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2018
10.25

嘘の庇護と真実の優しさ。『スモールフット』感想。

smallfoot
Smallfoot / 2018年 アメリカ / 監督:キャリー・カークパトリック

あらすじ
スガオくんとは友達(イエティ違い)。



高山の上の雪深い村で暮らすイエティのミーゴは、ある日「スモールフット」と呼ばれる者、つまり人間を見かける。しかしもはや伝説となっていたスモールフットの存在を信じてもらえないミーゴは、村を追い出されながらもスモールフットを探して山を降りるが……。イエティと人間たちの交流を描く長編CGアニメ。

「イエティ」はヒマラヤ山脈に住むといわれる毛むくじゃらで二足歩行のUMA(未確認生物)で、いわゆる雪男のこと。本作は、無数の小さな岩に描かれた掟(=ストーン)を守り、山頂の閉鎖的な空間で楽しく暮らすイエティたちが、初めて人間に出会うというファンタジーアニメです。夜明けを告げるゴングを鳴らす役割を持つ父と二人暮らしの若者ミーゴは、ひょんなことから人間を見かけるものの、ストーンでは存在しないと記されている人間のことを誰も信じません。そこで仲間と結託して山を降りたミーゴはついに人間を探し出すが、というお話。

雪男目線から始まるので、雪男を表す「ビッグフット」に対して足の小さい者=人間を示す「スモールフット」がタイトルになってるんですね。いやあ、これ面白い!アニメならではダイナミックな動きと空間の使い方にワクワクし、スラップスティックな笑いが楽しく、音楽の使い方にも捻りがあります。モンスター・パニックものを逆手に取った演出もイイ。そして予想外の深いテーマへと繋がる見事さに驚かされます。

字幕版で観ましたが、主人公ミーゴの声が上手いので本職だと思ったら、何と『キングスマン ゴールデン・サークル』『ローガン・ラッキー』のチャニング・テイタムじゃないですか。歌にダンスに声優にとどんだけ器用なんだ。ミーゴが出会う人間パーシー役には『ピーターラビット』のピーター役でも芸達者ぶりを見せたジェームズ・コーデン。イエティのミーチー役に『グレイテスト・ショーマン』のゼンデイヤ、ストーンキーパー役に『ジョン・ウィック チャプター2』のコモンで、歌のシーンもあるだけにこの二人の起用もハマっています。

『マダガスカル』とか『モンスターホテル』なんかと似た感じはあるものの、また少し異なります。雪男と人間の異種間交流から単に友情ものにするのではなく、さらに種族間の問題にまで発展させ、エピソードの積み重ねで相対する視点を認識させつつ、それを収束まで持っていく。素晴らしいストーリーテリングです。『LEGOムービー』フィル・ロード&クリス・ミラーが製作に名を連ねてるのも伊達じゃないぞ。

↓以下、ネタバレ含む。








イエティとくれば雪山なので白一色のぼんやりした舞台を思い浮かべますが、その予断を覆すような映像が楽しいんですよ。序盤のイエティの村、雪と岩と氷に覆われた世界でそれらの素材を活かした文化を歌に乗せて映し出していくというのからして愉快。同じイエティでも個々のデザインはバラエティに富み、見た目で何となく役割や性格もわかるようにしてるのがアニメならではの利点。またパーシーの本を見て自転車とかグライダーとかを即座に作っちゃうという楽しげな場面もあり、ここで彼らの器用さも窺えます。単なる未開の部族ではないんですね。あとスラップスティックなコメディシーンも多くて、不時着した飛行機の痕跡が一瞬で消えるのは見事すぎるし、ミーゴが山を降りた辺りの崖を渡るところなどには思わず笑っちゃいます。同じワーナーの『ルーニー・テューンズ』や『トムとジェリー』的で懐かしい。

一方で人間の町(チベットがベースなのかな?)は家屋の細々した装飾から建物の配置、狭い道路が交差する様子など、細部まで描き込んだ美術がイイ。特に夜の風景はどこか幻想的でもあります。人間よりも大きいイエティと人間の建造物とのサイズ感の違いが大きめの箱庭みたいで面白くて、そのパースのズレに異世界感を感じたりもします。実際イエティたちにしてみればそこは異世界なんですよね。またイエティと人間の言葉が異なるというのを互いに声の聞こえ方が違うという形で表し、交互にわかる言葉にしたり、ときには両方ともわかる言葉にして一瞬会話を成り立たせたりするのも面白い。ミーゴとパーシーが出会うシーンやミーチーが町で暴れる(本人はじゃれてるつもり)シーンを怪獣映画のように撮ったり、町を追われるイエティたちをパックマンのように映したり、電柱の変圧器を壊したら停電になって逃げられるという逃避行の工夫なども練られていて好感。

あと音楽、『SING シング』などでも使われたクイーンの『アンダー・プレッシャー』が流れたときには「またか」なんて思ったんですが、これが独自のメロディと歌詞を乗せるアレンジを加えたことでパーシーのプレッシャーを上手く表現しているのにはニヤリとしました。最初の村でミーゴが歌うシーンこそディズニー的なミュージカルを思わせますが、ストーンキーパーが真実を語るところはラップだったりして差別化、声を当てるのがコモンだけにハマったりしてて、音楽の使い方にも捻りが見られますね。もちろんゼンデイヤの歌声もイイ。

スモールフットが実在したことを証明したかったミーゴは、イエティの動画で人気を取り戻そうとするパーシーと利害が一致して共に村に戻りますが、ストーンの教えが単なる嘘ではなく一族を守るための方便だったことをストーンキーパーから明かされます。好奇心と正しさの証明で突っ走ったミーゴは、一度掟を否定しておきながらそれを受け入れざるを得なくなり、「無知の方が幸せだったのでは」と悩みます。そこには背が縮むまでゴングを鳴らし続けた父の人生を無意味にしたくないというのもあったでしょう。でもカタツムリは起きると知ってしまった父が、それでも真実へ向けて息子を送り出すというのが泣けます。正直ゴングの掟は根拠がよくわかりませんが、雲の下は無であり氷の塊は地を支えるマンモスを冷やすため、といった独自設定の辻褄を合わせるために必要だったんでしょう。中には棒でゴングを鳴らすという者もいたが異端児扱いされた、というのをサラッと入れてるのが、イエティにも多様性があるということを示していて良いです。

パーシーもまた、最初は偽イエティを使うという自分を守るための嘘で人気を取り戻そうとし、結果的に本物に出会うものの、交流を持った彼らを売り渡そうとして相棒に「誠実さを失った」と言われます。言葉が通じずともわかり合ったミーゴとパーシーが、共に真実か嘘かで悩むという構図なんですね。これを受けてのラストの畳み掛ける展開が凄い。ミーチーを連れ戻すため山を降りたミーゴを攻撃する人間たち。過去の悲劇が再び繰り返されようとしたときに、現れたストーンキーパーが受け継いできた大事なストーンを全て投げてヘリから救います。嘘で固めた鎧であるストーンを、本当の意味で守るために使うわけです。そしてパーシーが「僕の気持ちもわかってくれ」とミーゴに麻酔を撃つ、これが自分のことではなくミーゴを救うためだというのが熱い。最初に使おうとした偽イエティという嘘でイエティたちを救うことにより、失った誠実さを取り戻すのです。

「優しい嘘」か「厳しい真実」か、果たしてどちらが幸せなのか。この難しい問いに、未知であるという怖さがために他者を攻撃するのだと気付いたミーゴは、知ることで前に進むためにストーンキーパーと共に全ての村人に真実を明かします。機械を止めて広がる世界の美しさには感涙。てっきりこれで終わりかと思ったので、皆で山を降りてくるというのは余計に響きましたよ。つまりミーゴたちは「優しい真実」を作る道を選んだわけです。優しいと言えば、パーシーがミーゴの傷口を塞ぐために使うという、映画史上最も優しいダクトテープの使い方とか、ヘリのローターが木に引っ掛って体の方が回転して無事止まるという、映画史上最も優しいヘリの落とし方も秀逸。文化の違い、民族の違いは、互いに知ることで優しさに変えられるんじゃないか。一見甘ったるい理想論ですが、それを誰もが楽しめる娯楽作のなかに自然な物語の流れとして組み込んでいるのが素晴らしいです。

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