかしこのシーンは本当に事実なのか?そもそもベンがヘミを殺したという確かな証拠は一つもないのに、思い込みだけでジョンスは燃やしたのか?ベンに「ヘミは一緒じゃないのか?」と聞くのも不自然だし、直前に何かを書き始めたのもどうにも引っ掛かります。しかもずっとジョンスを追い続けてきたカメラが離れ、不意にベンが女性に死化粧のようにメイクを施すシーンに切り替わるのです。ここだけ視点が変わるのはそれがジョンスの視点だからか。化粧をされるのは熱っぽく語るときにベンにあくびをされた女性であり、それはヘミの姿に重なります。

証拠はない、でも確信はある、しかし暴力に訴えては暴行で有罪になった父と同じ。そんなジョンスが自身の思いをぶつけるため、初めて「書きたい」と思ったのがあのラストシーンであり、それは虚構だったのかもしれません。あるいは本当に燃やしたのかもしれない。どちらにしろ全てを脱ぎ捨てることか彼の解放をも表していて、それでいて真実はわからない。ただビニールハウスが凄まじい勢いで燃える幻想だけが、淡々とした味のなかに激しい余韻として残り続けるのです。

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