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2018
11.20

体感する女王の伝説。『ボヘミアン・ラプソディ』感想。

Bohemian_Rhapsody
Bohemian Rhapsody / 2018年 アメリカ / 監督:ブライアン・シンガー

あらすじ
ガリレオ フィガロ~♪



ファルーク・バルサラ、後のフレディ・マーキュリーは、ブライアン・メイ、ロジャー・テイラーのバンドに参加、ジョン・ディーコンを加えた四人は「クイーン」としてスターダムを駆け上っていく。しかしやがてメンバーと衝突したフレディに悲劇が訪れる……。フレディ・マーキュリーの人生を描いた伝記ドラマ。

世界的ロックバンド「クイーン」のボーカルであり、1991年に45歳の若さでこの世を去ったフレディ・マーキュリーを描く音楽伝記映画です。クイーン結成の経緯、名曲誕生エピソードの数々、20世紀最大のチャリティコンサート「ライヴ・エイド」のステージなどを映しながら、稀代のボーカリストでありパフォーマーであったフレディについてのドラマが描かれます。クイーン好きなので楽しみにしてましたが、これが期待を遥かに越えて最高。単にクイーンの曲でアガるというだけではなく、いかにして名曲が誕生したかの秘話や世界的なバンドとしてブレイクしていく熱さを描きつつ、フレディの仲間との繋がりやセクシャリティの苦しみにまで踏み込みます。史実とは異なる脚色はあるにしろ、高揚と不安、情熱と苦悩に引き込まれ、それらを全て併せのむライヴシーンは圧巻です。

フレディ役は『ナイト ミュージアム エジプト王の秘密』ラミ・マレック。顔はそこまで似てるわけではないですがアクションが細かいところまでそっくりで、しっかりフレディに見えてくるのが素晴らしい。真似ではない、魂の再現です。ギターのブライアン・メイ役グウィリム・リー(クリソツ)、ドラムのロジャー・テイラー役ベン・ハーディ、ベースのジョン・ディーコン役ジョセフ・マッゼロ、みんなイイ。フレディの恋人メアリー・オースティン役は『シング・ストリート 未来へのうた』ルーシー・ボーイントン、難しい役どころをこなしています。他、ジョン・リード役に『メイズ・ランナー 最期の迷宮』エイダン・ギレン、ポール・プレンター役に『イミテーション・ゲーム エニグマと天才数学者の秘密』アレン・リーチ、ジム・ビーチ役に『ミッション:インポッシブル ローグ・ネイション』首相役のトム・ホランダー。ヒゲ面で気付きませんでしたがレイ・フォスター役はマイク・マイヤーズです。

クイーンの現メンバーであるブライアン・メイとロジャー・テイラーは音楽総指揮を手掛け、内容もがっつり監修してるとのことなのでしっかりと公式です。劇中の楽曲はフレディ自身の歌声も多く使用してるようですが、全然ズレがないのが凄い(ラミ・マレックが歌っているところもあるようですが)。監督は『X-MEN:アポカリプス』のブライアン・シンガーがクレジットされてますが、撮影の3分の2を終えた時点で解雇されており、残りをデクスター・フレッチャーが監督するというゴタゴタがあったようです。バンドや音楽についてそこサラッと行っちゃうの?というのが多少あったりするのは、監督交代劇の影響もあるんでしょうかね。

とは言えフレディ中心の話だし、重要そうなエピソードは押さえてるのでそこまで不自然でもないです。何よりフレディの峻烈な人生とバンドの歩みがクライマックスのセットリストに集約され、最後の一曲に全てが込められるのは至高。あまりの感動に終盤30分は泣きっぱなしです。最後はホントに涙が止まらなくて、もう嗚咽が漏れそうってくらい、今年一番泣きました。

↓以下、ネタバレ含む。








■バンドとしてのクイーン

冒頭の20世紀FOXファンファーレがギターサウンド!これブライアン・メイとロジャー・テイラーによる演奏とのことなのでクイーンによる正式なカバー!そしてオープニングはライヴ・エイドの準備シーン!デヴィッド・ボウイもチョイ見せ!と初っぱなからアガります。構成としてはここからバンド結成時にまで遡るんですが、ブライアンとロジャーのバンドにフレディとジョンが加入していきなりライヴシーンとか、クイーンとして活動を始めていつの間にかデビューもしてるとか、「輝ける七つの海(Seven Seas of Rhye)」や「キラー・クイーン(Killer Queen)」」もリリース済みだったりして、そこら辺はわりとあっさり。日本ツアーのこともチラリと話に出るだけだし、練習シーンとかもないので、バンドとして深めていくべき絆というのがわりといきなり深まってますね。バンドの長い歴史を全部描くわけには当然いかないので、有名曲の誕生エピソードやフレディソロ時のゴタゴタくらいに絞ってるのでしょう。でもそこだけで意外とメンバーのキャラとか関係性というのが見えてくるのは上手いところ。

フレディがブライアンとロジャーにアピールして「オファー考えとく」と言ったり、最初のステージでマイクスタンドを無理やり引っこ抜いてボトムレス・マイクスタンドにしちゃったり、車売ってアルバム制作の足しにしたりといった辺りはフレディの迸る情熱と牽引力が窺えます。寝ながらピアノ弾いちゃうのも凄い。アルバム制作の場面で見せる実験的な音作りには自分達の音楽を作るという気概が見られるし、そこで培った経験がクイーンは他のバンドとは違うという自信になり、6分の曲を譲らないという音楽への情熱と勢いにも繋がります。「ボヘミアン・ラプソディ(Bohemian Rhapsody)」のレコーディングではフレディの「もっとロックしろ」の言葉をブライアンが嬉しそうに受けてたったり、ロジャーがオペラパート散々歌わされて「ガリレオってなに?」って聞いちゃったり、全員でコーラスを録った後スッ転んじゃったりする仲睦まじさがあったりと本当に楽しそう。互いの曲に文句付けあう遠慮のなさや、コーヒーメーカーを投げようとするロジャーをブライアンとジョンがハモって止めるのも可笑しい。アメリカ・ツアーが決まって抱き合うメンバーたちの姿にはちょっと泣いちゃいますよ。

ブライアンが始めた「ウィ・ウィル・ロック・ユー(We Will Rock You)」で、遅刻してきたフレディがブライアンに観客が参加していることを「想像してみろ」と言われて夢見るような表情になるのにも泣きそうになります。実際に観客が足を鳴らし手を叩くシーンと、皆で曲を作るシーンのカットバックによりさらに熱くなります。またフレディとロジャーがケンカしているなか、ベースのリフで始まった「地獄へ道づれ(Another One Bites the Dust)」の原型に、ケンカしてた二人も「あ、なんかイイ」みたいに引き込まれちゃうのも微笑んでしまいます。バンドには(自分も経験者なのでそうなんですが)、皆で一つの曲を作り上げていく過程の楽しさ、形になったときの達成感、アンサンブルの気持ちよさというのがあるんですが、それらを感じさせるような描写があるのがスゴく好ましいです。あとこれは誰もが思ったんじゃないかというのが「ボヘミアン・ラプソディ」って「ボ・ラプ」って略すんか!ということ。これはもう公式な略語ってことでいいでしょう(略そうと思ったことないけど)。


■楽曲の力

当然のことながら、クイーンの楽曲の素晴らしさが本作には大きく貢献しています。クイーンの曲はそれこそ幾多の映画で使われてきた実績があり、最初から映画用に作られた『フラッシュ・ゴードン』は別としても、近年だけでも『SING シング』『スモールフット』の「アンダー・プレッシャー (Under Pressure)」、『ハードコア』の「ドント・ストップ・ミー・ナウ(Don't Stop Me Now)」、『T2 トレインスポッティング』の「レディオ・ガガ(Radio Ga Ga)」、『ベイビー・ドライバー』の「ブライトン・ロック(Brighton Rock)」などなど挙げたらきりがないです。『スーサイド・スクワッド』の「ボヘミアン・ラプソディー」、『アトミック・ブロンド』の「キラー・クイーン」など予告編で上手く使われて無茶苦茶面白そうに感じさせることも。要するに曲がいいから映画の曲としても使えて、そもそもヒット曲ばかりだからみんな知っている、だからこそ盛り上がる、というのは当たり前ではあります。

だからと言って手当たり次第に曲を流しているわけではなくて、使いどころは十分考慮されていると思うんですよね。厳選しているので「あの曲が登場しない!」というのもなかにはあるほど(それでもかなりの曲数が使われてますが)。アメリカ・ツアーを「ファット・ボトムド・ガールズ(Fat Bottomed Girls)」に乗せて各地で「We love [都市名]!」と言い、また「ナウ・アイム・ヒア(Now I'm Here)」に乗せて世界中をツアーで回ったりするのはライヴの高揚感を存分に煽ります。そして最も印象深い使われ方をするのが「ラヴ・オブ・マイ・ライフ(Love Of My Life)」で、メアリーのことを歌った曲を会場が皆で歌っているという感動的な映像、それをメアリーと二人で観ているときに、フレディがゲイであることを認め合ってしまうというやせるない場面。今までと同じようにはいかないという一つの終焉と、これからの人生が大変なものになるという暗示とが交錯します。またエンドロールでは「ドント・ストップ・ミー・ナウ」を本人映像で「誰も俺たちを止められない」と映し出し、「ショウ・マスト・ゴー・オン(The Show Must Go On)」で「まだ終わっていない」と歌い上げるのです。

ちなみに劇中使われる音楽はほぼクイーンの楽曲ですが、他にもメアリーの店でかかるクリームの「Sunshine Of Your Love」や、パーティで流れるリック・ジェームスの「Super Freak」(MCハマー「U Can’t Touch This」の元ネタ)、あとはオペラの楽曲も使われたり。そう言えば「オペラなんて誰が聴くんだ」と言うフォスターに対しジム・ビーチが「聴きますけど?」みたいに言うのが愉快です。それ以前にマイアミ・ビーチって名前を気に入っちゃってるのが可笑しい。彼が後にあそこまで偉くなるというのも予想外ですが、お堅そうでいて意外とノリノリだし、ライヴ・エイドではクイーンの出番でこっそりマスターボリューム上げちゃったりして、非常に愛すべきキャラになってます。


■フレディ・マーキュリー

フレディが名前だけでなく名字まで変えるのは、自分の出自へのコンプレックスがあったのかもしれませんが、なりたい自分に成るための決意でもあったでしょう。バンドが始動した頃に「絶対にキーははずせない」と自分を戒めながらも、なりたい自分になっているという充足感がそれを一層印象付けます。バンドは順調、メアリーとも婚約し順風満帆に見えたフレディですが、しかし気付いてしまった自分のセクシャリティを偽ることができず、結果メアリーとも距離ができてしまいます。いきなり短髪ヒゲになったのには驚きますが(ロジャーが思いっきり「ゲイっぽい」って言うのが正直)、ここでも自分を偽らないというフレディの性格が表れていると言えるでしょう。でもメアリーはフレディの電話にもそっけなくなり、ついには彼氏を作り指輪を外してしまう。「僕らは信頼しあっている」というフレディの言葉に嘘はないのでしょうが、メアリーが求めていた「愛」とはそれは別のもの。結果フレディは決定的に何かがおかしくなってしまうんですね。リードをクビにし、仕事仲間だと言っていたポールとべったり。記者会見ではセクシャリティを糾弾するかのような質疑が飛び交い、ついには「家族だ」と言っていたメンバーとも上手くいかなくなり、ソロ活動に走ります。

ポールはメアリーの彼氏連れにショックを受けたフレディを気付かったりする描写もあったりはするんですが、結局はムカつくヤツとして描かれます。事実はわかりませんが、現実のブライアンとロジャーがポールのことを快く思ってないということは何となく伝わる……テレビでフレディのプライベートをバラしたのならやむを得ない扱いではあるんでしょうが。ただポールはテレビでフレディのことを「パキスタンの」と称しており、若い頃に「パキ野郎」と言われ「パキじゃない」と否定していたフレディのことを全く理解していなかったということがわかります。一方でジム・ハットンはフレディに「君には友人が必要だ」と言ってその場からは姿を消し、フレディが探し当てた後は彼が死ぬまで良きパートナーとして居続けるんですね。これはフレディがバンドを去るときにブライアンが「君には俺たちが必要だ」という言葉、そしてメアリーの「私たちは家族でしょ」という言葉にも通じるものがあります。つまり欲望のためだけではなく、自分のことを思ってくれる相手が必要ということです。

エイズであることが判明し時間のないことを悟ったフレディはクイーン復帰を望みますが、ブライアンの言葉をもじった「君たちも俺が必要だ」や「家族ならケンカくらいする」という言葉は、それまで自分中心だったフレディが、自分一人では得られなかった関係性があると気付くという点でとても温かいし、このメンバーでライヴ・エイドに出たいという情熱も感じられます。言われた通り演奏するだけじゃないのがバンドの良さだと言うのが、クイーンのバンドとしての一体感を表してもいますね。メンバーにエイズを告白したときに「自分の生き方は自分で決める」と言うのも泣けるし、フレディの告白に涙を流すジョンにも泣けるし、その後抱き合う四人にも泣けます、ということでこの辺りから僕は泣きっぱなしですよ!

実際にはエイズであることをメンバーに明かしたのはライヴ・エイドの後だったようだし、ソロもブライアンとロジャーが先だったらしく、ここは史実とは異なるところなんですが、本作はドキュメンタリーではないし、伝記ものとは言え多分にブライアンとロジャーの意向も入っていることを考えると、もっと早くフレディに打ち明けてほしかったという思いを映画のなかで結実させた、と受け取るべきなのでしょうね。


■ライヴ・エイド

メンバーと「俺たちは家族」であることを確認し、「パフォーマーでありたい」ことを再認識したフレディは、ライヴ・エイド当日にジムを連れて本当の家族の元を訪ね、「善き思い、善き言葉、善き行い」と言い続けた父親にライヴ・エイドの意義を聞かせます。かつてフレディがデビューすると言った時に、遠くに行ってしまうような気がしたのか幼い頃のフレディの写真にそっと手を置いていた父が、立派になった息子をしっかりと抱擁するのがもう泣けてしょうがないですよ(父と息子のドラマに弱い)。ステージからキスを投げるという言葉に微笑む母にも泣けます。いつもにこやかな妹もイイ。

ついに始まるライヴ・エイド。フレディがステージに出ていくシーンは冒頭にもあって、そのときは一人の姿を背後から映すだけでしたが、ラストのステージではフレディを正面から映して背後にメンバーみんながちゃんといるというショットが入ることで、フレディがもう一人じゃないというのが強調されます。そしてステージから見渡すウェンブリースタジアム7万人の大観衆の迫力と熱気!本作を観た人は、鑑賞後もれなく実際のライヴ映像を観てしまうと思うんですが、フレディ始めメンバーの動きからステージ上の小物の配置に至るまで、本当のステージと寸分違わぬと言えるほどの再現度が本当に凄い。加えてピアノ下の足元からカメラが通り抜けたり、股の間から覗くフレディの顔を映したりといったショットは映画ならでは。声の調子の悪かったフレディがしっかり歌い上げるのを見たブライアンが「仕上げてきたな!」という嬉しそうな顔するのが激萌えです。ブライアンがフレディ見て「こいつやっぱすげえ」みたいな表情は何度かあって、これがたまらんですね。

全てがこのステージに至るまでの前フリだ、という捉え方は乱暴で、ここまでの物語の積み重ねがあるからこそ各曲にフレディの人生とバンドのドラマが内包されているように感じ、様々な情景が浮かんで豊かさを増しています。いきなり1曲目から「ボヘミアン・ラプソディ」。「さようなら、もう行かなくては」「生まれてこなければよかった」という歌詞はフレディの悔恨と今生の別れを思わせ、同時にこの歌詞を書いていた「いいぞ」という彼の顔も浮かびます。2曲目の「レディオ・ガガ」では6分の曲を世間に知らしめたラジオ放送を思い出します。幕間でAY-OHと煽るのには、観客と歌った「ラヴ・オブ・マイ・ライフ」や、観客と一体になりたいというブライアンの言葉を想起すると共に、病院でフレディに「エーオ」と声をかけフレディも「エオ」と返した、同じエイズ患者であろう若者が脳裏に浮かびます。

3曲目の「ハマー・トゥ・フォール(Hammer To Fall)」はストレートなロックで盛り上げます。まさに「ウェンブリーの空に穴を開ける」勢い。そして最後の「伝説のチャンピオン(We Are the Champions)」。「間違いも犯した、屈辱も受けた」「それでも乗り越えてきた俺たちは勝者だ」。お前は伝説だ、と言うメンバーに「そう、俺"たち"が伝説だ」と返したフレディとバンドの歩みがこの曲に全て集約され、聴く者を楽しませたいという思いが結実し、音楽の持つ力が怒濤の感動となって観る者を包み込みます。涙が溢れて止まりません。


■そして伝説へ

実際のライヴ・エイドではこの他に「愛という名の欲望(Crazy Little Thing Called Love)」と「ウィ・ウィル・ロック・ユー」も披露しており、本作の撮影でもこの2曲はちゃんと撮ったそうですがカットされたようです。全曲入れるのは映画としてのバランスを崩す恐れがあったのでしょうが、フルバージョンもそのうち観れることを期待したいところ。ドラマ部分に関しても、メアリーとの関係の推移やメンバー間での軋轢などもう少し深堀りしてもよさそうな部分はあるんですが、最初のバージョンでは4時間以上あったそうなのでこれもやむを得ずカットした結果というのはあるのでしょう。

本作は伝記ものという位置付けですが、むしろフレディ・マーキュリーというボーカリストの、そして一人の人間の歴史に新たな意義をもたらす試みとして、一部のフィクショナルな部分も含めて意味のある作品となったのではないでしょうか。史実との違いは調べればすぐにわかります。重要なのは、クイーンを知らなかった者もこの映画を機にアルバムを聴いたり、昔からのファンであれば改めてその大きさに感じ入ったりするだろうということ。そうしてクイーンはさらに語り継がれることになります。伝説は語り継がれてこそ伝説たりえる。それを実現するだけのパワーが本作には備わっていると言えます。

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