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2019
01.10

本当の地獄は自分の内に。『暁に祈れ』感想。

A_Prayer_Before_Dawn
A Prayer Before Dawn / 2017年 イギリス、フランス / 監督:ジャン=ステファーヌ・ソベール

あらすじ
絶対入りたくない刑務所No.1。



イギリス人ボクサーのビリー・ムーアは、タイで麻薬常習により逮捕され、タイの刑務所に収監されて地獄のような日々を送ることに。やがて所内のムエタイ・クラブに入ることでこの地獄から抜け出そうとするが……。ビリー・ムーアの自伝小説を映画化したアクションドラマ。

タイの刑務所に服役したイギリス人ボクサー、ビリー・ムーアの自伝を元にした実話の映画化です。タイでクスリに溺れたビリーが投獄された刑務所は汚い上に一部屋に何十人もが放り込まれ、地べたに毛布を敷いてくっつきあうように寝なければいけないという超劣悪な環境。しかも周りは凶悪犯ばかりで、刑務所内での賄賂はもちろん暴力やレイプ、殺人までもが日常茶飯事。そんな異国の刑務所で外国人が一人きり、タイ語は全くわからず、暗黙のルールも把握できず、同房の奴らにイビられ誰も守ってくれないという、死んだ方がマシじゃないかというほどの地獄。キ、キツい。

ビリー・ムーア役は『グリーンルーム』のジョー・コール。ボクサー役ではあるんですが、周りが凶悪犯だらけだと個人の格闘スキルなど役に立たないという怖さを、迫真の演技で見せてくれます。凄まじい環境で何とか生き残ろうとする姿が痛ましい。そして驚きは他の囚人たちが本物の元囚人であるということ。全身タトゥーだらけ、人によっては顔にまでタトゥーが入っていて、そのせいで皆ほぼ半裸なのに画面が黒いという絵面が異様すぎて迫力。また『オンリー・ゴッド』のカラオケ神ことビタヤ・パンスリンガムが刑務所長役で出てます。

説明はほとんどなく、字幕も序盤はほとんど付かないことで、より心許なさが増大。カメラがビリーに近いことによって必要以上の臨場感が生まれ、嫌でもこの地獄巡りに放り込まれます。地獄という点では『デトロイト』とか『レッド・スパロー』に近いものがありますが、そのキツさは生理的にも精神的にも比じゃないです。レディボーイ(女性となった男囚)との淡い関係もありつつ、ジャンキーであるビリーが己の弱さに向き合うドラマに打ちのめされます。家で観たら何度も一時停止してしまいそうなので、映画館で観といてよかったです。

↓以下、ネタバレ含む。








タイの刑務所ってあんなに酷いのか、というのがとにかく強烈。小汚ない大部屋にギュウ詰めで雑魚寝、タトゥーだらけですぐ武器を取り出す囚人たち、そんな極限状態でさらに言葉がわからないというのがとんでもなく不安。ジョー・コールが西洋人とはいえそこまで大柄ではないのもあって、すぐにキレる囚人たちには恐怖しかありません。よくわかんないけど腕立て伏せさせられたりするのだけでも怖くなるし、夜中に用をたそうとした途端に凶器で脅されて犯されそうになるというのも地獄。ビリーの脇でホラれたヤツは翌朝首を吊って自殺、しかしそこで誰も騒がず刑務官も淡々と後処理をするというのが、この地獄が日常化していることを示します。本当にビリーと共に地獄巡りをしてるようで、カタルシスもほとんどなくひたすらキツい。ビリーも手首を切るほど追い詰められます。

さらに問題はビリーがヤク中で、そのせいですぐキレて問題を大きくしたり、暴れて独房に入れられたりすること。この独房がまた犬小屋みたいな狭さで発狂しそうなんですが、ともかくヘロインが止められずに看守に賄賂のタバコを渡して手に入れ、挙げ句看守が気に入らない奴を痛め付けるよう命じられたりとドツボにハマっていきます。そんななか何度もやり取りするうちに懇意になったレディボーイとの恋愛によってヘロインも断ち、救われるビリー。こんな美人(父親を殺した服役囚だけど)と仲良くなってまさかの地獄に春!しかし浮気されてあっけなくフラれ、ヘロインに逃げ戻るビリー。彼女とのシーンは繊細でイイですね。歌を披露したときにフラれたビリーが思わず微笑んじゃうのが良いです。

唯一打ち込めると思ったムエタイ・クラブに賄賂を送って何とか入り込めたビリーは、監房もクラブの部屋に移りようやくクスリからも解放されます。チームメイトたちとも罪状を明かし合うほど打ち解け(かなりエグい犯罪だけど)、ムエタイに打ち込むことで周りもよく見えるようになります。房を移るときに、いつも代わりに点呼してくれた人と抱き合うのがイイ。あの人はさりげなくイイ人だったなあ。しかしようやく打ち込めるものを見つけてほんの少し希望が見えたと思っても、クスリ代でもめて「エイズになるか」というとんでもない脅され方をされて絶望から解き放たれない、というのが自業自得とは言えさらにキツい。クスリに逃げたことでまたもビリーは追い詰められることになるのです。

ムエタイでの対抗試合を必死で戦うビリー。最終ラウンドは何をやってるのかわからないほどカメラが肉薄し、無我夢中で戦っている様が強まります。そして練習での肘打ちが見事にフィニッシュ・ブローに。所長も思わず立ち上がってサムズアップするほどカタルシスのある場面ですが、それを打ち消すかのようにビリーはブッ倒れます。当初はビリーに邪険にしてたコーチがビリーの名を叫びながら駆け寄るのが熱いですが、なかなかスッキリとはいかない展開にはやきもき。地獄は終わらないのだろうか、という不安が観る者を襲います。

ビリーがなぜタイにいたのかはハッキリ明かされません。イギリスには父と兄弟がいるというから、何かしらの理由で家から逃げてきたのでしょう。そしてタイに渡り、ヘロインへと逃げたことで投獄されます。せっかくボクシングを教えていた少年が面会に来てもただ涙を流すしかできない。色んなものから逃げようとした弱さこそがビリーを地獄へと突き落としたのです。試合後、目覚めた病院から何気なく外に出れてしまい、線路の向こうにずっと続く道へと辿り着きます。このまま逃げてしまえばその先には自由がある。しかしビリーはここでついに逃げるのを止めて、病院へと戻るのです。まさにここが、ビリーが己の弱さを乗り越えられるかどうかの分かれ道だったのでしょう。これは自分との勝負に打ち勝てるか、という話だったわけです。

最後にビリーに会いに来る父親は、現実のビリー・ムーア本人(一瞬リーアム・ニーソンかと思った)。地獄を生き抜いた男が、あの頃の自分を激励しに現れる。なんとも熱いメタ構造にじんわりとします。

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