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2018
10.04

奪われた音、奪わせぬ決意。『クワイエット・プレイス』感想。

A_Quiet_Place
A Quiet Place / 2018年 アメリカ / 監督:ジョン・クラシンスキー

あらすじ
音を立てたらマジで即死。



人の消えた町で食料や医薬品を探す5人家族。彼らは手話を使い、裸足で歩いて、なるべく音を出さないように行動していた。それは音を立てるとやってくる「何か」から身を守るためだったが、やがて彼らはその恐怖に直面することになる……。小声でさえ憚られる、音出し厳禁サスペンス・ホラー。

荒廃し人影も見えない世界、そこを歩く一組の家族。彼らが守るルールは「決して音を立ててはいけない」というもの。音に反応して人間を襲う「何か」に見つからないようにするために……という序盤からして実にサスペンスフル。大した説明もないままいきなり緊張感のなかに放り込まれ、主人公家族と共に歩き出すことになります。しかも音を立てたら即死、というのが本当に即死だというのをいきなり思い知ることに。音楽と息遣いと微かな音のバランスが素晴らしく、恐怖演出も静と動の双方で秀逸。音を出せないということは、話せない、痛くても声を上げられない、悲しくても泣き声も出せないということであり、それが観てる方も相当なストレスとなってくるんですが、それでも息をつめて見入るしかない。理不尽なほどに強いられる静寂と、それが破られたときの恐怖のギャップが凄まじいです。

一家の母であるエヴリン役は『ボーダーライン』『オール・ユー・ニード・イズ・キル』のエミリー・ブラント。極限状態で見せる恐怖とそれでも抗う強さの表現が抜群。その夫であるリー役の『デトロイト』ジョン・クラシンスキーも一家を守ろうとする姿が頼もしい。クラシンスキーは本作の監督・脚本でもあり、エミリー・ブラントとは実の夫婦なんだそうです。耳の聴こえない娘のリーガン役は実際に聴覚障害を持つ『ワンダーストラック』のミリセント・シモンズ、息子のマーカス役は『ワンダー 君は太陽』のジャック役で大注目してたノア・ジュプ君。二人とも実に繊細な演技でイイ!

音を立てないようにする、と言えば『ドント・ブリーズ』を思い出しますが、それとは似て非なる恐怖。音を出さないための工夫が入念に考えられている、という舞台立ても面白くて、いずれ間違いなく音が出る無理状況への対策、というのも見所。細かいところを追求すれば疑問に思うところはあるでしょうが、シンプルな設定を膨らませたアイデアとそれを見せるための工夫が良いんですよ。そして極限状態での家族の物語に思わず涙。あのときああしていればという後悔と、守るための決断が深く胸に響きます。素晴らしい。

↓以下、ネタバレ含む。








■わからないことのリアル

あのクリーチャーが何者なのか、どこから現れてどのくらい個体数がいるのか、人類は反撃したのか、どの程度生き残っているのか、といった背景の説明も情報もほとんどないため、そこが少しモヤッとする向きはあるでしょうね。ただそれは説明不足ではなくあえてやってるのかな、と思います。軍の上層部とか政府の職員などではないごく普通の一家族にとっては何も知らないのが当然ではあって、新聞の記事などで得た知識しかないわけです。何かが音に向かって襲ってくるのが判明した、どこかの国では大量に犠牲が出たらしい、みたいなことしかわからず、そこは本作を観ている者とも同じ程度の把握状況なのでしょう。このシンクロ具合が没入感をもたらしていると言えそうです。

新聞が発覚した事実を伝えているということは出現してからの時間は少しはあったのだなとか、あまりに他の人の姿が見られないということは人類は絶滅寸前なのだな、というのは徐々にわかってくるので、バランスとしては絶妙。なぜ人類が奴らを倒せなかったのかも、そのスピードと簡単に人を切り裂く爪、鎧のような皮膚のためであろうと推察できます。

あいつらがどの程度の音に反応するのか、というのは最初は気になったんですが、ただそこもやはり手探り状態だから明確にはならない、ということだと思うのです。近くにいなければ足音や呼吸音、ささやき声くらいなら大丈夫そう、でも目の前にいたらそれも無理そう、森の小動物が殺されたりもするので人とそれ以外を区別するわけでもなさそう、と経験に基づいての判断の積み重ねなんですね。木々や滝の音を気にしないのは自然物とわかってるから?など未知の部分もありますが、経験で知った事実として活用しているわけです。

気になると言えばもう一点、なぜこの状況で子供を作ったのか、というのもあるんですが、末っ子を失った悲しみというのはあるんじゃないですかね。産むことについては少なくとも夫婦間でよく話しただろうし、酸素ボンベとか色々準備しているシーンを見るに、産めるという判断の結果なのでしょう。かなりリスクも高いですが、どんな状況でも子孫を残そうとするのが生物の本能でもありますからね。


■音を立てない見せ方と音の使い方

同じく音禁止映画である『ドント・ブリーズ』と異なるのは、もちろんジジイとモンスターという違いはありますが、それよりもその状況が通常生活として延々と続くという点です。そのため「音を出さない工夫」というのが随所に出てきてサバイバル感を高めます。会話は基本手話で、これは娘のリーガンが聴覚障害のためとっかかりやすかったでしょう。通る道には砂を敷き、さらに裸足で歩くことで足音を消します。調理は床下で蒸すようなことをやってたり、喋れないストレスは滝の音で声を消しながら叫んだり、危機を知らせる赤ランプや打ち上げ花火、坂道を下れる車など緊急時の対応策も考慮していたりと、いろんなシチュエーションを描くのが面白い。おなら出そうなときはどうするんだろう(気にしすぎ)。極めつけはエヴリンが臨月の妊婦ということですね。ホラーやスリラーに妊婦が出るとそれだけでヒヤヒヤするんですが、そもそも赤子なんて産まれた瞬間泣くのにどうするんだ、と気が気じゃないわけですよ。しかしこれが呼吸器を付けて箱に入れ蓋をするという、あ、案外それでイケるのね、という形で解決。

そんな設定を活かすあらゆる演出がとても良いです。音に関してもただ静かにさせるだけでなく、娘の耳が聴こえないというのをこもった音に変えて示したり、劇伴を流すタイミングもよく考えられていて邪魔になりません。エヴリンがリーにイヤホンで音楽を聴かせるシーン、不意に流れてくる音楽に文明があったことを思い出し、ここだけで夫婦の仲のよさがわかったりもして、とても印象的。たまに音で驚かすシーンがありますが、静かな場面が多いだけに余計心臓に悪いです。リーガンを父が掴むシーンなどはビクッとなりましたよ。ミリセント・シモンズがその直後に見せる思春期女子の反抗心なども良いです。

そして出産から始まるモンスター・パニックはスリルと恐怖の連続。破水してるところに来ちゃうというのがタイミング最悪だし、これ見よがしに映していた階段の飛び出た釘がここで使われるというのが意地が悪いし、階段上がろうとしたらヤツがいるし(体の後ろ半分だけ見えてるというショットが最高)で、生きた心地がしないです。花火で離れた直後に絶叫しながら出産というのも凄まじく、エミリー・ブラントは見事な表現力。そういえばこの家族以外で唯一の人間として妻を殺された老人が登場しますが、彼が最後に絶叫して殺られるのは、怒りと悲しみとストレスの極致という感じで壮絶です。

その後も畳み掛けるピンチの連続には手に汗。地下室の浸水では、赤子の箱を抱き上げると同時に水から顔を出すクリーチャー、という縦の動きが連動するシーンが素晴らしすぎてゾクゾクします。子供パートでは、娘のリーガンのすぐ後ろにクリーチャーが出てくるが耳が聴こえないから気付かないとか、サイロに落ちた子供たちに扉が落ちてくるスリルや人工の底なし沼に沈む恐怖、そしてかなりの音を出してしまっているという焦りなど容赦なし。そのなかで、ちょっとビビりだった息子のマーカスが、家族のために走ったり沈んだ姉の手を掴んで引っ張り上げたりと奮闘するのが泣けます。演じるノア・ジュプ君、実に良いですねえ。細かいところでは父リーが指を手に当てる「静かに」のポーズ、これが指を鼻にめりこむほど強く押し当ててるのが緊迫感になっていてイイ。ちなみに本作のほとんどが一日の間に起こった出来事ですよね?なんと長い一日。


■家族のための絶叫

序盤の末っ子の喪失は観てるこちらもショッキングでしたが、その事件により母エヴリンも娘リーガンも後悔を抱えながら生きています。その姿を見てきた父リーこそが最も責任を感じてもいたでしょう。そんな経緯があっての終盤、ヤツらに追い詰められた子供たちを救うため、子供たちを必ず守ってという妻との約束のため、息子の提言通り娘に愛情を伝えるために、リーは最後の決断をします。それはあの老人とは違う、贖罪と愛情と希望を持っての絶叫。エヴリンはその姿をカメラを通して見ることになり、リーガンは泣き叫び、それでもマーカスは車を動かしてその場から逃れます。ここまでに家族の描写をしっかり積み上げてきてるだけに、この父の最期には爆泣き。いやもう父役&監督のジョン・クラシンスキー凄い。

クリーチャーのデザインは、鎌のような腕や硬そうな皮膚に加え、異様に発達した音を感じ取る器官というのが独特です。顔がパカパカするのも気色悪いですねえ。そしてついに見つけた倒し方が、人間の可聴領域を越えた周波数で鼓膜を破壊しての銃撃!マイクの音量マックスにするリーガンと、ごく微かな笑みを浮かべショットガンを構えるエヴリン、というラストショットで一気にボルテージをあげて幕。いや最高です。

ただ、観てる方としてはリーガンの補聴器がその前から効果を上げてたことはわかっているため、もう少し早く気付けば……という無念さが結構残ると思うのです。でもそれは、リーガンが父の作ってくれた補聴器を手に取り、父の研究の成果を理解したときのひらめきなわけで、そこに父と娘の共同作業を見ることができるのがせつなくてまた泣けるんですよ。そしてトドメを刺す母と弟を守る息子がそこに合わさり、それがまた家族が一つになった感があって大変良いなあと思うのです。

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