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2018
12.10

孤独は人を求め、すれ違いは狂気を生む。『イット・カムズ・アット・ナイト』感想。


It Comes at Night / 2017年 アメリカ / 監督:トレイ・エドワード・シュルツ

あらすじ
赤いドアを開けてはいけない。



正体不明の何かから逃れるために森の中の一軒家に隠れ住むポール一家。そこに助けを求めるウィルという男がやってきて、ポールはウィル一家との共同生活を受け入れる。協力し順調にいっていた二つの家族だが、やがて恐ろしい事態が起こり……というサスペンス・スリラー。

得体のしれない病が蔓延し人影も途絶えた世界で、ひっそりと暮らすポール、サラの夫婦と息子のトラヴィスの三人家族。締め切った薄暗い家で、唯一の入り口である赤いドアは常にロックされ、外に出るときも細心の注意を払う。そんな生活を送る彼らの家に現れたウィルと名乗る男により、事態は動き出します。予告からは夜に何かが襲ってくるというホラー話を想像しますが、実際はちょっと違っていて、極限状態で二組の家族が見せる心理的恐怖が描かれていきます。でもこれはこれで面白いんですよ。油断できない外の状況、限られた資源、そんな追い詰められた現状の一方で生き残った者同士の助け合いや交流があり、人はどこまで人を信じられるかというギリギリのせめぎ合いが生まれていきます。これがスリリング。

ポール役は『ザ・ギフト』『レッド・スパロー』ジョエル・エドガートン、家長として厳格なルールを定めながらも微妙に揺れ動くさまが実に上手い。妻サラ役は『ファンタスティック・ビーストと黒い魔法使いの誕生』でピッカリー議長を演じたカルメン・イジョゴです。息子トラヴィス役のケルビン・ハリソン・Jr.の思春期ならではの描写も良かった。一方でウィル役クリストファー・アボットがポールとは違った頼もしさを見せるのも絶妙。その妻キム役の『マッドマックス 怒りのデス・ロード』ライリー・キーオが『アンダー・ザ・シルバーレイク』に続いて存在感を示します。

監督はインディペンデント映画賞で数々の受賞歴を持つトレイ・エドワード・シュルツ。これが長編二作目とのこと。2つの家族が抱えてしまう疑念や、「それ」への恐怖を通して露になる本性を、繊細な演出で積み重ねていきます。閉塞感を助長する赤いドアは自由への出口であると同時に、終焉への入口でもある、というのがせつなくやるせないです。

↓以下、ネタバレ含む。








■家族を守るため

冒頭は虚ろな瞳の老人のアップから始まりますが、これがポールたちの恐れる謎の病におかされたときの症状なんですね。この人物はサラの父でトラヴィスの祖父、つまり家族の一員ですが、「力を抜いて、楽にして」と声をかけつつ、ポールはガスマスクのまま祖父を森に運んで躊躇なく頭を撃ち抜き、遺体を燃やします。それだけ感染力が強い伝染病ということであり、強い心を持たなければ一家は全滅してしまうということなんですね。家族に対してもそうなのだから、家に侵入したウィルに対しても疑心暗鬼になるのは致し方ない状況なのでしょう。家には疫病に苦しむ人々の凄惨な絵が飾ってありますが、それを戒めとするほどの覚悟を必要としていることが窺えます。

この病気がどこからもたらされるのかは最後までハッキリせず、そこは意図的にボカしているように見受けられます。つまりこの極限状態の舞台立てのためにある設定です。空気感染か接触感染かの感染経路、マスクを付け外しする基準もちょっと曖昧ですが、それはポールたち自身もあまりわかってないのかも。ただ飼い犬が森の中へ行方をくらまし戻ってきたときには感染してるというシーンを入れ込むことで不気味さを増幅し、抗えないものであるという印象もしっかり植え付けている辺りは抜かりがないです。なのでウィルを一昼夜木に縛り付けて様子を見るという非人道的な行いも責められない状況なんですね。でもそれは苦渋の決断であるだろうし、本心では皆人恋しさというのがあるのでしょう。ポールは人一倍警戒するものの、サラはウィルたちがいれば心強いと言うし、若いトラヴィスはなおさらです。結果、ポールはウィルの一家を受け入れることになります。


■信じたい思い

ポールは細かいところまで生活をルール化し、それを順守することで家族を守ろうとします。それは元教師という経歴からくる厳格さでもあるのでしょう、ウィルを受け入れる際も、感染しておらず家畜などの資源があるからという理由付けを明確にしています。ただ、家長としての強さを示すことで家族をまとめようとしているようにも見えて、突然車を襲ってきた輩をウィルが止める間もなく撃ち殺してしまうことからも、実際は決して強くはなく、むしろ臆病であるがゆえの虚勢であることが窺えます。印象に残るのはウィルを誘って二人で酒を飲むシーン。もちろん交流を深めるための誘いだったでしょうが、ウィルが「(妻の)兄の家にいた」と言うのに対し、一人っ子だったんじゃないのか、嘘なのか、と一瞬疑ってしまい、これを恥じるように場を切り上げてしまいます。ポールもまた本当はウィルたちを信じたかったのでしょう。でも簡単に信じてはいけないというジレンマ。家族のためと称してルールを徹底することは、ポール自身を狂気から守ることにも繋がっていたと思われます。

他者と交わることのなかった日々で最もストレスを抱えていたのは息子のトラヴィスでしょう。17歳の男子にとって、家族そろって引きこもりのような生活が息苦しいのは想像に難くないし、不眠に悩まされるのもその一環でしょう。両親の会話を屋根裏部屋で盗み聞きする趣味も、他に刺激がない生活で自分だけが見つけた密かな愉悦です。別にエロいこと目的というわけでもなく(たぶん)、ウィル夫妻の会話を盗み聞きして思わず笑ってしまうのも人恋しさの表れです。ウィルに薪の割り方を教わったり、幼い息子のアンドリューと遊んだりと、ウィル一家がやってきて一番楽しそうなのもトラヴィスで、特にキムに対しては、夜中の二人きりでの会話に家族ではない女性というのを意識しまくっててドキドキもの。昼間は水を汲むキムに見惚れちゃったりして微かな恋慕さえ匂わせます。思春期だからね、しょうがないね!


■すれ違いの悲劇

しかしこの禁断の思いはトラヴィスにとっては新たなストレスだったのか。愛犬を失い、自分を子供扱いする父に苛立ち、手の届かぬ女性に惹かれる。そんなどうしようもない状況でもここを出られない。トラヴィスにとって、唯一の出入り口である赤いドアは越えられない境界でありながら、解放の象徴でもあったかもしれません。スローでズームアップしていく赤いドアに、容易には通さないという威圧感が強調されます。そんななか、その赤いドアが開いているのを見つけたことで事態は急展開を見せます。居間で寝ている幼いアンドリュー。開け放たれた赤いドア。協力体制から一転、接触を絶つ二組の家族。そしてウィル一家の思惑を聞いてしまうトラヴィス。追い詰められた者は何でもやると言い放つサラ。解放の象徴にさえ思えた赤いドアは、全ての者を狂わせる魔道の入り口へと姿を変えます。

トラヴィスが見る夢は、彼の奥底にある恐怖を映し出します。森のなかに入ると縛られていたはずのウィルが目の前にいるという夢は、未知の人物に対する警戒と恐れだろうし、キムがまたがってきてドロリとしたものを口移しする夢は、性的な欲望と同時に禁断の行為に対する背徳のようなものを感じます。そして自分が病におかされて血を吐き、目の前には死んだ祖父がいるという夢は、死への恐怖と悔恨なのか。そもそも赤いドアを開けたのが本当にアンドリューなのかは明確にはなりません。トラヴィスがドアに向かって進んでいくシーンもあり、それが回想なのか妄想なのかはわかりませんが、ドアを開けたのがトラヴィスであるという可能性もあるのです。もしそうであったなら、彼はどうしたかったのか。それこそ解放されたいという思いでドアを開けたのか、あるいは抑圧された衝動が爆発したのか。または彼が見た夢が彼を動かしたのか。タイトルが示す夜に来る「それ」は、トラヴィスが夜に見る夢、あるいは夢がもたらした行動のことかもしれません。

真相はわかりませんが、トラヴィスの言葉により大人たちの猜疑心とエゴは一気に膨らみ、結果悲劇が起こります。そしてサラがトラヴィスにかける「力を抜いて、楽にして」という言葉は、祖父の最期にかけたのと同じ言葉。会話もなく夫婦二人で座るだけのラストショットに、一体何を守っていたのかさえわからなくなる、というのが苦いです。

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