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2018
12.13

犠牲が恩恵に変わるとき。『ヘレディタリー 継承』感想。

Hereditary
Hereditary / 2018年 アメリカ / 監督:アリ・アスター

あらすじ
コッ♪(緩和表現)



祖母エレンが亡くなったグラハム家では、エレンに対して複雑な思いを持つ娘アニーと夫のスティーブ、二人の子供たちにより葬儀が執り行われたが、それから一家に不吉なことが起こり始め、やがて想像を絶する悲劇が一家を襲う。しかしそれは始まりに過ぎなかった……。様々な恐怖が襲い来るホラー・ムービー。

これは凄いホラーです。何かがヤバいというのはわかるのに、どこに連れていかれるのかがわからない、というのが怖いんです。冒頭シーンからずっと続く、何かに囚われてる、見られてるという不穏さ、落ちつかなさ、息苦しさ。祖母を亡くしたグラハム家に重苦しさがあるのは当然としても、それだけではない何かを感じさせる演出の数々が散りばめられています。どこか壁を感じる家族間のうっすらとした緊張、不安定に見える母、何かが奇妙な娘。いたって普通に見える息子も不可解な現象に巻き込まれていき、父は翻弄されていく。そしてトラウマになりそうなショッキングな事故を皮切りに加速する崩壊。突然大きな音を出す、みたいなびっくらかしはほとんどないのに、細部に至るまで安心させない画と音が延々と続いて追い詰めてくるし、その根底に揺らめく常軌を逸した「継承」に否応なく取り込まれていきます。

監督、脚本は本作が長編デビューとなるアリ・アスター。計算しつくされた恐怖表現には随所にフレッシュさもあり、いきなり凄いものを作ってくれたな!と感嘆。母アニー役は『トリプルX 再起動』『シックス・センス』のトニ・コレットで、彼女の演技自体がもう怖い。夫のスティーブ役を『ユージュアル・サスペクツ』ガブリエル・バーンが重厚に演じます。この二人は製作総指揮も兼ねてるんですね。息子のピーター役は『ジュマンジ ウェルカム・トゥ・ジャングル』アレックス・ウルフ、大きな瞳が印象的なだけに見開かれた目やそこにたまる涙が際立ちます。娘のチャーリー役であるミリー・シャピロも何とも言えないインパクト。ちなみにピーターの気になるアノ娘はマロリー・ベクテルという人です(可愛いので調べた)。

不意に切り替わる時間、鳴り続ける不気味な低音、ミニチュアに表れる歪さ。悲しき家族のドラマに引き込まれながらも、一体何が起こっているのかわかりそうでわからないまま、気付いたときにはもう戻れないというのが恐怖。何だろう、大変なものを観てしまったというか、終わりの始まりを目撃してしまったというか、とにかく恐ろしくて面白い。音響も重要な要素なので、ぜひ映画館で観てほしいところです。

↓以下、ネタバレ含む。








■途切れない不穏さ

カメラがミニチュアの部屋に近付き、あれっと思ったときにはもう本物の部屋に変わっていて、思わず「えっ」と言ってしまいそうになる冒頭。この脅かしてるわけではないけど「えっ」と驚く不意討ちと、そこにまとわりつく不穏さ、というのが至るところに見られます。夜が一瞬で朝に変わったり、ベッドに座るピーターが一瞬後に同じ格好で学校の席に座っていたりというシーンの切り替え。何かが反射してるのかと思った光が壁を走る不自然さ。教室の窓の外に何かが近付いたと思ったらそのまま激突する鳩、それに全く動じないどころか、ハサミで鳩の死体の首を切るチャーリーの不気味さ。口の中で舌を「コッ」と鳴らすのがそれに拍車をかけます。また交霊会でジョーンが動かしたのかと思ったカップがすぐさまひとりでに滑り出すヤバさ。ジョーンの家の玄関脇にある鏡に妙な角度で映る顔。こういった常に落ち着かないショットが連なり、不穏さが増大していきます。

前半最もショッキングな事故のシーン、チャーリーの落ちた頭のショットは夢に出そうなおぞましさですが、その前後も凄まじい。ピーターが事故る原因となった道路に横たわるものが何だかよくわからないし、窓から顔を出したチャーリーに近付く電柱に息を飲んだ直後、聞きたくない心底イヤな音からしてエグい。バックミラーを見れないピーターが「大丈夫だ」と言ってゆっくりアクセルを踏むまでの長い時間に、現実から逃げ出してしまうほどの絶望感というものがひしひしと伝わります(バックミラーはピーターのトラウマとして後でまた出てくるのが上手い)。翌朝響き渡るアニーの恐ろしい悲鳴をベッドのなかで微動だにせず聞き、「死にたい」と泣き叫ぶ母の声をただ突っ立って聞くピーター。地獄です。そして食卓で突然ピーターにブチ切れるアニーには、事故とはわかっていても息子を責めずにいられない母の姿が表出します。


■狂いゆく経緯

主人公かと思ったアニーが一番怖い存在になっていくのがさらに落ち着かなさを増します。先のブチ切れもそうだし、グループセラピーで憮然としながら語っていたと思ったら不意に泣き出したり、夢遊病でピーターをシンナーで燃やしかけた過去があったり、霊を降ろそうとする姿などは端から見れば完全に狂人。夫であるスティーブの彼女を見る目がどんどん変わっていくのがわかります。でも彼女は実際に頭がおかしくなってるわけではなく、そう思わせるミスリードなんですね。ピーターにキレるときに捲し立てる言葉には本当は言いたくないしそう思いたくないというのが窺えるし、霊を呼ぼうとクレイジーなことを言い出すのも実際に見たから。周囲が見えなくなってはいますが、葬儀の席で自分も母に似て手強い、みたいなことを言うように決して弱いわけではないのでしょう。エレンの遺品から真相に辿り着くのもアニーです。ただトニ・コレットの形相が凄まじすぎて、同情よりも先に恐怖を感じてしまうんですよね。これはおそらく意図的なのでしょう。

恐怖を感じるもうひとつの要素としてミニチュアがあります。アニーのアーティストとしての芸術作品なわけですが、それらは自身の経験に基づいた風景を模型化したもの。幼稚園の風景はまだいいですが、他は終末医療だったり、母エレンの葬儀場だったり、あろうことかチャーリーの事故現場まで平然と作ったりします。模型化することで自身の悲しみと向き合うというセラピーとしての意味もあるのでしょうが、それにしてもやり過ぎ感があって彼女の正気を疑わせることにも繋がります。ただこのミニチュア、冒頭で現実のシーンに繋がるように、過去の事象そのものを作っているということが、何かに囚われている、操られていると示すような作りにもなっているんですね。そしてそれは気のせいではないのです。

ところで、ジョーンの電話番号メモに気付くのは塗料の瓶をこぼしたのが切っ掛けですが、その瓶はアニーの手が当たる前に倒れたような……?だとしたら完全に誘導されてますね。それにしてもスティーブが気の毒で、顔面を打ったピーターを車で運ぶときについに耐えかねて涙するシーンなどはツラいです。


■仕組まれた真相

真相の一旦はアニーがグループセラピーで語る過去で既に表れています。父は鬱になって餓死、兄は「母が何かを招き入れようとした」と言って自殺。「母が皆を操るので」不干渉ルールを作ったという不可解な言葉。長男には触れさせなかった、代わりにチャーリーを「差し出したら」飛び付いた、という物言い。その後も、チャーリーは生まれたときも泣かなかった、エレンがチャーリーに「男の子になってほしい」と言ったということがわかり、エレンの遺品からジョーンの正体も判明します。そして本に書かれた悪魔の名前「ペイモン」。その名はアニーが霊を呼び出すときに唱えた呪文のなかにも出てきた言葉でもあります。ペイモンには男の体が必要であり、それにはこの悪魔を信じる者の血筋が必要。血筋とは、ラストでエレンの写真に「クイーン」の文字があることからわかるように、王女であるエレンの血筋のこと。だからアニーの兄は乗っ取られかけて自殺、しかしピーターは不干渉のルールのために今日までは無事、スティーブは婿なので対象外、体を持たないペイモンはチャーリーに憑依し体を得る機会を窺っていたのだろう、と色々と繋がっていきます。

全てはエレンが仕込んだこと。つまりペイモンを呼び出すために一族がある、それが「継承」ということなんですね。思い返せば伏線は色々とあります。遺品の本の表紙に載っているペイモンのマークは、エレンが葬儀のときに身に付けていたネックレスと同じ意匠で、これは屋根裏部屋でエレンの死体が転がる壁にも描かれています。そしてピーターが車でパーティーに向かうときに画面中央で止まる電柱、画面を分割するような構図に最初は何かの境界を示しているのかと思いましたが、二回目を観たときこの柱にペイモンのマークがあることに気付いて震えましたよ。この電柱はチャーリーを殺した電柱と同じものなのでしょう。つまりチャーリーの死もペイモンの仕業であるということです。エレンの手紙にあった「失うことを悲しまないで、犠牲は恩恵に繋がる」という文章は、エレン自身ではなくチャーリーの喪失のことであり、それがペイモン降臨に繋がるという意味。仕組まれた事故だったわけです。

そして終盤姿を見せる白塗りの裸の人々。これがペイモンを崇拝するエレンの取り巻きたちだったわけですね。思えば彼らは序盤から登場しています。エレンの葬儀でチャーリーのことを笑顔で見ている男もそうでしょう。またピーターが家でハッパをやって煙を窓の外に出すとき、画面脇に人の白い息だけが映ります。おそらくピーターを見守っているのでしょう。鳩の首を切ったチャーリーに呼び掛ける者や、ピーターに出ていけと叫ぶジョーンもその一人。クライマックスでは彼らが既に家中を囲んでいる様子も一瞬映るし、ついには家の中にまで侵入してきます。エレンの本によれば、王であるペイモンは臣下に富を与えるとあり、また最後の台詞では知識と人を操る力も与えると言うので、その力を崇拝する人たちなのでしょう。いやー怖い。と言うか白塗りの裸という時点で怖い。


■止まらない恐怖

恐怖表現も徐々にエスカレート。チャーリーの姿が暗闇に浮かび、首が落ちたと思ったらボールが転がってくるとか、ピーターの背後を白いふわふわしたものが横切ったりとか。アニーの夢の中でピーターの顔をアリが覆っていたり(チャーリーの顔もアリがたかっていた)、アニーが「産みたくなかった」とベラベラ喋ってしまうのも何だか怖い。立体的な音響も凄くて、後ろから聞こえる舌鳴らしや、鉛筆のサラサラ書く音、ハエの羽音などは、シーンに放り込まれたかのような臨場感。スティーブが炎に包まれた後はアニーは完全に我を失い(ペイモンが憑依した?)、ピーターの背後の天井近くでずっと動かずにいるし、屋根裏に逃げた後にその入口をガンガン叩くってどうやってるの?と思ったらあり得ない姿が映って背筋が凍ります。屋根裏はいつの間にかロウソクの灯で満たされてるし(白塗りたちの仕業なんでしょうが)、極めつけはピーターが視線を上げてそこに見る光景。自分の首を自分で、しかも徐々に上がるスピード。もうピーターならずとも窓から飛び降りたくなりますよ。

本作最初のショットとして木の上にあるツリーハウスが映る意味、それはそのツリーハウスに向かって全てが収束していくということだったわけです。チャーリーが寝泊まりし、アニーが一人引きこもり、ピーターの部屋からずっと見えていたこのツリーハウスは、いわばペイモンの謁見室。飛び降りたピーターの体に青白い光が入っていき、起き上がったときに舌をならすことから、チャーリー=ペイモンの魂が入ったのだとわかります。そして彼を見る白塗りたちの笑み、ツリーハウス内でかしずく首なし死体のアニーとエレン。室内ではもはやピーターではなくなった者が戴冠され、「ヘイル、ペイモン」の声が鳴り響く。場違いなようでいてしっくりきてしまう厳かさ、そして場を満たす祝福感には、あちら側が始まりこちら側が終わったかのような、我々の現実さえも侵食してくるような錯覚を覚えます。

地獄の八王のひとりが誕生する、という点だけ見てしまうと滑稽さがありますが、執拗に積み重ね、追い込み、手順を踏んでのあのラストなので、完全に飲み込まれてしまいます。映像、音楽、演技、全てが恐ろしく、いつの間にか足元が崩れているというのも容赦ない。まさにピーターが「これは夢だ」と頬を張っても変わらない、目覚められない悪夢。この「大変なものを観てしまった」感にやられます。

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