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2019
02.14

スキャンダルか、言われなき罪か。『フロントランナー』感想。

The_Front_Runner
The Front Runner / 2018年 アメリカ / 監督:ジェイソン・ライトマン

あらすじ
大統領への道は険しい。



1988年のアメリカ大統領選挙で、46歳という史上最年少で民主党の大統領候補となり、民衆からの人気も高いゲイリー・ハート上院議員。しかしとある新聞社のスクープ記事がゲイリーの快進撃にストップをかけることに……。実話を元にしたドラマ。

大統領選挙の予備選でフロントランナー(最有力候補)となったゲイリー・ハート、その若さからジョン・F・ケネディの再来とまで言われた人物の3週間に渡る大統領選の姿を描きます。マイアミ・ヘラルド紙の記者がスクープしたゲイリーに関する記事、それは女性問題に関する疑惑。真剣にアメリカのことを考えており、資質と才覚もある大統領候補(少なくとも劇中では)が、裏もとらないスキャンダル記事により追い詰められていきます。加熱する報道合戦、ゲイリーの家族や渦中の女性にも否応なく襲いかかる報道陣。事態への対応が不味かったのか、大局を見誤ったのか、あるいはマスコミのゲスさか世間の好奇の目か、そもそもゲイリーの行動に問題があったのか。思いが交錯するなか、正しさとは何なのかが問われます。実在の人物を赤裸々に描くのが面白い。

ゲイリー・ハートを演じるのが『グレイテスト・ショーマン』『LOGAN ローガン』のヒュー・ジャックマンなので、好感度は最初から高いわけです。ルックもよい、頭もよい、国民の信頼も厚い、それでも大統領にはなれないのかってことですね。妻のリー・ハートとは別居状態ですが、彼女や娘も巻き込まれていきます。リーを演じるのは『死霊館』シリーズのヴェラ・ファーミガで、抑えた怒りの演技がスゴくイイ。またゲイリーの選挙戦ブレインであるビル・ディクソン役に『セッション』J・K・シモンズ、ワシントン・ポストのキャップであるベン・ブラッドリー役に『スパイダーマン2』アルフレッド・モリーナといった配役。ちなみにワシントン・ポスト紙のベン・ブラッドリーというのは『ペンタゴン・ペーパーズ 最高機密文書』でトム・ハンクスが演じたのと同じ人物ですね。

監督は『マイレージ、マイライフ』のジェイソン・ライトマン。多くの登場人物が入り乱れてもしっかり整理して小気味良く見せてくれます。アメリカの未来を背負うだけの人物と評されながら、それでも大統領に相応しいかの評価が刻一刻と変わっていくのがスリル。構造的には結構モヤモヤしたものが残るんですが、若き新聞記者がぶつける質問は苦く、人生を狂わされた女性はツラく、一体どうあるべきだったのかと思わず考えてしまいます。

↓以下、ネタバレ含む。








■過熱する報道

序盤の説明文から「The Front Runner」の文字だけが残ってタイトルになるというのがクール。冒頭の報道陣が大挙集まっているのをぐるりと回り、最後に天高く伸びるアンテナまでを撮る長回しシーンは、政治家とそれを報じるマスコミが中心になることを示唆してるかのようで面白いです。このアンテナの付いた車は同じようなのが後にリーの家にも現れますね。結構えげつない展開の話なんだけどどこか上品に感じる映像が多い印象です。そんななか、ゲイリー・ハートは若いながらも熱いスピーチとカリスマ性で民主党のフロントランナーとまで言われるようになります。何よりも「選挙が大事だ」と言いきるゲイリーは、政策についても真っ直ぐで真剣、選挙戦のスタッフも彼を信頼し、担当の新聞記者たちも好意的。なのでゲイリーのスキャンダルは青天の霹靂だったんですね。

J・K・シモンズのビルが「ケンタッキーに行っていれば」と事態を重く見るのと反対に、ゲイリーは「そんな報道は関係ない」と突っぱねます。当時はまだプライベートな関係がスキャンダルになりうるとは考えられてなかったふしがあり、ゲイリーもわざわざ張り込んでるマイアミ・ヘラルド紙の記者の前に出ていきブチキレたりします。この記者たちは確かに張り込みも尾行も下手で、そもそも報道部の記者はそういう取材はしないのが通例だったのでしょう。おまけに記事は裏口の存在も見逃しており、いくらでも言い逃れできるはずだったのです。しかしその対策を怠ったために報道は過熱し、家族の住む家は報道陣に囲まれ買い物にも行けない。記事を書いたマイアミの記者までがテレビで質問され、コメディアンがゲイリーをネタに笑いをとる。硬派な姿勢を取っていたワシントン・ポスト紙まで、なぜ書かなかったと言われるので書くしかない。報道対策を軽く見たのがゲイリーの一つ目のミスではあります


■女性関係の捉え方

彼がなぜ大事な時期に「モンキービジネス(ヤバい仕事)」という名の船での怪しげなパーティーに出席したのかがよくわかりませんが、それが彼の二つ目のミス、そしてドナと親密になってしまうのが三つ目のミスです。劇中では真実は微妙に明確にしない作りになっており、ゲイリーとドナとの関係がどこまで深い関係なのかは実はハッキリとは語られません。しかしスタッフのアイリーンにゲイリーの素晴らしさを夢見るように話していたドナは、報道により人生を狂わされることになります。執拗に自分は優秀だ、大卒なのだとアピールしていたのが痛ましい。エスカレーターを降りる先に待ち構える報道陣に後ろを振り返ったらもうアイリーンはいない、というシーンなどは心細さの極致。そして以降、彼女は登場しないというのが見えない怖さとして残ります。

ドナに対する配慮さえ欠けていたゲイリーが、自分の愚かさを実感するのは妻のリーと対面したときです。この二人のやり取りは静かなる修羅場。リーは「私に恥をかかせない約束よ」と責め方は静かですが、心の奥が煮えたぎっているのは明らか。「この重荷は私ではなくあなたが負うべき」という理由から離婚はしないというリー。別れてしまった方が楽だろうに、贖罪を求めるんですね。ひたすら「すまない」と言うしかないゲイリーにも「そう言いたいでしょうね」とバッサリ。しかしそんなリーに対して「いつかは許してくれるか?」と言ってしまうところに、ゲイリーの事態の捉え方がリーとは異なることが見えてしまうのです。


■問われる正しさ

不倫は道徳的倫理的には問題あっても犯罪ではないし、結局は個人間の問題だと思ってるんですが、ことここに至っては政治的な手腕が優れているだけではダメだなのだ、という言説になっていきます。ワシントン・ポストの女性記者が言う「ハンサムで頭がよく、輝く未来と、そして権力がある。それは責任を伴う」はその大きな理由になりうるでしょう。ただそれは考え方の一つではありますが、ずっとゲイリーをそばで見てきたポストの若き記者は、ゲイリーに大統領にふさわしい資質と才覚を見ているのです。疑惑の発端となる記事を書きながらも、ゲイリーのことを信じていたんですね。信じたいからこそ、最後に過去の不倫疑惑の質問をぶつけるわけです。しかし「プライバシーに踏む込ませる前例を作るべきではない」と言っていたゲイリーは、この不意を突いた質問で答えに詰まった末に「その質問は妥当ではない」と否定できないのです。恐らくはこれがリーとの別居の理由ということなのでしょう。ある意味ウソをつけない真っ直ぐさが皮肉にも四つ目のミスとなり、ゲイリーは舞台を降りることになるのです。

このゲイリー・ハートの件以来、政治家もプライベートが重視されるようになったとのことです。しっかり前例になってしまったわけですね。アメリカを変えていたかもしれない男の失墜は、果たして行き過ぎた報道のためだったのか、彼自身の不誠実さのためなのか。過去の不倫についても明言はされておらず、真実を描かないことでその問いは直接観る者へと投げ掛けられます。意外にも本作では肝心の有権者の様子はほとんど描かれず、焦点が当たるのは政治家と報道陣のみです。国にとって本当の当事者の欠如が、大統領としての正しさとは何かということをより客観的に問う構造になってるんですね。言うまでもなく様々なハラスメントで話題に上がる現大統領についての問いでもあるのでしょう。欠点があっても国を治める資格はあるか、資質があっても綻びは責められるべきか。判断は委ねられたのです。

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